十分な睡眠。
空は快晴。
朝食もたらふく食べた。
コンディションは抜群。
鼻歌を歌いたくなるような気持ちで、は道を下っている。
17/もう一つの薬
「おはよう」
は愛想良く吸魂鬼に話し掛けた。
勿論、愛想良く挨拶を返してくれるはずもないのだが。
は一人、満足したように校門の前の吸魂鬼と対面している。
「待たせて御免なさいね、でも私も準備出来たから」
その言葉に、一人の吸魂鬼が耐えられずに身震いする。
はそれを見て苦笑する。
随分溜まっているらしい。
「でも毎回言うように、貴方達の仲間の分け前も残しておくこと。
過度にやり過ぎたら、守護霊の呪文を唱えるわ。分かったわね?」
そう言って、は大きく息を吸い、精神を統一するかのように目を瞑った。
セブルスは校門へと続く道を下っていた。
マクゴナガル先生からの伝言を伝えるために、を探しているからだ。
偶然授業がなかったからと、付け込んで用事を押し付けるグリフィンドール寮監を思って息を吐く。
助教授だからって、どうしてその動きを全て把握しておかねばならない義務があるのだろうか?
彼女は気侭だ。
朝食後に姿を晦ませたを探し、彼女がいそうな所は方々探し回った。
そして途中で気付いたのは、彼女ならきっと昨日に事件を起こした吸魂鬼の所へと行っているだろう、ということだ。
道を下り、やっとの黒い姿を見つけてセブルスは安堵した。
しかし、足を進めるにつれて、その姿が奇妙な状態にいることに気付く。
彼女は動かない。
かえって、吸魂鬼の方がいきいきと、活動を活発にしているようにさえ見える。
これは……。
セブルスは嫌な予感がした。
彼女のすることは、常軌を逸してることが多い。
走る。
そして、マントから杖を取り出した。
の姿が目前に迫る。
彼女はじっと目を閉じて、吸魂鬼の前で直立している。
吸魂鬼は、その前で二人揃って煩わしい音を響かせて、呼吸していた。
肌で感じることが出来る。
その姿は、明らかに――
「Expecto patronum!」
守護霊が現れ、吸魂鬼は後ずさり、から離れた。
はそれにやっと気付いたように目を開ける。
そして、肘の辺りが誰かに握り締められているのに気付いた。
「何をしている?」
「ちょっ……邪魔しないでよ!」
「目の前で人間が、吸魂鬼に幸福を吸い取られていてもか?」
「吸い取られてるんじゃない、与えているの!」
二人とも語気は荒かった。
は吸魂鬼の方へ急いで歩もうとするが、捕まえられている腕でそれが適わない。
ぐいっとセブルスの方へ引き寄せられる。
は眉を寄せる。
「放して!」
「放すか」
「これで最後なのよ、ここで中途半端に止める事は出来ないの。だから、早く放して!」
の様子に、セブルスは思考を巡らした。
「なるほど。クィディッチの時に、お前が言っていたことはこれか」
「そうよ。これで、うまく今まで成り立っていたの。なのに――」
彼女は、ホグワーツに派遣されてから定期的にこれを行っていたことになる。
身を削って、この領地を守っていたのだ。
確かに、今までホグワーツの領地に侵入しない吸魂鬼を、多少は不自然に感じていた。
そして吸魂鬼を統制する方法は、確かにこれしか思いつくことは出来なかった。
「ハロウィーンに怪我をして、貴方達が妙に徹底的に面倒診てくれるから。
このままじゃ、これをしてることを気付かれると思って……気付いたら、きっと貴方達は止めたでしょう?
だから幸福感を与えることを少し止めていたら、昨日の事件よ」
そう言うの腕は、どこか細く感じた。
そして言葉には覇気がない。
横顔が青白い。
「私のせいだわ」
はセブルスを見上げる。
「だから、放して」
「それはお前が原因ではないだろう。お前が身を削ってまでしてしか統制の出来ない、吸魂鬼を派遣した魔法省が――」
「私のした行為によってそれが生じたのなら、それは私のせいよ」
「そんな思考回路では生きていけないぞ」
「生きていけてるわ」
はセブルスを睨み付ける。
そしてただ、腕を振り払おうとするが、それも適わない。
セブルスはのきっと言いたいのだろう言葉を、自ら口にした。
「我輩がお前に構ったから、昨日の事件が起こったか?」
「……」
は口をぎゅっと閉じて、目線を逸らした。
図星のようだった。
しかしそれを口にして言うほど、は薄情でもなかった。
セブルスは大きく溜息を吐いた。
好意が彼女にとっては裏目に出たようだった。
「――今まで、気付かれないようにひた隠していた訳か。大した精神力だ」
「……大変だったわよ」
は呟く。
は今でさえ憔悴している様子だ。
セブルスはが今までしてきたであろう、様々な苦労に、思いを馳せた。
しかしそれを簡単に一言、やめろ、とも言えない自体に直面しているのは分かっていた。
そう言うのは容易いが、決して現実的ではない。
「やめろ、って言いたいのは分かってる。まともな人間がすることじゃないもの。
でもそれをまともな人間がしないのは、それが出来ないからだわ。でも私には出来る」
「幾らお前の魔力が強いと言っても、吸魂鬼が束になってきたらどうする?
自身、こういう魔法は不得意だと言っていたではないか」
「束になって来る前に、気付いて、止めるわ」
「無茶だ。まともな人間じゃないかもしれないが、確かにお前は人間だ。全ての可能性を防ぐことは出来ない」
「でも、今まで一度もそんなことはなかったわ! だから、放して、行かせてよ……!」
は気が切れたように、口調を荒げる。
腕を振り解こうと、杖までを持ち出す。
セブルスは慌ててそれを諫める。
「校長も承知か?」
「ええ。多分知ってるわ」
「止めないのか?」
「私がそうしないと、校長の嫌う吸魂鬼が校内に入ってしまうから、見て見ぬ振りじゃないかしら?」
は笑う。
セブルスはその細められた瞳にぞくりとしたものを感じたが、セブルスもセブルスで、強情だ。
「吸魂鬼相手、相当な危険の中に身を置いていることは分かっているな?」
「ええ。でも貴方だって、これ以上の危険に身を置いたことはあったでしょう?」
「自ら進んで身を置くような事はしていない。それにお前のように、計画性もなくそのようなことをした記憶はない」
「計画性って……」
「襲われたら、どうするつもりだった?
束になった吸魂鬼に、憔悴した身体にキスをされそうになったら、どうするつもりだったのだ?」
少し沈黙する。
はセブルスの目を見て言葉を発すことは、出来ないようだった。
はそれは考えないことにしていたし、それにどうにかなるだろう、と軽く考えていたのだ。
元々昔から無茶ばかりしてきているので、そのような感覚については疎かった。
その点、セブルスは鋭い。
は地面を見つめ、そしてまたセブルスと目を合わせた。
そしてゆっくりと言葉を述べた。
「――どうして、私のことをそんなに構ってくれるの?」
妙に関わりを持ち、面倒を診てくれるこの男が不思議で仕方がない。
こんな人は今まで出会ったことはなかった。
大抵、無茶をする時には「君なら大丈夫」と、一言言われるだけなのに。
セブルスはの質問にすぐには答えず、の目を探るように見る。
彼が開心術を使っていないことを確かめてから、はまたそっちを見つめた。
暫しの沈黙があった。
「それは――」
「先生!」
は声のした方へ顔を向ける。
そこにはマクゴナガル先生が、とセブルスのいる校門の方へ歩み寄っている姿があった。
は曲がっていた背を伸ばし、目を開いて、平常を作った。
「どうかなさったんですか?」
「魔法省から、早急の呼び出しが再度に渡って来ています」
マクゴナガル先生の手から、束のような羊皮紙がパタパタとの手に移る。
「スネイプ先生からそう伝えられていたとは思いますが、あまりに過度に送って来るので、早くお伝えしようと思って。
随分と急いでいるらしいですね」
「え、あ、だから彼は此処に来ていたんですか」
セブルスは、先程途中で言葉を遮られたマクゴナガル先生から、何をしていたのかという視線を貰う。
それはとても心外だった。
マクゴナガル先生の言外の意味をは感じ取る。
「分かりました。今すぐ省へ向かいます」
これ以上魔法省の手紙の束を、ホグワーツに増やしてはならない。
セブルスの暗い視線がに降り注いだ。
はその視線を受け取るように顔を上げ、じっとセブルスの目を見つめた。
セブルスはが送ってくる意思を読み取る。
――貴方は、私が行くのを副校長が納得する形で、止めることが出来るか?
勿論、今までがしていたことを報告することが出来ない、という前提がある。
そして魔法省という権力が其処にはあった。
セブルスの片手がの背中を労わるように撫でてから、押し出す。
はセブルスの方を目を見開いて見た。
「吸魂鬼の方はお前までとはいかずも、ちゃんと処理しておく」
「あ、有難う……」
は目の前にいる二人の教師を見渡す。
さっきまでと比べると意外に思うセブルスの行動に疑問を抱きながらも、は足を門の外へ向けた。
「じゃあ、門の外から姿眩ましをしますので」
は校外に出て掻き消えた。
*
流石に気分が悪かった。
吸魂鬼に処置をし、続け様に魔法省へと飛んだ。
は私室で椅子にぐっと腰掛けて、背伸びをする。
貧血のようにフラフラしている身体を持て余し、目の前の書類に目を通す。
ホグワーツへ戻ってきた頃には、もう空は暗くなっていた。
ドアのノックの音が聞こえた。
は視線をそっちにやる。
すると其処には否応なく分かる、隣に部屋を持つ男の気配があった。
「どうぞ」
鍵が柔らかく回った。
黒い服を纏った彼は、するすると部屋に入って来る。
「どうしたの?」
「身体はどうだ?」
「へ?」
思い掛けない言葉には間抜けな声を出した。
セブルスは座っているの前に立ち、彼女を見下ろしている。
の目の前には、セブルスが持っているゴブレットがあった。
白い湯気がフワフワと出ている。
「――作ってくれたの?」
答えないセブルス。
は空気を通して感じるこれは、元気の出る薬だと分かった。
「相変わらず、顔が青白いな。仕事は放って早く寝たらどうだ」
飲め、とばかりに目の前にゴブレットが突き出される。
はそれを受け取った。
そしてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「お前が求めるなら、材料と工程を述べるが?」
はじっとゴブレットの中身を見ている。
そして小さく微笑む。
「いいえ、結構よ。毒は入ってないわ」
そう一言言って、ぐいっと喉にゴブレットの中身を流し込んだ。
喉がごくりごくりと動く。
がゴブレットを口元から放すと、その中は綺麗に空になっていた。
「特製よね? 普通の工程のものとは違うわ」
「お前の毒を感じるセンサーに引っ掛からなくて、一安心だ」
は身体の中がほっこりと温まるのを感じた。
指先までが温まるようなイメージだ。
は空になったゴブレットを、セブルスに渡す。
「気に掛けてくれていたの? わざわざ、こんなことまで……とても有難いんだけど」
「目の前で吸魂鬼に幸福を吸い取られている者がいたら、助けるのが普通だろう?
それに、あの状況ではこうするしか考え付くことがなかったのでな」
は唇が笑みを作るのに抵抗出来なかった。
それは、そんなに踏ん反り返って言う言葉なのだろうか。
セブルスは疑わしげに、が微笑んでいるのを見ていた。
クスクス笑いながらは言う。
それは苦笑に似ていた。
「本当、どうしてこんなに私に構うの?」
「――助教授に倒れられては、我輩が困る」
セブルスは間を置いて答えた。
はそれにますます笑う。
確かにそれはそうだ、と納得をしつつも。
の頬に赤味が戻り笑う様子を見て、セブルスはもう大丈夫だろうと思ったが、最後に一言。
「早く寝ろ。治るものも治らん」
「ええ。倒れて貴方に迷惑をかけたくないもの。薬、有難う。それとお休み」
「ああ」
セブルスは曖昧に答えて、の部屋を去る。
外に出ると、廊下の冷たい空気が身を刺した。
*
「吸魂鬼の防衛?」
「そう。それをに頼みたいんだ」
はカップをソーサーに置き、考えるように腕を組んだ。
紅い液体が揺れる。
此処は闇の魔術に対する防衛術の教授の私室である。
「確かにハリーも、クィディッチの度に箒から落ちていられないわよね」
「だから僕に防衛法を教えて欲しいと言われたんだけど、君の方が専門だろう?」
「専門っていう訳でもないけど……」
がリーマスに目を遣ると、彼はパクパクと、がこれ一つで紅茶三倍はいけると思った甘ったるいチョコケーキを口に運んでいた。
「私は無理だわ」
「どうして?」
は砂糖の入っていない紅茶に口をつけた。
その脇には、砂糖のたっぷりかかったクッキーが並んでいる。
「私、普通の方法でパトローナスを出してないから。
普通は幸せなことを思い浮かべて、呪文を唱えるでしょ?
でも私は全然そんなことしてないし、ちょっと種類が違った方法で呪文を唱えているの。
どんな方法か、って聞かれたら言葉に出来なくて困るんだけど……」
「感覚でしてるの?」
「そう、何か感覚でやってるの」
は砂糖のたっぷりかかったクッキーを手に取って、端を少しだけ齧り、紅茶を口にする。
リーマスは考えを纏める。
「君の言っていた、特殊体質っていうのが絡んでいるんだろうね」
「闇の生物に好かれ易い身体してるからね」
「改めて、珍しいなあ。そんな人今まで出会ったことがないよ」
「そんな人に防衛法教わったって、困るでしょ?」
「そうだね」
も頷く。
ふと皿を見ると、さっきのクッキーの半分がなくなっていた。
よく糖尿病にならない、といつも感心する。
「だから、貴方からハリーに教えて貰えない?」
「分かった」
「……私にも、何か出来ることがあったら良いんだけど……」
はまた考え込む。
リーマスも暫しそうして思いに耽るが、一つ聞いておきたいことがあってに声を掛ける。
「セブルスとはどう?」
「うん? あ、彼ね。この頃妙に優しくて、ちょっと気持ち悪いんだけど」
「優しい?」
「ええ。それがね――」
はリーマス相手ならまあ良いか、と思って、吸魂鬼に関して起こった出来事についてリーマスに洗いざらい話す。
リーマスは興味深げにそれを聞いていた。
そしてにやりと笑う。
「彼がそこまでするなんてね。気に入られてるんじゃないかい?」
「いや、そうされるようなことは全く思いつかないんだけど」
「そうかな?」
「うーん……」
はまたも考え込んだ。
この妙に鈍感で、妙に鋭いを、リーマスは楽しげに眺めた。
2008/2/12
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