窓を見上げると、すぐ側で箒がヒラリと舞い上がった。
は微笑ましくその光景を見て、大分此処にも馴染んだものだと感じる。
そしてその目に、小さなシーカーの姿を認めた。














15/魔法省と黒い鬼














「あ、ハリーだ」


リーマスがの頭の上から、窓を見た。
鬱蒼とした灰色の空の中で、生徒達の箒がびゅんびゅんと元気良く飛び回っている。


「クィディッチシーズンね。ちょっとこの頃天気悪いけど」

「こんな位、どうってことないだろうさ。彼らは何と言っても若い」

「年寄りみたいな台詞……」


がクスリと笑う。
そう言いながらの目は、窓の奥をじっと見つめていた。


「ハリーのことが心配かい?」

「ううん、それほどには……。多分、ブラックも当分動けない筈だから」


あの状態でそう易々とまた姿を現されても、困る。
まさか私のようにちゃんと治療をしてくれる人もいないし、禁じられた森で篭城していることしか出来ないだろう。
……今森へ行ったら、遭遇出来るかもしれないんだけど……。

は己の右腕を見た。


「でも大した回復力だね、。マダムも驚いてたよ」

「寧ろ、軽く呆れられたんだけど。治療に専念したらこんなに早く治るのに!、って怒られた」


ほぼ完治を言い渡された右腕だが、それが本調子ではないのは本人が一番知っている。
早く動きたいのに。
は右腕を見ながら眉を寄せる。

リーマスはのその心情を鋭く察し、苦笑する。


「まだ安静にしておけって台詞、忘れた訳じゃないよね?」

「ええ。「安静」にしておくわ」

「君のその基準が僕にはあんまり分からないんだけど……」


はその言葉を聞いていない振りをした。
これ以上ごたごたしてはいけない。

今だって彼に強制的に連れられて、医務室へ行った帰りなのだ。
何だかこの頃、スネイプとリーマスに、二人組んで面倒を診られている気がするのだが……策略か?


「ああ、それと。あの薬、また持って行くわね。クィディッチの日に重なってるんだけど」


あの薬――つまり、脱狼薬のことだ。


「試合を見たかったんだけどね、残念だ。でももだろう?」

「え?」

「試合の日に魔法省へ出頭だって、セブルスから聞いたよ?」

「スネイプから? 何で?」

「君が、それについて愚痴ばっかり言ってる、っていう愚痴をセブルスから聞いたんだ」


リーマスは朗らかにしていた。
変わらず足を進めながら、の頭の中で疑問符が渦巻く。


「そんなに仲良かったっけ? 貴方達」

「それを言うのなら、もこの頃セブルスと結構仲が良いじゃないか。変な噂も耳にしたよ」

「ああ、あれ……」


は顎に手を当てる。

多分、その噂は自分が彼に抱きかかえられて医務室に行った時生じたものだと、簡単に推理出来る。
女子学生って、こういうの好きだからなあ……まあ勿論、事実無根なのだけれど。
面倒なものだ。


「まさか、貴方までその噂信じてるわけじゃないでしょ?」

「僕は完全にそれを否定出来るような情報は持っていないよ」

「えぇ。じゃあ信じてるの?」

「この頃、君達、案外いつも一緒にいるじゃないか」


は考え込む。
確かにそれはそうかもしれない、と思ったからだ。
では、何故そういう状況になったのだろうか?

は考えをそこそこに纏めて、ゆっくりと言った。


「確かに、私は別に彼のこと嫌いじゃないし。
 あの人見かけによらず単純っていうか、ある意味分かり易いというか。
 冷静に見てたらかなり面白いのよね。……で、だから一体何なんだと思う?」

「僕に聞かれても……」

「そうよねー」


が一人納得して頷いていると、廊下の角からその話題の人物が現れる。


「やあ、セブルス」

「数時間振りね、スネイプ」 


リーマスとは朗らかに挨拶をした。
毎朝の朝食時に、この二人は彼とは必ず対面している。


「ああ。……医務室に行って来たのか?」


セブルスはリーマスを軽く無視して、の元へ歩み寄った。
は首を傾げる。
しかし右腕をじっと見られたのでその意図を解した。


「どうだ、具合は?」

「ええ、お陰様で一通りは完治よ。
 ここまでお節介……じゃなくて、世話を焼いてくれて有難う、二人とも。
 ここまでしつこい……じゃなくて、ことある度に世話焼いてくれる人、初めてだわ」


揺らぎを持ったお礼の言葉だったが、取り合えずは微笑んでお礼は言った。
セブルスはそう言った通りには治っているらしい右腕を見て、少し胸を撫で下ろす。
そしてちらりとリーマスの方を見た。


「じゃ、後は任すよ、セブルス。が無茶しないように見張っててね」

「見張る、って……それに私任されるの?」

「了解した、ルーピン」

「って、了解?」


この二人、やっぱり仲が良いじゃないか、とは思う。
の突っ込みは流されて、リーマスはその場を立ち去る。
とセブルスだけが残った。


「治ったのなら、ルーピンへの特製の薬を作るのを手伝って貰おうとするか」

「病み上がりなんですけど……」

「口ごたえするな」


そう言ってさっさと身を翻す、セブルス。
はふうと息を吐いてその背中を追い掛け、その横に並んで一緒に歩き出した。










*











第一回のクィディッチ試合の前日の夕刻、ある生徒が私の私室の扉を叩いた。
その生徒はグリフィンドールの三年生だった。

半分、愚痴のような、告げ口だった。
その生徒は私がスネイプとどうとかこうとかという関係になってる、というのを信じているのか信じていないのか、何故か彼についての告げ口を私に言ってくる。
そう言われたって先生の言うことにまさか私が盾突くことも出来ない、と言っているのに、その生徒は熱心に愚痴を語った。

彼は授業で、人狼について講義したらしい。
そしてその宿題が、人狼の見分け方と殺し方についてのレポートだって?

そう初めて聞いた時、何故か私は笑い出したい気持ちになった。





その夜。

最後の脱狼薬の工程を仕上げる。
は鍋を掻き混ぜ、それが前回作ったものと同じ色と匂いになっているのを確かめた。


「代わろう」


椅子を引く音がして、セブルスがの元へ行く。
は鍋の担い手を交代し、いつの間にか座り慣れているソファーへふかりと腰掛けた。
すると空中から羊皮紙の束を持ち出し、それを捲って目で追いだす。


「書類か?」

「そう、魔法省のやつ。明日報告しに行かなきゃいけないから……」


魔法省の印の付いた羊皮紙と封筒だ。
セブルスは鍋の火を強める。
は何気なく雑談を始めるかのように、口を開いた。


「それでさ、貴方、今日のグリフィンドールの防衛術のクラスで、リーマスが人狼だって示唆したかったの?」

「……どこからそんな情報を……」

「わざわざ私の所まで聞きに来てくれた子がいて」


はセブルスへ顔を上げると、彼は何ともいえない顔で鍋を掻き混ぜていた。
はにっこり微笑む。


「当てつけよね。満月の日に、リーマスが休んでる最中、人狼の見分け方だって?
 それも教科書の最後の部分から無理やり持ち出して」

「無駄に、詳しいな」

「ええ」


渋い顔をしているセブルス。
はやっぱり頭に入らない、と報告書を放り出して封筒に入れ、背伸びをする。
彼と話している方が楽しい。


「確かに、狼人間は然るべき対処をしないと危険なのは事実だわ。
 そして、その対処をしていない、出来ない狼人間が殆どなのは周知の事実よね。
 だから彼らを見分ける能力は必要であるし、まあ、狼人間の殺し方についてこれから先、知っておくべきと言ったらそうなのかも……。
 個人的感情、差別意識とは無関係にね」

「知ったような口をきいて……」

「あら、違った?」

「……」

「ま、でも、リーマスのことに気付く子は殆どいないでしょうね」


はにやにやしながら話していたが、ふいに立ち上がった。
報告書の入った封筒は、またいつの間にか消え失せる。
そしてセブルスが掻き混ぜている鍋まで歩き、覗き込む。


「完璧ね。じゃ、これをリーマスの所まで届けに行きましょ」

「ああ。――しかし、お前、明日はどうするんだ?」

「この陰鬱な天気に、クィディッチという好条件が続けば、きっと吸魂鬼も騒ぎ立つわね」


は彼が言いたいらしいことを言う。
それは間違っていなかったようで、セブルスは頷く。


「ダンブルドアは吸魂鬼に関して、お前を随分と買っている」

「……省からの出頭命令を取り消す事は出来ないわ。大臣直々だもの。
 もし万が一の場合でも、校長がどうにかしてくれる、って思ってるけど……。
 出来るだけ早く済ませて、戻って来ようって思ってる」


セブルスはゴブレットの中に脱狼薬を注いだ。


「魔法省の言いなりか?」

「私にも、省内で最低限守らなくてはならない立場があるの。
 出来る限りの対抗策は今日しておいたわ。単なる気休めに過ぎないかもしれないけど」


そう言って、二人はリーマスの元へ薬を届けに向かった。


次の日、天気は土砂降りの嵐だった。
はそれに胸騒ぎを覚えながらも、単身ロンドンへ旅立った。










*










「最初に、申し上げておきたいことがあります。
 今日、ホグワーツではクィディッチの試合があります。
 天候も悪く日も差さないという好条件で、吸魂鬼達が生徒達の興奮の感情を目当てに、ホグワーツの領地に入る可能性が高いと私は考えています」

「対抗策は何も施さなかったのかね?」

「出来うる限りは行いました。しかし、彼らは空腹状態で――」

「あなたがそれを言えた立場かしら?」


はぐっと堪えた。
何だ、何も動かずのうのうと椅子に座っている癖に。

目の前にずらりと、官僚達が鎮座している。
こんな報告会より闇祓い本部へ行って対策を講じた方が、絶対時間の有効活用だ。


「あなたは魔法省の面目を潰したのよ」

「……申し訳ありません」

「ドローレス、も全力を尽くしてくれた。彼女がこの魔法省で一番の闇祓いだということは、皆知っている」


この前がブラックを逃がした件が、まだ後を引いている。
魔法省大臣が隣にいる魔女をなだめた。
魔女はそれでも目を細めたまま、を見ている。


「これで、またホグワーツに吸魂鬼が入ったとなれば、父兄の反感を買い、また魔法省の評判が落ちます。
 それにダンブルドア校長が吸魂鬼を警備から外すと、強く、仰られるかもしれません。校長は吸魂鬼はお嫌いですから」


魔法省高官にとってもダンブルドアという存在は大きいようで、場はざわめく。


「ですから、早くこの会議を終わらせて頂きたいのですが……」

「そういう訳には参りませんわ――」


大臣の隣の魔女が、饒舌に語り始める。
彼女の服の色はピンクだ。
大臣は彼女の言葉を否定することは、どうも出来ないらしい。

ふと目線を外すと、我が執行部の部長――アメリア・ボーンズと視線が合った。
彼女は溜息を吐く仕草をし、も合わせて息を吐いた。
やはりどうにもならないか。

そのまま話は流れ、やはりダラダラとした会議となってしまい、の帰りたかった時刻はとうに過ぎてしまった。

は時計を見上げて、もし恐れていた事態になっていたとしたら、今度大臣本人に直談判しようと硬く決意した。
警告はしたのだから。










*











暖炉が燃える。

は其処から姿を現わし、煤を被ったマントを払った。
ホグワーツに戻って来た。

緊張感が身体に迸る――吸魂鬼は持ち場を離れていないか――

はその場で神経を、向こうに向かって張り詰めた。
あって欲しくない気配を探る。
しかしそれは案外、簡単に見つけることが出来てしまった。

だって、それはかなりの大人数だったから。

は舌打ちする。

……だから、魔法省は。

やはりさっきの会議の最初に言った通りのことになっていて、は身を翻した。
大臣に愚痴るネタが出来た。
はローブの下から、黒っぽい杖を取り出し、握った。

良かった、傷を治しておいて。

大分調子が良くなっている杖腕を思い、世話をしてくれた此処での同僚二人に感謝を覚えた。
誰もいないホグワーツ城の中、心の中で決意をして、靴の音を響かせて外へ向かった。



外に出てみれば、風と雨と雷だ。

三拍子揃っている見事な状況に眉を顰め、遠くで空を舞う黄色と赤の球体を目に留める。
クィディッチ競技場に吸魂鬼の群れが迫っているのが、視覚的にも確認出来た。

は思ったより酷い状況に、少し焦りを覚える。

競技場の入り口へ、途中遭遇した吸魂鬼を杖を振り退却させながら走って行く。
フードを被ることも忘れ、全身に風と雨を受ける。
足元でパシャパシャと水溜りが跳ねる。

視界が雨のせいで鈍い。
白い雨の中で、吸魂鬼がまるで幽霊のように漂っていた。

競技場に近付く――もう其処まで――

は入り口へ駆け込んだ。

そして様子を見渡す。

絶対的な数の吸魂鬼である。
多分、城を警護している全てのものが集まったのだろう。
数も正確に数えられない。

奇妙な沈黙と冷気がその場にあった。

マントと髪が風のせいで強く靡いている。


「Expecto patronum!」


自分の身体と変わらないほどの大きさの守護霊が、杖の先から飛び立つ。
長い肢体が吸魂鬼に絡み付く。

しかしその数は、一向に減るようには見えない。
吸魂鬼の個体ならばどうにかなるが、団体になるとその力は酷く増す。

の守護霊は何も残さず、ぼんやりと消えた。

目で分かる圧倒的な力の差に、は無性に苛ついた。
埒が明かない。
この類の魔法は苦手だから……。


腕が、首元の魔力の安定を図るネックレスに伸び、それを頭から引き抜く。

開放感と共に胃が縮まって、揺らいだ世界が目の前に現れる。

掌握し切れない魔力が、身体の中で揺れる。
気持ちが悪い。
身体の中で熱いものが滾っている。

耳元で風が唸っている。
気持ち悪い圧迫を跳ね付ける様に、は杖を振った。


「Expecto patronum!」


耳に自分が唱えた呪文が微かに届いた。

指先に熱いものが集まり、それは大きな光となって外に飛び出した。
その衝撃に身体が少し反り返る。

は目を見開いた。

こんなに大きな守護霊は見たことがない。

守護霊は嵐の中で光り、悠々と吸魂鬼へ向かって飛んで行く。
の身体の大きさを大きく凌ぐその守護霊が、長い身体をうねらせ、口を開いて吸魂鬼を威嚇する。
そして逃げる吸魂鬼を、さらに追う。

呆気ないほどあっという間に、吸魂鬼を蹴散らしてしまう。
吸魂鬼は力を失ったかのように、グラウンドで小さく一塊になっていた。
がそれに気を抜くと、守護霊の輪郭は霞んで、ゆっくりと消えていった。

はしっかりとネックレスを手の平に握っていた。

守護霊という光源が消えて、辺りは暗くなる。


ふと現実に引き戻される。

が目を上げると、ハリーが箒から落下しているのが見えて、鋭く杖を振った。
するとそのスピードは、が予想していたより格段に遅くなる。
きっと他の誰かが同じ呪文を掛けたのだろう。

ハリーの身体がぬかるんだ地面に着いた。

はその人がいるらしい方向に目を遣ると、そこには予想通りにダンブルドアがいた。
気配を見紛う筈はない。
は頭を下げた。
ハリーを頼みます、ということと、この不備に関しての気持ちを込めてだ。

顔を上げると、ダンブルドアが応えるように頷いているのが見えた。
は再度軽く頭を下げる。

そして、やるべきことをする為に、息を吸った。


「いい加減にしなさい、貴方達! 気は済んだでしょ? 戻るわよ!」


嵐に負けない声が競技場に響いた。
その後一時の沈黙があった。
生徒達は、が吸魂鬼達に話しかけているらしい、という事実を耳にする。

しかし吸魂鬼は動かない。


「聞こえなかったかしら? それとも、その気がないの?
 そうだとしたら、もう私は貴方達に、あの工面はしないことにしても良いのよ?」


途端吸魂鬼達がの方へ、吸い付けられたかのように集まって来た。
生徒達ならず、その場にいた先生方もそれに驚いた。

は黒い塊の中で、悠々と立っている。

そしてずいっと見渡した。


「城の警備の殆ど全員が、いるようね。――まあ良いわ、とにかく今は此処から出ましょう」


は何かを言いたそうだったが、吸魂鬼の生徒達への影響を考えてそう決断を下した。
競技場に背を向けると同時、は黒のフードを被る。

歩き出すと、その後ろにはぞろぞろと吸魂鬼の列が続いていた。

その稀な光景に、その場にいた者たちは釘付けになっていた。



























2008/2/9






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