肩が寒くて、はうとうとと眠りから覚めてシーツを引き寄せようとする。
しかしその時に手が肩に触れて、その肩が衣服を身に着けていないことに気付く。
あれ?
そう思って、自分の身体に手を当ててみると、其処には何の衣類の形跡もなかった。
勿論、毎日何も着ずに寝ていると言うわけではない。
更に妙にこの身体がだるい。
は目を開けると、目の前には男の裸の上半身があった。
25/Dream
「!?」
は声にならない声を上げて、くるりとベッドの中で反転した。
背をそれに向ける。
しかしその背が無防備な状態で晒されているのに、は気が気でならない。
「起きたか」
背中からその男の声が聞こえる。
はその声に身体を硬直させ、胸が速く鼓動を打ち始めるのに気付いた。
昨日のことを思い出すと、否応なく焦って、どうしようもならないような気持ちになる。
何にそれをぶつけたら良いのか分からないから、益々心臓が高鳴るのだ。
セブルスはじっと動かず、何も言わないの背中に話しかける。
「身体はどうだ? 何ともないか?」
はまたじっと動かないが、急に顔を縦に振り出す。
二、三度頭を振ってから動きは止まった。
そしてまたその場は沈黙する。
セブルスはの肩がシーツから出ているのを見て、その肩をシーツの中に入れた。
微かにの皮膚に掠ると、は身体を疎ませた。
しかし、どうも逃げようとはしない。
起きると途端に逃げるだろう、と思っていたのに、がじっとベッドの中にいる。
しかしここで「昨日言った通りに我輩のことを好きにでもなったか」と冗談交じりにでも聞けば、途端に逃げ出すのは目に見えるので、セブルスは何も言わなかった。
折角、彼女が此処にいるのだ。
「昨日の感想はどうだ?」
はその問いに、また動こうとしない。
氷のようにじっと固まっている。
黒い髪の隙間から見える白い項が、微かに赤く染まった。
「参考に聞きたいのだが……」
「――無理やりして、何が感想よ……」
が微かに呟いた。
セブルスはやっとが言葉を発したことに安堵する。
「良いか悪いか、で言えば?」
「……真ん中……」
ぼそりとまたが呟く。
その答えに、セブルスはやはりが己に嫌悪ばかりを持っているわけじゃない、と思う。
そしてそれに感謝した。
セブルスはに近寄った。
しかしはまだ身を固まらせてばかりで、それに抵抗も、反応もしない。
セブルスはの髪を梳くように撫でる。
すると首筋にある古傷の一つが、セブルスの目前に明らかになる。
それを指でなぞると、は驚いて身を縮ませる。
「……この傷はどうしたのだ?」
「……貴方が、つけたの」
セブルスは閉口する。
昔のこととはいえ、まさかこんな所まで傷をつけていたとは。
セブルスは他にも、の身体についている傷を知っていた。
「もしかして――」
セブルスはの背中から腕を伸ばし、の前髪を上げる。
「此処も?」
「そう」
額にも傷があった。
あのことがあってから彼女が前髪を下ろし始めた、と知っていたので、もしやと思っていたら。
セブルスは歯を噛む。
「まさか、この鎖骨の傷は違うだろう?」
「……これも、貴方がつけたわ」
半分冗談のつもりだったのに。
セブルスはの背後から、の鎖骨に手を沿わせる。
を抱え込む形になる。
はその間もドギマギとして、されるがままになっていた。
どう対処したら良いのか分からない。
聞かれたことを、返すことしか出来ない。
すると触れる程度のキスが首筋にされたことに気付いて、は思わず肩を上げた。
セブルスの目前には、白い肩甲骨がある。
首筋には銀の古びたネックレスの鎖があった。
セブルスは腕をの腰に回す。
引き締まった腰回りが細い。
はまたその手に身体を強張らす。
しかしその手が怪しげな動きをしていないのに、少し安堵した。
その手が下にも上にも上がらないのを、ひたすらに心臓をビクビクさせながら願う。
「しかし、可能性はあると思っていたのだが、処女ではなかったのだな」
「……まあね」
「ムーディか?」
はセブルスがそう言った途端に、今までの控えめさからは考えられない位、思い切りセブルスの方へ振り返った。
その目は鋭い。
「そんなわけないでしょ! どうしてそうなるの!? 私の師匠を侮辱するのはやめてよ!」
「あー――すまない、すまない。忘れてくれ」
の形相は今までの中で、最も必死だった。
だからセブルスは間単に折れて、白旗を上げる。
は必死になって、声を荒げ、そんなわけはないということばかりを繰り返し言っていた。
セブルスは正直に言えば彼らの関係は結構謎に思っていたのだが、今それを追求することは出来なさそうだ。
はセブルスの言葉に言葉を切るが、息を荒げている。
そして息も落ち着いてきた時、はセブルスと向かい合っていることに気付いて、急いでぎゅっとシーツを引き寄せて身体を隠した。
二人の身体の間のシーツの弛みがいけない。
は動揺してシーツを身体に巻きつける。
「今更」
「今更って、何よ!? じゃあ何も気にせずいたら良いとでも言うの?」
「いや、滑稽だと思ってな」
「……それでも、これで良いの」
実はないことは分かってはいるが、薄い身体でも他人――特にああいうことがあった人――に晒すのは堪らなく嫌だ。
が身体を隠している左腕の薄い闇の印に、セブルスは気付く。
はこんな所まで身包みを剥がされていたのか、と思ったが、其処にまた軽く口付けされて身を引く。
「……こんな、妙な過去ばっかり持ってるのに……」
「ああ。すまない……」
セブルスはシーツの上側にある女の胸元に手を寄せて、鎖骨の傷の真上に唇を寄せる。
は古傷に触れられ、ぞくりとしたものが背中を這い上がり、抵抗の手も弱くなる。
は眉間に皺を寄せて、止めて欲しいとセブルスの身体を押しながらも、顔はセブルスの方を向けていない。
「こんなっ、昔のやつは、良いの。貴方が謝らなくても良いから、もうやめて」
頑固にキスマークをつけ続けるセブルスに、はまた困った顔になる。
心の奥がだるくて重い。
どうしようもできないゆっくりとした震えがある。
胸元のネックレスが流れている。
セブルスが離れると、もセブルスを押して身から遠ざけ、咎める視線を送る。
セブルスはその視線を難なく受け止め、飄々とした表情をしていた。
その表情にいらつき、ははたと気付く。
どうして私はずっと此処に留まっているのか。
は身体を隠しながらも身体を起こそうとすると、ふらりと軽い眩暈が身体を襲った。
の上体をセブルスは支える。
「何か……薬でも……」
「飲ませた薬に、多少のそういう作用の薬剤を隠しておいた」
「どっちみち、逃す気はなかったのね」
「まあお前も必死で逃げようとはしなかったしな」
はセブルスへ視線を下ろす。
裸の背中から腰のラインが露になっているのに気付いて喉を詰まらせ、はまた促されるままにベッドへ倒れる。
ついでに言ったら、起きようとした時にだるい下半身にも気付いていた。
「前に我輩が聞いていたことを覚えているか? 此処から出る前に、答えを教えて欲しい」
「聞いてたことって……」
は身体を強張らせる。
じりじりとセブルスから逃れようと、器用にベッドの上で後退するが、その腕がセブルスに捕まえられる。
「もう一度言おうか? 我輩は――」
「あーっ、それは良いからっ!」
あんなこっ恥ずかしい台詞はもう二度と聞きたくはない。
するともう一本の腕まで捕らえられてしまって、二本の腕の元にセブルスはにじり寄る。
「ならば答えてくれ」
「……す、好きか、嫌いか、ってことでしょ」
「分かっているじゃないか」
近付かないで。
は顔をそっぽ向けて、何とかその目を見ないようにする。
すると肩が捕らえられて、彼の手の平を肩に感じる。
心臓の鼓動が早い。
答えられない。
一言、嫌いだ、って言えばこれで終わるのに、私が彼に抱いている感情はそれではない。
あんなに好意を寄せられていると知って、その相手に嫌いだ、だなんて言えないし、私はそう思ってもいない。
だからって当然ながら異性として好きだ、となんて思ってない。
そう捉えてからの時間が短過ぎる。
それに、そういうのは、私はもう――
そして思いはまたこの状況に戻ってくる。
この今の有様に一言言葉が出てくる。
「馬鹿よ、貴方」
「自覚はしている」
は恐る恐る顔をセブルスに向ける。
しかしは、質問に対する答えを言うことが出来ない。
セブルスはそれに気付く。
「仕方がない」
がその言葉に希望を抱くのもそこそこに、セブルスはの肩を押した。
え?、と思っている間に、の身体に巻かれているシーツにセブルスの手が伸びる。
「抱かれて嫌いにはなっていないようだから、もう一度――」
胸元のシーツが剥がされようとする。
シーツは乱れて、所々から肌が現れる。
の鍛えられて引き締まり、脂肪の落ちている身体は、細く見える。
「行為に及ぶか」
その言葉に、完全に身包みが剥がされる前に、は神経が切れた。
「この――っ、馬鹿男が!!」
怒鳴り声が響いた。
そして胸元を隠しながらは憤怒の形相でセブルスの手を退ける。
身を起こしながら、綺麗に足で男の急所を蹴り上げた。
セブルスはそれで崩れる。
「盛ってるのは勝手だけど、相手にされる方は溜まったもんじゃないわ!
もう、信じられない……っ! 結局好き勝手にされるだけなの? 私は」
はシーツが乱れるのも気にせずに身を起こし切る。
そしてベッドから降りると、あっという間にローブとマントといういつもの服装に戻る。
魔法というものは、改めて便利なものだ。
歩いて、部屋の扉へ手をかけた。
そして気丈にセブルスを振り返った。
「……答えが知りたいって言ってたわね?」
は相手を卑下するような目の色をしていた。
セブルスはベッドの上で蹲っている。
の口元は笑んでいて、不気味だ。
「――嫌いよっ!」
扉が物凄い音を立てて閉まった。
どうしてあんな男に、どうしてあんな男に、どうしてあんな男に、どうしてあんな男に……。
は自室に入って、扉を閉める。
カツカツと一直線にソファーへ向かって、其処へ座り込む。
ぶすっとした顔で、何処を見ているのか分からない視線で、はじっとしている。
すると昨日の記憶が蘇って、また体温が上がって、顔が火照り出す。
だるい身体が実感になって、相乗効果になっている。
「……とにかく、シャワー、シャワー……」
はふらりと立ち上がると、ずっと放っておかれたクリスマスプレゼントの山が目に写った。
そうか、もう二十六日だったか。
は何となく其処に近付くと、簡単に「彼」からのプレゼントを発見した自分を呪う。
何も山の一番上になくても良いじゃないか。
は黒っぽい包装紙で包まれた小さな箱を裏返し、金色のテープを剥がす。
表面には赤いリボンの装飾がついていたが、それも包装紙と一緒に剥がしてしまう。
また黒い箱が現れた。
がそれを開けると……。
「あの男……」
シルバーの鎖だ。
一つ一つのパーツが細かく、手に持つと流れるようにサラサラと音を立てる。
音を立てている間も、光を反射してそれは光っている。
は自らの首元に手を当て、古びた鎖を握った。
2008/3/18
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