23/秘めし思い
は居ても立ってもいられなくなって、ソファーへ座り込んだ。
力なく手足が投げ出される。
しかし、それで何もかもが緩和されるわけもない。
「もう、やだ、本当に……」
顔が熱い自分が腹立たしい。
そういう反応をする身体が、とても恨めしい。
違う――これはただ単に、生理反応だ。
そう自分を言い聞かす。
そうでもしないと、気がもたない。
また、胸の疼きをどうすることもできない。
胸の痛みはどんどん酷くなるばかりだ。
見慣れた部屋の様子が、どんどんぼやけていく。
目が熱い。
どんどん熱くなる。
目の前が何も見えなくなって、瞬きをすると、視界が少しばかり確かになる。
頬を伝ったものに手を沿わす。
液体の感覚がする。
「何で泣く必要があるのよ」
本当に、そうだ。
泣くことなんて滅多になかったし、ここ何年も泣いたことなんて思い当たらない。
涙を拭うが、全くそれは止まる気配を見せない。
泣いている原因と、胸の疼きの原因は、胸の奥で分かっている。
さっきのことが鍵となって、遠くに仕舞っておいた扉を開いたのだ。
「あいつのせいだ……!」
頭の中をぐるぐると色々な過去の光景が回る。
身体全体に不快感が広がった。
総毛立つような感覚さえ覚える。
一つの事がまた複数の扉を開き、それは根っこのように広がっていく。
二度と触れないでおこうと思っていたものまでだ。
胸が苦しい。
はベッドに突っ伏した。
微かに嗚咽が漏れる。
まるで子供のようだ。
は何とか腕を立てて、ベッドに座る体制になる。
まだ涙が流れているので、目に手を当てた。
絞られている胸が悲鳴を上げている。
「――今更何の用?」
は今出来る精一杯の目で、セブルスを睨んだ。
ドアに鍵はかけていたが恐らく魔法で開けられたのだろうし、彼が此処にいるのに不思議はない。
セブルスはドアを開け、ほんの入り口でそう言葉をかけられた。
其処で足を止める。
睨みつけていても、自分が惨めな様子でいることは分かっている。
しかし睨まずにはいられなかった。
泣いているのは、彼に無理やりキスされただけの理由ではないから。
セブルスは口を開く。
まさか、彼女がこんなことで、こんなに泣くわけはない。
さっき彼女が言っていた。
「そんなに私は女々しくない」と。
「どうして……泣く?」
「誰のせいだと思っているの? 何をしにきたのかは知らないけれど、出て行って」
の口調は強かった。
セブルスは、目の前のこの泣いている人間が放つには強過ぎる、と思う。
セブルスは歩き出した。
口調は神妙なものだった。
「泣かすつもりはなかった。それに、まさかお前がこんなことで泣くとは……」
「寄らないで」
数歩歩いた所で、セブルスは足を止める。
「……分かっているじゃないの。そうよ、別に、私は――」
は息を吐く。
「貴方のした行為については、泣いてない。怒ってはいるけれど。だから、寄らないで」
「じゃあ何故泣いている?」
「寄らないで!」
が目に涙を溜めて叫んだ。
またセブルスは、進めた足を元に戻す。
「貴方が近寄ると、耐えられない」
「何に?」
「やめて! 来ないで!」
セブルスが近寄ると、はビクリと反応して叫ぶ。
しかしその目は、セブルスを見てはいない。
セブルスはの元へまた歩き始める。
「嫌! 近付かないでよ! 本当に――っ」
そう言いながらも、いつものように杖で実力行使をしないから、やはり彼女は正常心ではない。
何かに怯えている。
だから、セブルスはそのまま足を進める。
は身を縮め、何かから逃れようとしているように見えた。
セブルスはの目の前まで来ると、腕を伸ばしての震える肩を掴もうとする。
しかしその手は、空を掴む。
肩は僅かに後ろへ逃げていた。
はいやいやをするように、頭をひたすら横に振る。
「これ以上触らないで……」
その言葉は肉体的な意味だけでなく、精神的な意味にも取れた。
しかしセブルスはの肩を非情にも掴み、緩く全身を包むように抱きしめた。
前にもこれと似たことがあった。
がボガートと遭遇した時のことだ。
ベッドの上に座っていたの身体が、セブルスの方へ傾く。
「放して、お願いだからっ。壊れちゃう……!」
の頭の中を様々な光景が駆け巡っていた。
どれもこれも、彼女の胸に爪痕を残してきたものばかりだ。
「吸魂鬼と関わり過ぎだ。だから弾みで、辛い記憶ばかりが出て来る」
「その弾みを作ったのは誰よ!?」
「……すまない」
セブルスはの背を、ゆっくりと撫でた。
それに最初はは過敏に反応したが、次第に落ち着いてくる。
しかし。
「そう思っているんなら、今すぐ放して……。
貴方のせいなんだから、全部! どうにか……してよっ!」
「放せ、というのには申し訳ないが応えられない」
セブルスは苦笑する。
は、セブルスとの間に少し空間を作るように離れて、また睨みつける。
しかし次第にその目も緩んでいく。
「……いやだ……もう、嫌なのに……」
頬に掠るほどのキスが降って来る。
はさっきのキスが目の前に過ぎって敏感に反応したが、それはあっさり離れた。
少しだけを包む腕の力が強くなる。
「貴方の、せいで……」
セブルスは、が自分と同様に今まで平坦な道を歩んできたのではないということを、知っていた。
彼女の左腕もそれを物語っている。
だから、その胸に秘めているものは容易いものではないと思う。
そして更に過去、彼女については色々な噂を聞いたことがあり、全てとはいかなくても既にセブルスはそれを知っていた。
特に彼女の両親のことについては、よく知っている。
「全部思い出しちゃって、もうっ……! 私、もうこの身に耐えられない――」
更にセブルスは腕をきつくした。
しかしもう、はそれに嫌がる様子は見せない。
の心の中で激しい波がたぎっていた。
「もう、思い出したくなかったのに……私自身が嫌になってくる……!
全部、絡まってるの。どうしようもなくって胸が痛いの」
口調が震えている。
そのまま堰を切ったように、の口から言葉が溢れ出した。
「――私は両親を捨てて、裏切ったの……!
父と母は死喰い人で……彼らは私が死喰い人になることを望んでいたわ。
当然よね、元々私にその素質はあるもの。
だから彼らから逃げるため、今の仕事を選んだわ。でもその時の私はまだ若くて、世間知らずだったから……」
項を垂れて、は顔をセブルスに見せようとはしなかった。
身体は全てセブルスの腕に包まれている。
「ただ、死喰い人と反対側につけば良いものだと思ってた。
だからそんなに深く、闇祓いという仕事の意味を考えようとしなかった――私は、正直に言うと未だこの仕事に馴染んでない……。
結局死喰い人と同じことをしてる、って私はずっと思ってる。それにそうなってると、今現実にこの手で感じてる。
結局人を殺すのに、善も悪もあるわけない。法律も現実にはあてにはならない。
じゃあ、私はどうして両親を裏切る必要があったの?」
はセブルスの背に腕を回した。
誰かにいて欲しい、ただその思いで。
嗚咽の混じった言葉が、ただただ溢れて来る。
「父と母をこの手に捕まえた時のこと、忘れられないの。
この手でアズカバンへ送った時の記憶が、今でも鮮明に頭に残ってる。
それで、そのことを辛い記憶として覚えている自分も嫌なの。
私は結局どうしたら良かったの? どうしたら良いの?
やっぱり私は、両親の促すままに、あのまま死喰い人になった方が良かったのか、って思ったこともある。
私に闇魔法の素質は十分にあるから……でも、でも。それじゃ、アラスターに悪い――」
は喉を詰まらせる。
そして、セブルスの背に回した腕の力を強めた。
その存在を確かめるかのように抱きしめる。
「アラスターを、裏切りたくない――彼は、私が闇祓いになるのを望んで、今まで面倒をみてくれていたのに……!
なのに、私は、まだ、心を決めかねて、ふわふわ揺れ動いてる……板挟み状態で……それが堪らなく嫌なの!」
の目から涙が更に零れた。
声が涙によってますます揺れて、揺れる。
喉がぎゅっと狭まる。
「私が死喰い人になるのが、堪らなく怖いの……!」
セブルスは何も言わず、を包み込んだ。
2008/3/16
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