ハリー・ポッターは、忍びの地図を使って隠れてやって来たホグズミードで、バタービールに舌鼓を打っていた。
こんなに美味しいものは今まで飲んだことがない。
時期はもうクリスマスだ。
雪がしんしんと地面に積もり、空気は身を刺すように冷たい。
学期ももうすぐ終わる。
すると、三本の箒の店の扉が開いた。
冷たい空気が店内を吹き渡り、ハリーとロンとハーマイオニーは入って来た人物を目に留める。
――マクゴナガル先生と、フリットウィック先生が、舞い上がる雪に包まれて店に入って来た。
次にハグリッドが続き、その次には何と魔法省大臣がいる。
そして最後にが続いて店内に入った。
19/真実と記憶
ロンとハーマイオニーは、即座にハリーをテーブルの下に押し込んだ。
ハリーはやって来た人達の足だけを見ることになる。
は扉を閉め、被っていたフードを脱いで、黒いマントから雪を払う。
そして大臣の後について歩き始めると、敏感な彼女は何かの気配を感じてパブの中を見回す。
何か、見られているような……。
は、椅子に座っているロンとハーマイオニーと目線を見事に合わせた。
は驚いて少しだけ目を見開く。
そして知った気配を感じて、その目線を下に下げると……。
は更に目を見開いた。
ハリーと目が合ったのだ。
彼は机の下で蹲っている。
彼は許可証がなくて此処に来れない、というのはも知っていたことだ。
奇妙な沈黙があった。
「?」
「あ、すみません」
はハリー達から目線を外し、先生方と大臣の行列に加わる。
その行列は明らかにハリー達の方向へ向かっていた。
ハーマイオニーは焦って、目の前のクリスマスツリーを動かし自分達の姿を遮ろうとしたが、その前にクリスマスツリーはフワリと浮き上がった。
そしてうまい具合に彼達の姿を隠すよう、軟着陸する。
ハーマイオニーはの手元を見る。
すると、それは前に授業でが杖なしで魔法を使っていた時と、同じ動きをしていた。
「先生が――」
ハーマイオニーは小声で呟いた。
は椅子を引き、大臣の隣に腰掛ける。
周りから疲れた溜息が漏れた。
確かに、この吹雪はなかなかきついものがあった。
マダム・ロスメルタは相変わらずの曲線美で、飲み物を持ってやって来る。
「ギリーウォーターのシングルです――」
「私です」
「ホット蜂蜜酒、四ジョッキ分――」
「ほい、ロスメルタ」
マクゴナガル先生とハグリッドがジョッキを取る。
「アイスさくらんぼシロップソーダ、唐傘飾り付き――」
「ムムム!」
フリットウィック先生が唸るのに、は思わずクスリと笑う。
「それじゃ、大臣は赤い実のラム酒ですね?」
「有難うよ、ロスメルタのママさん」
するとマダム・ロスメルタの目がの方に向けられる。
綺麗にカールした睫毛の下の目が、人好きそうに笑った。
「で、は勿論バタービール」
「有難う、マダム」
温かいジョッキが手に染みる。
周りの先生方や大臣がまず一口飲んでいるのを見て、もバタービールを喉に流し込んだ。
甘い味と共に、身体が芯から温まるように感じる。
そしてふと、目だけで近くにいるハリーを見遣る。
――あの子達は――
「先生、貴方も一杯飲まれたらどうです? 仕事も終わったのでしょう?」
「あ、いえ。アルコールは苦手なので。これで十分です」
はマクゴナガル先生の問いに、急いで視線を元に戻した。
バタービールのジョッキを持ち上げて言う。
「そうですわ」
マダムがに向かい、意味ありげに口を開く。
「彼女はバタービールで良いんです。いつだったかしら?
彼女がお酒で参った時に側にいた時があったのですけど、それはもう酷い酔い様でしたわ」
机に着いている全ての人の視線がこっちに向いたのを感じ、は苦笑した。
「……悪酔いするんですよ。それに特に、飲みたいとも思いませんしね」
「マッド=アイが彼女に二度と酒を飲むな、って言ったらしいとは噂に聞いたがね」
「大臣、妙な情報を流さないで下さい」
「嘘だったのかい?」
「いえ、本当ですけど……」
が決まりが悪そうに頭を掻く。
その場にいた者全員がそれに笑い出した。
マクゴナガル先生でさえクスリと微笑むのに、は驚いた。
「には弱点がないと思っとったんだが、まさかそんな所に弱点があるとはなあ」
「やめてよ、ハグリッド」
「すまんすまん」
そう言うハグリッドの目が全く謝ってはいない。
はふうと息を吐き、もう一度バタービールを呷る。
「それにしても君に会えて本当に嬉しいよ、マダム。君も一杯やってくれ……こっちに来て一緒に飲まないか?」
「まあ大臣、光栄ですわ」
大臣も上機嫌にそう言い、マダムはカウンターの方へ戻って行った。
は未だ不機嫌そうだ。
またバタービールをぐびっと飲む。
「……いえ、今日の仕事は貴方の護衛でした、大臣。貴方が省に戻られるまでが私の勤務時間です。飲酒は無理でした」
「全くもって固いなあ、は」
「大臣が私に対して、直々にそう命じて下さったのでは?」
の目が恨めしそうに、大臣の顔を見据える。
「……その通りだったよ、」
大臣は耐え切れずに降参の意を示した。
するとフリットウィック先生が口を開ける。
「わざわざ闇祓いを護衛になさったんですか?」
「ホグズミードの警備もが責任を持ってくれていてね。その関連だ。
それに吸魂鬼にほど対抗出来る魔法使いは少ないし、ブラックについての話も聞きたかった。ところで、――」
は不機嫌な視線を上げる。
大臣はに許しを乞うように、柔らかく言った。
「すまなかった。今省の外にいる忙しい君を、わざわざ借り出して。許して欲しい。
それと、これは公私の中の「私」の部分だから……」
大臣はそこで言葉を切る。
は憮然とした表情をしていたが、大臣の表情を見て、次第に唇が緩んで目が細まる。
「……分かったわよ、コーネリウス。許してあげる」
の態度の変わり具合に、周りが目を瞬かせる。
はそれに気付いてか気付いていないか、ゆったりと言う。
「久々に貴方と話せて嬉しいわ。今まで会議とかはあったけど、ろくに真っ当なこと話してなかったしね」
「いやあ、会議での君の様子が怖くて怖くて……それに前は説教までされてしまって」
「説教?」
フリットウィック先生が口を挟む。
は活き活きと話し出した。
「クィディッチの試合の時に、吸魂鬼が入り込んで来たことについてです。
事が起こった日の会議でその可能性をひたすら訴えたのに、相手にされなくって、それについて大臣に言いたいことがありまして」
「ということは、あの事件を予知していたんですか?」
「予知、とまではいかなくても……日々の吸魂鬼の行動を見ていたら、予測は出来ました」
マクゴナガル先生の問いに答え、は取り合えずやけっぱちに笑っている大臣の方を細い目で見る。
マクゴナガル先生は驚いたようにの方を見ていた。
マダム・ロスメルタがテーブルに戻って来る。
「それで、大臣。どうしてこんな片田舎にお出ましになりましたの?」
大臣は今更ながら、神経質に辺りを見渡し始める。
どうやら何やら人を憚るような話をしたいようだ、と思っては神経を張り詰める。
護衛の役目だ。
「大丈夫、誰も立ち聞きはしていないわ」
三人の子供達を除いて。
大臣はの言葉に安堵したが、声を低くして言った。
「君がいない間にその話をしていたんだよ、マダム。他でもない、シリウス・ブラックの件でね。
ハロウィーンの日に学校で何が起こったかは、うすうす聞いているんだろうね?」
「噂は確かに耳にしていますわ」
「ハグリッド、貴方はパブ中に触れ回ったのですか?」
マクゴナガル先生が腹立だしげに言う。
「大臣、ブラックがまだこの辺りにいるとお考えですの?」
「間違いない。だからを此処に派遣しているし、吸魂鬼だってそうだ」
「確かにはよくやってくれていますけど、吸魂鬼が私のパブの中を探し回っていった時、お客様が怖がって皆出て行ってしまいましたわ。
大臣、商売あがったりですのよ……、あなた自身はどう思っているの? あなたが一番この件に関しては詳しいでしょう?」
は頭の中を整理して、息を深く吸う。
これが今までの結論だった。
「シリウス・ブラックについては、危険性はあるものの、実際の被害は何とか少なくて済んでるわ。
私もブラックはこの辺りに潜んでいると思っているから、やはり吸魂鬼の警備は不必要ではないと思うけど――」
に咎める視線が降って来る。
吸魂鬼否定派からの視線だ。
「前に私はブラックに会ったのだけれど、彼は猪突猛進で何の計画性もない男だったわ。
私はとにかく、そんな男がこの辺りにいるのに何の事件も起こらないし、その気配もないという事実に疑問を持ってる。
それと、やはりマダムの言うように、吸魂鬼が魔法使い達にもたらす影響は大きい……」
は言葉を切って、テーブルに着いている全員を見渡し、語りかける。
「夏の出来事を覚えておられますか?
ブラックは此処より厳重な吸魂鬼の警備をものともせず、脱獄した事件を。ならば吸魂鬼の警備は無駄です」
「そこまでいうのか、……」
「本心よ、コーネリウス。それに、私はまだブラックが捕まった時の捜査の不備が、気にかかっているの」
「ブラックは無実だ、とでも?」
「そこまでは言わないわ。でも、ブラックと対面した時に、多くの死喰い人達と比べると、妙な違和感が……」
「ああ、もうそれまでだ、。今此処でそれを言ったって、どうにもならない」
は大臣の言葉に言葉をむっつりと切る。
確かにその通りだ、とも思っていたからだ。
大臣はそう言うについて溜息を吐き、これさえなかったら良いのに、とでも言いたげだった。
「彼女が言うように、吸魂鬼のホグワーツへの配備はやめるべきですわ。
あんな恐ろしいものに周りをうろうろされては、私達教育が出来ませんでしょう?」
「全くもってその通り!」
大臣だけが吸魂鬼肯定派だ。
大臣はそれに頭を抱え、またを見る。
はその行動に首を傾げる。
「君の師匠なら、用心に越したことはないと言うだろう。らしくないな、」
「私の師匠は無駄なことをするような人ではありません」
「……私だって、君達と同じで連中が好きな訳ではない。残念だが仕方のないことなんだ」
大臣は目の前に、あのマッド=アイがの言うようにことを行うのが、鮮やかに見えた。
弟子は師匠の性根を確かに引き継いでいた。
「仕方がないのなら、吸魂鬼をダンブルドアの反対を押し切って、校内に入れるとでも言うの?
前にそれについて、貴方に数時間語り尽くしたと思っていたのに」
「いやいや! そういう訳では……。
分かっているよ。吸魂鬼は飢餓状態に陥っていて、生徒たちを襲うのは時間の問題だと」
「それと、吸魂鬼は案外薄情な生き物だと申し上げたはずですが?」
敬語に戻り、物騒な目の色をしているに大臣は二の句を継げない。
「彼らは自分達の利益になる方に、身を委ねますから。
彼らは欲望に忠実な生き物なので、このまま飢餓状態で飢え死ぬと思ったら、魔法省に反旗を翻すのは目に見えます。
だから彼らの警備もあまり当てにはならない……十二年前の事を覚えていらっしゃるでしょう?」
しんとした沈黙があった。
大臣は眉を寄せ、は憮然とした表情のまま辺りの様子を窺っている。
それぞれ、昔についての記憶は存在していたからだ。
「……でもねえ、私にはまだ信じられないですわ」
マダムが沈黙を破って考え深げに呟く。
「どんな人が闇の側に加担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと、私は思ってました……。
あの人がまだホグワーツの学生だった時のことを覚えてますわ。
もしあの頃に誰かがブラックがこんなふうになるなんて言ってたら、私きっと、「貴方蜂蜜酒の飲み過ぎよ」って言ったと思いますわ」
は、マダムの学生時代のブラック、という言葉に過剰に反応した。
大臣が口を開ける。
「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ。ブラックの最悪の仕業はあまり知られていない」
ブラックの最悪の仕業――
もムーディから話を聞き、あらましは知っていた。
しかしそれは、ざっくりとしたものだった。
今目の前で、それを詳しく聞けるかもしれないという状況に、の目は輝き始める。
側にはブラックの学生時代をよく知るホグワーツの教師達、パブの店主に魔法大臣。
「最悪の? あんなに沢山のかわいそうな人達を殺した、それより悪いことだって仰るんですか?」
「まさにその通り」
「信じられませんわ。あれより悪いことって何でしょう?」
「ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ?」
マクゴナガル先生が呟くように言った。
そうだった。
改めて考えると、ブラックの昔の交友関係を知っている、身近な人が此処にいたのに。
早くそれに気付くべきだった。
人の過去を知ることは、その人の現在を知る鍵だ。
「あの人の一番の親友が誰だったか、覚えていますか?」
「えーえー。いつでも一緒、影と形のようだったでしょ?
此処にはしょっちゅう来てましたわ――ああ、あの二人にはよく笑わせられました。
まるで漫才だったわ、シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」
はじっと話を聞き入る体制に入る。
そして――
はあの三人の子供達の方を窺った。
案の定、今、大きな音を立ててジョッキを落したらしい。
ああ、ハリーだろう。
ハリー・ポッターだろう。
*
ブラックはジェームズ・ポッターと親友で、ハリーの名付親ともなった男だった。
そしてブラックはポッター夫妻への忠誠の術の秘密の守人となったが、彼は一週間も経たずに二人を裏切り、間接的に夫妻を殺した。
しかし同時にヴォルデモート卿が凋落し、ブラックは逃げるしかなかった。
次の日、学生時代の友人のピーター・ぺティグリューという男がブラックを追い詰めるも、あえなくブラックに殺されてしまう。
そして次にやってきた魔法警察部隊の特殊部隊が、ブラックを捕まえた。
大臣が当時の現場の状況について語ると、も昔に現実に見たその光景が目の前に広がった。
かつて、もその現場に行ったことがあったのだ。
はその時は大怪我を負っていて、一言二言言葉を吐いてから、すぐに失神をしたらしい。
その時にの吐いたらしい言葉、そして微かに覚えている確かな違和感が、今彼女を動かしている原動力となっている。
しかしが一番気になったのは、大臣が最後に言った言葉だった。
大臣が先日アズカバンを視察した時、ブラックが正気を失っていなかったということだ。
単にブラックは退屈なようで、筋の通った話し方をしていた、と。
ブラックはアズカバンの中でも、最も厳しく吸魂鬼に監視されている一人だというのに。
はアズカバンに入ったことはあったが、ブラックに会ったことはなかった。
そして改めて考えると、ハロウィーンの時、吸魂鬼に生気を全て吸い取られたような男に、あれは見えなかった。
寧ろ生気に満ち溢れている位だった。
そしてもう一つ気になったことは、ペティグリューの遺体が指一本だったこと。
どのような魔法を使えばそのような状況に陥るのか、は耳にしたことがなかった……が、これは気にするべきことではないのだろう。
「だけど、何のために脱獄したかとお考えですの? まさか、大臣、ブラックは例のあの人とまた組むつもりでは?」
「それが、ブラックの――アー――最終的な企てだと言えるだろう」
大臣は言葉を濁し、をちらりと見る。
ここで言うべきことがある。
「――私達が、何とかそれを阻止します。そのために私は此処にいるんですから」
は言い切った。
周りの目がに集まる、そしてはそれを難なく受け止めた。
「さあ、コーネリウス。校長と食事なさるおつもりなら、城に戻った方が良いでしょう」
マクゴナガル先生が言った。
皆が立ち上がり、椅子が音を立てる。
マントがひらりと舞い、マダムに各々お金を払った。
は最後に、座っていたテーブルの近くにあったクリスマスツリーを振り返った。
じっとそれを見てから、は雪の舞う中に身を投じた。
オレンジ色の光がパブから眩しく漏れてくる。
温まった身体が、末端から熱を奪われていく感覚を覚える。
口を開くと、口の中に雪が入りそうだ。
「大臣、今一度お聞きしたいことを思い出したのですが……」
「何だね?」
「イヴの日、二十四日はどうしても此処の警備から離れられないんですよね?」
白い煙が口から立つ。
煙と雪が空気に混じり合っている。
寒い、寒いと貧乏ゆすりをしている大臣が、申し訳なさそうに言う。
「申し訳ないがね。どうしてもスケジュールがうまく組めなかったらしい。
次の二十五日は休んで貰って良いから……それにしても、君がイヴの日に仕事を入れないで欲しいと言うとは、珍しい。
良い人でも出来たかね? それなら一安心――」
「いいえ、ボランティアです」
「ボランティア?」
「ええ。クリスマスの日に、一人で寂しい人がいるんです」
大臣は疑問符を飛ばしている。
は、このスケジュールはどうしようもないから、明日にでも彼に断っておこう、と思う。
「それにしても、」
「はい?」
「スネイプ先生は今日呼ばなくても良かったの?」
「……何ですって?」
思い掛けない言葉には眉を寄せる。
フリットウィック先生はニコニコしていた。
「この頃、二人とも仲が良いみたいだし」
は即座に周りを見回した。
誤解を含んでいる視線が、自分の身体に向けられている気がする。
それも、さっきの大臣の言葉の後だ。
「やはり、君も女だったか。良かった良かった、散々男勝りと言われてきていたが……」
「ちょっと待って下さい。何か誤解があるようですね?」
うんうん、と頷いている大臣から、ニコニコしているフリットウィック先生、眉を寄せているマクゴナガル先生と、じっとこっちを見ているハグリッドを見渡す。
は大きく溜息を吐いた。
大きな白い煙がの口元を舞う。
「――何故そうなるんですか――本気で呆れますよ――?」
肩を落として言うの顔には、ありありと呆れが浮かんでいた。
それにフリットウィック先生は、あれ?、と首を傾げた。
マクゴナガル先生は表情を変えなかったが、それがある意味何とも言えず恐ろしい。
ハグリッドはの言葉に納得しているようだった。
そうして一悶着してから、一行はホグワーツに向かって歩き始めた。
2008/2/17
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