24/もう一度腕の中で目を閉じて。
暖かくて、とても気持ち良い。
気持ちの良い目覚めだった。
頭が軽くて、とても胸がすっきりしている。
うっすらと目を開く。
あれ……?
目を少しずつ開けるにつれて、目の前に見覚えのない光景が広がっていることに気付き始める。
は途端に一気に目を見開き、身を起こす。
キョロキョロと辺りを見渡した。
冷や汗を流しながら、見覚えのない部屋、見覚えのないベッドに焦る。
何処だ、此処……?
知らないベッドの上に寝ていた自分に唇を歪めつつ、辺りを見回していると、己のマントが壁にかけられているのに気付いた。
ベッドから降りてそれを手に取り、ポケットの中身に変わりがないのを確かめてから羽織る。
間違いなく自分のものだ。
そして、此処は……?
は部屋の机に載っている本を手に取った。
それは、クリスマスプレゼントとして彼に送ったものだった。
彼に――
は急に、フラッシュバックでさっきまでのことを思い出した。
見回りの時階段で起こったこと、そして自分の部屋で起こったこと……。
「起きたか」
はビクッと反応して、そこに現れた人物に顔を向ける。
セブルスは手に湯気の出たカップを持って、部屋にやって来ていた。
は更に前の記憶を鮮明にさせた。
胸に重い鉛が落ちたような心地がする。
すると、唐突に目の前に琥珀色の液体が入ったカップが差し出される。
「あ……どうも……」
はおずおずと礼を言って、ベッドに腰掛け直してカップに口をつけた。
乾いた喉が潤う。
前に飲ませてもらった時と味は変わらず、とても良い香りだった。
は熱心にカップの中身を見つめたまま――目をセブルスに向けることが出来ないから――最後の一滴まで喉に流し入れる。
セブルスの目から視線を外したまま、カップを彼に渡す。
「昨日、あのままお前が寝てしまうものだから此処に運んだが、良かったか?」
「……ええ、有り難う」
はまだ目線を外したまま、喉が詰まっているように小さく言った。
するとセブルスはに背を向け、カップを持って部屋から出て行く。
それを確認すると、はすぐさまベッドから立ち上がる。
――どうしよう、どうしよう、どうしよう――
此処から逃げたい。
全身を嫌な冷や汗が伝っている。
前の記憶が、悪夢のようにの頭の中で回っている
逃げる道は……。
やはり、さっき彼が出て行ったあそこしかない。
それを確かめ、はまた苦悩する。
出れないじゃないか!
するとすぐにセブルスは、が眺めている扉から戻って来た。
はドキリと胸を跳ねさせる。
まずい、いつものように思考が纏まらない……。
「……あ……有り難う、迷惑、かけたわ。じゃあ私はこれで――」
またセブルスの目から目をそらし、セブルスの胸の辺りを見つめながら言ってから、は固い笑みを顔に張り付けながら歩き出した。
目指しているところは、やはりあの一つきりの出入り口だ。
すると其処へ行くのも半ばに腕を掴まれる感覚がして、は凍りついた。
「待ってくれ。一つ、お前に言い忘れていたことがある」
はそのまま動かない。
「聞いて欲しいのだが、良いかね?」
「……」
は酷く眉を寄せた。
流石に、彼の言わんとしていることは感じているのだ。
さっきまでの出来事を考えると、それは極めて明らかになっていた。
そこまでの酷い朴念仁ではない。
しかし――それが分かっているから――とても、困る。
彼に応えることはできない。
はセブルスに腕を引かれるままに、セブルスと見合う形になる。
はゆっくりとセブルスと視線を合わせた。
は瞬きをする。
何ともいえない疼きが身体にあった。
暗くて黒い瞳に見据えられて、は一時立ち尽くす。
「I love you」
「loveなんて単語、滅多に使うものじゃないわ……!」
はセブルスから視線を外しながら、反射的に答えた。
しかし身体の中心が少し火照っている。
そして腕を振り解いて、セブルスから少し後ずさって間を作る。
「ああ、確かに使う頻度の少ない言葉だ。だから、こういう時こそ使わなくては」
セブルスは喉で笑う。
は少しうろたえた口調だ。
「そんなこと言われても、私にはどうしようも……」
は焦ってまた口を開ける。
さっきから眺めている彼の目が、明らかに真剣なのだ。
「貴方には応えられないから、本当に、だから申し訳ないけど……」
「どうして?」
「それは、だって――」
は喉を詰まらせた。
うまく言葉が出て来ない。
むしろ、咄嗟にこれを論理的に理由を話せと言われたほうが困る。
「私は本当に無理だから……」
「だから、どうして?」
「それは――感情的なものでっ……」
は喉を詰まらせる。
セブルスはそれを見て、また小さな意地の悪い微笑を顔に作る。
「もっと論理的に我輩が納得できるよう、答えてくれ」
「そんなっ……」
人の気持ちとは概して論理的ではない。
それを論理的に答えろ、というのには無理はないか。
「真っ当な理由がないのにそう言われても、説得力が全くない」
は咎めるような視線でセブルスを見上げる。
彼は目前まで歩み寄って来ていた。
の胸の中に疑問が込み上げていた。
どうして、彼は私のことをそんなに好くのだろうか?
「どうして貴方は私のことが好きなの?
私なんか、全身傷だらけだし、可愛げがないし、男勝りだってさんざん周りに言われるし……!」
は息せき切って言う。
「全然、良い所なんかないわよ? もっと他に可愛くて良い人は一杯いるから、目を覚まして――」
「そうしているお前が可愛いと思うが」
セブルスはまた不気味に笑いながら言う。
は、え?、と呆気にとられて言葉を失うが。
「……違うの、そうじゃない。それに私なんか、全然――」
はまた腕が強く引かれるのに気付いた。
しかし気付いてからでは、遅い。
の身体はセブルスに抱きすくめられ、口を口で塞がれる。
前の記憶がまた戻ってくる。
は足掻いて逃げようとするが、後頭部ががっちりと押さえられていて逃げられない。
は必死でぐっと目の前の胸を押す。
「これ以上自分を罵るのは止めたらどうだ?」
セブルスは口を放すとそう言った。
は急いでセブルスを突き放し、間を大きく取る。
「どうして貴方はキスばっかり……!」
は顔を赤くしている。
これ以上寄ってくるな、とでも言いたげに、は目を怒らせてセブルスを見る。
「したいものは仕方がないだろう?」
「どうしてそう抜け抜けと……!」
セブルスがへ近付く。
するとは、それに合わせて後ろへ下がる。
いたちごっこだ。
はふとこれまでのことを総合して、気付いた。
考えると、これで今までの彼の行動に納得がいく。
古くは――大分古いが、十二年前から始まって。
あの時彼が私の事をどう考えていたのかは知らないが、やはり私のことを嫌いではなかったのだろう。
そして、話は現代に戻る。
やたらに私を気遣ってくれた彼――ハロウィーンの時だって、吸魂鬼の時だって。
そしてまた、まだ夏休みの時に闇の印が熱くなった時にも。
そう考えると、はセブルスが大分前から自分のことを好いていたのだと思い知り、顔が火照った。
「さっきの答えが欲しいのだが」
「だからそれは無理っ……!」
「だから、それは理由になっていない。」
いつの間にか呼称が愛称になっている。
はそれに唸りながらも、それを突っ込む所までは手が届かない。
セブルスは目の前で睨んでくるを見て、息を吐いた。
「昨日はあんなのしおらしかったというのに」
「昨日は、昨日よ!」
「一回寝たら元通りとは……」
大袈裟に溜息を吐くセブルスに、はますます気を尖らせる。
「赤く腫れた目で睨まれても、こっちも困るのだがね」
「……そりゃ、昨日は……大分、泣いたから……」
はセブルスの姿を目に留めるのを避けるように、そっぽを向いた。
「ほう、認めるか」
「事実は事実だもの」
「となると、益々昨日のお前とは似ても似つかんな、」
その声が妙に近くに聞こえては顔を上げる。
すると、セブルスは思っているよりずっと身の近くにいた。
はずざざっと後ずさる。
「我輩が言ったことに、応えて欲しいのだが?」
「だ、だから、応えることはできないの」
益々寄って来るセブルスに、はまた後ろに下がる。
すると背中に硬い感触があって後ろを振り返ると、其処はもう壁だった。
まずい。
かなりまずい。
「根拠を持って答えて欲しいのだが」
「――ごめんなさい! 私は、そういうことには今、応えることはできない……」
は壁ギリギリにいた。
セブルスはまた、そのの目前に立っている。
そしてセブルスは、の冗談の含んでいない、真剣な目を見た。
はこの距離感にまた前のことを思い出して、内心怯えていた。
ただ目だけは、セブルスを捉えている。
セブルスはじっと何かを考えるように立っていたが、急にの腕を掴む。
その力は前より大分強く、はそのまま引っ張られた。
はそれに声を出す前に、己の身体が揺らいだのを感じる。
ボスリ
ベッドの上に押し倒される。
のマントが広がり、はその上に寝転がっている形になる。
それにすぐに起き上がろうとすると、腕と足が動かない。
そっちを見遣ると、どうやら魔法がかけられているようだった。
「強姦魔!」
セブルスはその言葉に笑いを堪えた。
確かにこの状況を明確に表している。
は自分の腕を見上げる。
どうやら手首の辺りにに魔法の元があるらしい。
そしてその魔法は足の方へ繋がっているようだ。
はセブルスを睨み上げる。
どうして彼は……。
「肉欲だけなら御免だわ」
「肉欲だけなら、こんな面倒な女より、買ったほうが早い」
なるほど。
……って。
「買うの?」
「買ったら悪いか?」
「……別に」
は呟いて、身体にかかっている魔法を解こうと方法を模索し始めた。
この部屋にいた間に、これに気付かなかったのが悪かった。
どうやら彼は、元々こういう気だったらしい。
そうじゃないとこんなに入り組んだ魔法はかけられない。
は神経をキュッと張りつめ、じっとそれを睨み始める。
「流石のお前でも、これを杖なしで解呪するのは難しいだろう?」
「やる気あり過ぎじゃないの?」
またセブルスはその言葉に笑いを堪える。
は複雑に絡まった呪文に、眉を寄せた。
時間がゆっくりあったら必ず解けるだろうが、今は……。
腰の方で音がする。
杖のついたベルトが外されている音だ。
「杖、ちゃんと扱ってよ」
「ああ」
セブルスはのベルトを解いて、側にあった机に置いた。
はその間も呪文を解こうとしていたが、何とかほぐれさす位で、まったく埒があかない。
セブルスはが試行錯誤している間に、何かの薬の瓶を取ってきた。
は目を上げてその瓶の存在を確認する。
中には液体が入っている。
それ、一体何をしようとしてい――
「!」
セブルスはそれを口に含んで、に無理やり飲まそうとした。
は飲んで堪るものか、と唇を閉めて歯を噛み締めて、それを拒否する。
しかし重力というものには反抗することが出来ず、徐々にそれはの口内から喉へ流れていく。
は喉でそれを飲み込むことを拒否する。
どうしても感じるその味で、その成分を頭の隅で考えながら。
唇が離されると、は抵抗して気管に入った薬で咽た。
セブルスが呆れたように言う。
「下手に抗うからだ」
「……これの成分は……」
は大きな咳が収まってから、まだ時々咳き込みながらも眉を寄せて考える。
するとあっさりセブルスは答えを発した。
「避妊薬だ。若干の媚薬入りの」
「ひに――!?」
口に出されるとそれは事実色を増す。
の中で焦りが、止め処なく広がった。
――ちょっと待て!
「待って、ちょっと、本気なの!?」
「だから本気だと何度も言っているだろう」
「いや、でも……そんなっ……」
セブルスはうろたえているのマントの止め具を外した。
その手の動きにまたは危機感を覚える。
「こんな女相手にしてどうする気!? 全身傷だらけだし、脱がしたって何にもならないのに!」
「かえってその方がそそられるものがないかね?」
「変態!」
は叫んだ。
またもセブルスはそのようなの動作を、楽しそうに見ている。
「可愛げもないし、仕事も物騒だし、身体も貧相だし……」
「大丈夫だ。そんなに身体つきが良いとは思っていない」
「いや、そういう意味じゃなくって……!」
そしてするりと頬をなぞるセブルスに、は背筋を凍らせた。
「訴えるわよ」
「訴えてみろ」
何気もなしに答えたセブルスに、は苛立つ。
何か良い文句はないかと思考を巡らせると、良い言葉が思いついた。
「――師匠に告げ口するわよ」
ピタリとセブルスの動きが止まった。
やった。
数秒間空気が止まる。
セブルスは深く眉間に皺を寄せていた。
するとセブルスは目を細めて、不穏な目つきでを見つめた。
「それすら言えなくなるようにしてやる」
「……随分、自信があるのね?」
は唇の端を上げて、強気にじっとセブルスを見上げた……内心は少し冷や汗をかいていたが。
セブルスはその問いには答えなかった。
手は進む。
セブルスの手は、の胸元を肌蹴にかかっている。
鎖骨にセブルスの手が掠って、は鳥肌を立てた。
「私のことが好きならこんなことしないで、もっと遠回りに、良い方法があるでしょ!」
「遠回りな方法は取ったが、待ちくたびれたのでな」
あ……。
じっとりとした目つきがに向かって、は今までの自分の行動を思い出し、その言葉の真意に目を逸らしたくなる。
そして実際に、少しセブルスから目線を逸らす。
「でもこんなことをしたら嫌われるって分かってて、どうして……?」
「受け入れられないと分かったから、どうせなら一度位我がものにしたいと思ってな。
そしてそれで嫌われた方が、すっきりする」
「なんていう理論……。なんて欲望に忠実なの?」
「人間といったって結局は動物だ。触れたいものには触れたいだろう」
どうやら私は、触られたいらしい。
そう思っては黙った。
「抱けば惚れるなんて、思っていないでしょうね?」
「ああ。しかしあながち、嫌われるだけだとは思っていない」
「どういう意味よ」
は思い切り眉を寄せた。
その言葉はさっき己が言った言葉を、軽く肯定しているように聞こえる。
とセブルスは、お互いにお互いの目をじっと見ている。
「元々、性行為に付随する観念は愛情を示すというものだ。もっともそれは人間だけだが」
「それで、私が貴方を好きになるって?」
「どれほど我輩がお前を想っているのか、示す。しかしそれを捉えるのはお前次第だ」
「……で、でも、そうするには相手の了承を得てからじゃないと……」
「死ぬほど嫌なら、今頃お前は何とかしてとうに此処から逃げているだろう?」
確かにそうかもしれない。
でも今だって、胸は此処から逃げたい気持ちで一杯だった。
がそれらの言葉を戸惑いながらも、頭の中で何とか噛み砕こうとしていると、セブルスは気付いたように低く言った。
「……いや、我輩はただお前を愛したいだけなのかもしれん」
はそれを聞くと、かっと真っ赤になって横を向いた。
何だ、それは。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。
は恥ずかしさか何かははっきりと分からないが、そのせいで火照った自分をどうしようも出来なかった。
それを言ったセブルスの目はとても真摯なものだった。
冗談であっていて欲しい、と思うが、この状況で冗談を言うような男は恐らくいまい。
恐る恐る顔を元の位置に戻すと、ゆっくりと唇へのキスが降って来る。
まだピンク色の頬をしたままはそれを受け入れる格好になり、また三度目のキスは前のものと似ていた。
唇が離れる頃には、の頬は元の色に戻っていた。
そして案外冷静な目で辺りを眺める。
しかし、やはり決してセブルスと顔を合わせようとしない。
首にキスマークを残され、は思わず喉を震わせた。
空気がもうさっきと違った雰囲気で、目の前を流れているのだ。
「私は……こんなことをしに、此処に来たんじゃない……」
「その予測と反することになった我が身を呪え」
セブルスは胸元の空いたのローブの中に、手を入れる。
ローブの下にはまた黒いアンダーを着ている。
それをずらすと、控え目なデザインの下着が現れた。
白い肌がそれに包まれている。
マントを下げると、裸の肩が外気に晒された。
はそれに身体を疎ませる。
セブルスはそこに唇を沿わせた。
「……本気なの?」
セブルスがそっちを見ると、はじっと、いつものようにセブルスへ目を見据えていた。
話し方もいつもの彼女の話し方だった。
「腐るほどそうだと言った、と思っていたが?」
はそれを聞いて、微かに眉を寄せて口を閉じた。
そして目が何かに憂うように細くなる。
だから、それは困るのだ。
2008/3/17
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