20/真実の落とす影














クリスマス休暇一日目、セブルスが朝食に行こうと外に出ると、其処にはがいた。
それはまるで自分を待ち伏せているかのようだった。


「おはよう」

「ああ、おはよう……何だ? 何か用でも?」

「そうなのよ」


はセブルスに合わせて歩き始めた。


「昨日は遅くに戻って来たんじゃなかったのか?」

「ええ。大臣のお守りで。それで昨日聞いたんだけど、どうしてもイヴの日は予定が空けられなくて」

「そうか。それなら仕方がないが……」

「でも次の日は大丈夫だから、もし良かったらその日に変更して貰える?」

「分かった」


がセブルスを覗き見ると、彼の表情にはあまり変化はなかった。


「で、朝食に行くのを待っていてくれたのか」

「だって貴方、朝食へいっつも定時に部屋を出るし、待ち伏せし易くって。それに出来るだけ早く知らせたかったしね」


こういうことは案外珍しいことだった。
いつもは大抵、朝食の席で落ち合うことが多い。
二人でこのように朝食へ向かうのは、偶然鉢合わせになった時位だ。

そのままは、嬉々としてセブルスに昨日起こった出来事を話し掛けた。
大臣とダンブルドアが夕食を一緒にしている時に起こったこと、相変わらず大臣はマダム・ロスメルタに執心なことなど。

休暇が始まったとあって、廊下に生徒は少なく、大広間も同様だった。
ふいとはセブルスを会話中に覗き込むと、彼も多少表情を崩している。
学期の初めには考えられなかったことだ。

クリスマスか――

は思いを巡らす。

イヴの予定を空けていてくれ、だなんて。
普通に考えたら、一般の恋人同士がすることじゃないか。
……もし彼に好かれていたらどうしよう?

前にリーマスが言っていた言葉を思い出す。
私が彼に気に入られているのではないか、という言葉だ。
そして昨日の出来事、大臣とフリットウィック先生が言っていた言葉も、ぐるぐると頭を回る。

は脳裏にそのような光景を描くと、思考がフリーズしてピタリと止まってしまう。

しかし何とかリアルに考えてみる。
そう考えることは、にとって初めてのことだった。

結論。
――困るなあ。

どうしようもないじゃないか。
というか、無理だって、それは。

はそういうことを頭で考えながらも、セブルスと普通に会話していた。
とても器用だ。
そしてそういう状態のまま、はまた思う――でも、そんなことは絶対に有り得ない。

がこう考えるのにはちゃんとした理由があった。
それはずっと前から持っている。

彼は、滅多に人を愛するなんてことはしないだろう。
彼の目がそれを物語っている。

だからは、そういう考え方をしたことは今までなかった。
は今も、さっきみたいなことを考えている己に対し、苦笑する。
単なる洒落に過ぎない。
これは。










*











は眉を顰めて額に手を当て、大きく溜息を吐く。
ルシウス・マルフォイはこういう奴だったと、嫌でも知っていたはずなのに。

ハグリッドへ宛てられたヒッポグリフに対する警告の手紙を、は目を通していた。
その顔には呆れが含まれている。
隣には机に突っ伏して泣き喚いているハグリッドがいた。

書面によると、ハグリッドの罪はなくなったものの、ヒッポグリフは危険生物処理委員会に委ねられるということだ。
そして訴えは、あのルシウスからのものだ。
危険生物処理委員会、そしてルシウス――有難くない名前のオンパレードだ。

粗方の慰めの言葉はハグリッドにかけたし、どうにか慰めようとしたけれど、それは全く功をなさずには困り果てていた。
大抵の魔法省の裏事情を知っているので、何と言えば良いのか、安っぽい言葉しか出てこないのだ。
そしてハグリッドもそれを察し、落ち込む。


「ハグリッド!」


外から声が聞こえてくる。
この声は、ハリーだ。


「ハリーだわ。扉を開けても良い?」


は救いがあったと、ハリーとロンとハーマイオニーを中に招き入れた。
その後は、が何もせずとも、その三人がハグリッドをものの見事に慰めてくれた――





ハグリッドの小屋からの帰り道、は三人に話し掛けた。


「貴方達が来てくれて助かったわ。私じゃあどうしても慰められなくって……」


最後にも、ハグリッドの弁護を出来るだけ手伝うことを約束していた。


「弁護についてだけれど、私はルシウス・マルフォイが問題だと思うの。
 あの男をどうにかすれば、どうにかなると思うのよね」


希望の道を模索すると、それだった。
しかしロンとハーマイオニーは何も声をかけてこない。
はそれを分かってはいたが、特に何も際立った反応はしなかった。

ハリーが怖い位に、こっちをじっと見ているのだ。


「……怒ってる?」

「はい、先生」

「それは不味いわね」

「茶化さないで下さい」


ハリーの感情が爆発しそうなのが見て取れた。


「私の部屋に来てくれる?」


その言葉は、ハリーの期待通りに、昨日の出来事について含んだものだった。










*











誘われた部屋は地下にあったが、中は暖炉がパチパチと爆ぜていて明るい。
こざっぱりとした部屋で、殆ど装飾品は見当たらなかった。
ロンとハーマイオニーは、その部屋を物珍しげにキョロキョロと見る。

ある所では薬品が並べられて、ある所では厚い本が沢山本棚にある。
その隣には、今まで彼らが見た事のない道具がずらりと陳列してあり、透明マントをハリーは見付けた。


「どうぞ、何のお構いも出来ないけど」


は椅子を三つ呼び寄せ、自分はそれと対面する椅子に座った。
三人は其処に腰掛ける。

しかしはハリーだけを見た。
彼と話すために、この場を用意したのだ。
彼の肉親とそれを殺した男について、語るために。


「貴方の言いたいことは分かってるわ。昨日全てを聞いていたものね」


誰も声を発さない。


「貴方は、どうして私が貴方に本当のことを伝えなかったのか、って思っているのよね」

「先生は前から、全てを知っていたんですよね?」

「ええ。話だけは聞いていたわ」

「なら、どうして僕に対してそれを隠していたんですか?」


ハリーの目が、口調が激しくを責めている。
しかしは冷静だった。


「私も、間接的に話だけを聞いたに過ぎないわ。
 ハリー、この――隠されたブラックの最悪の仕業を知る人は少ない。あまり人にひけらかすものじゃないわ」

「その子供にも?」

「ええ……魔法大臣は貴方のことを、全くの子供扱いしているからね」

「大臣に従うんですか?」

「魔法省に勤めている以上、表面上は必ずそうせざるを得ないわ。
 大臣の意見には否定も肯定もしようとは思わないけど。結局私も省の犬だわ」


は苦笑する。
ハリーは失望したような目で、を見る。
隣のロンとハーマイオニーは、その様子を恐々と伺っていた。


「ウィーズリーおじさんも省に勤めているけれど、僕に警告を出してくれました」

「貴方に警告を出すことと、真実を伝えることでは大分事の大きさが違うわ。アーサーも貴方に真実は伝えなかったのでしょう?」


ハリーが俯く。

はずっと変わらない冷静な目で、ハリーを見ている。
は、今此処で彼の言及に応えるべきだ、と思う。


「でも、ハリー。私は正直に言うと、貴方がそれを知ろうと知らまいと、私が貴方を守れば良いと自信過剰に思っていたの」


ハリーは顔を上げた。
しかしハリーの眉間に皺がある。


「貴方がそれを知っていようと、知っていまいと、危険と安全の比率は変わらないと思っているの。
 知って、貴方は身の危険を思って城に閉じ篭るかしら?
 それとも、復讐を誓って外へ飛び出すかしら?
 知らなかったら知らなかったで、貴方が何をするのか私には分からないわ。だから――」


はハリーを見据え、ハリーはを見据えた。
凛とした声が部屋に響いている。


「私はどっちでも良かったの。貴方がそれを知ろうと知らまいと。
 だから昨日、貴方達がいるのを知っていたのに、私は貴方達を追い返そうとしなかったし、話を逸らそうともしなかった。
 どっちにも利があって、不利があるの。
 だから不確定な要素に寄りかかる前に、それ以上に、私が此処で務めを果たすべきだと思っていて。
 貴方にあまり辛い思いを……させたくないの」


の目が真摯なものに変わる。


「ブラックに襲われさせたくもないし、貴方が真実を知って心を痛めるのも――これは大臣寄りの意見なんだけど――子供扱いだって怒るかもしれないけど――嫌なの。
 貴方は子供扱いしているって思うかもしれないけれど、今実際、私の目の前にいるのは子供なのよ。
 ……大人の馬鹿な行為を許して」


そこで暫し沈黙があった。
は、ハリーの怒りの炎が小さくなっているのを感じた。
彼はもうを咎める様な目をしていない。


「……ある程度までは、納得はしましたけど、やっぱり……」

「そう簡単に納得してくれる、とは私も思っていないわ」


が微笑む。


「両親を殺した相手が両親の友人だった、なんて知って、そうすぐに冷静に物事を聞き入れられないでしょうし、そう簡単に私の意見なんて聞けないでしょ」

「分かっていらっしゃるんですね」

「まあ、そうかも。後は貴方がブラックを探して復讐してやる、とか言って無茶しないのを願うばかりね」


ハリーはどきりとを見上げる。
思っている事をそのままが言ったからだ。
は涼しい顔をしている。


「そう思うのが当然でしょうし、その気持ちも分かるけど、やっぱり一人でウロウロされるのはちょっと。
 城にブラックはもう入り込んだこともあるし、城を出るな、とは今更言わないわ。
 前にルーピン先生の代行の授業で、私が言ったこと覚えてる?」


いきなりの話題の変更に、ロンとハーマイオニーも驚いた。
ハリーはいきなり頭を切り替えられない。
どぎまぎと言葉を言う。


「えーっと……でもあれは、戦闘の時のやつじゃ……?」

「それ以外でも役立つのよ。冷静な判断力は」


はにやりと笑って腕を組み、足を組んだ。


「ハリー、貴方はこれをどう判断する? 貴方らしい結論を期待するわ」


この言葉が、今のに言える精一杯の言葉だった。

ハリー・ポッターの個人的な感情へ、追随をするなんて、出来ない。
彼はほんの赤ん坊の頃から苦行を味わってきたのだ。

其処は、私が踏み入れる場所ではない。
にやりと笑った顔は仮面でもあった。
私は彼を信じることしか、出来ない。



























2008/2/26






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