26/すれ違いの行き止まり














助けが欲しかった。
ただそれだけだ。

服を脱いでふと鏡を覗いたらあちこちにキスマークがあって息が止まりそうになったが、何とかそれは持ち堪えた。
目の前の扉を開けば良いのだ。


「リーマス?」




顔を覗かせたに、リーマスは微笑んで答えた。
が応えて部屋に微笑みを見せながら入る。


「具合はどう?」

「大丈夫だよ。もう元気だ。折角のクリスマスだったんだけど、満月が重なるなんて残念だったよ」

「そうね」


リーマスの顔色は良いとは言えず、苦労の浮いた顔は自分と似たような年齢には見えない。
はふうと息を吐く。
リーマスと話すと、少し肩の荷が下りたような感じがする。

今までの状況が特別だったのだ。
やっといつもの状況に戻ってきた。


「ところで、ね、リーマス……」

「なんだい?」

「貴方に、相談に乗って欲しいことがあって……貴方なら客観的な意見をくれると思って」

「良いよ。僕が答えられる範囲なら、考えてみよう」

「有り難う」


ははにかんだ。
リーマスは目でを促す。


「えっと……あの、それが……」


ああ、言い難い。
はリーマスから視線を逃してしまう。
リアルなさっきの記憶が目の前を過ぎるのだ。


「あの……その――スネイプと、さっきね」

「うん」

「あー……なるように、なっちゃって」

「なるように?」


大人なら気付いて欲しい。
リーマスは純真な子供のような目で、を見ていた。

本気か?
気付いて、面白がっているんじゃないか?


「だ、か、ら、なっ……なるように……」


の頬が赤らみ始める。
リーマスは内心は楽しげにそれを眺めていた。
そして耐え切れずに、声を出してクスリと笑う。


「ねえ。キスマークついてる」

「えっ!? 何処に!?」


は慌てふためいて自分の身体を見始めた。
またその動作が面白くて、リーマスは笑う。


「首」

「……首なんて、見えないわよっ……!」

「此処だよ」


リーマスはの皮膚に触れるか触れないかの所に指を差す。
は其処を指で触る。


「……あの男、知らない内にこんな所にっ……」

「因みに胸元にもチラチラ見えるキスマークがあるよ」

「そんな……!」


は自分の胸元を見て目を開き、ぐっとマントをたくし上げた。
そうしてから、は肩を落として縋るような目でリーマスを見る。


「僕が狼になって苦しんでる時に、そんないいことしてるなんて、羨ましいよ」

「ご、誤解しないで! 私は了承してなかったわ」

「でも終わっちゃったことは、了承していようといまいと同じだよね」


は目線を下げる。
確かにその通りだ。

しょげ返ったようなが可愛くて、リーマスはそれをまじまじと見つめた。
いつもはあんなに凛としているのに。
しかしそれについて相談するのが男である自分だ、という辺り、やはり彼女が異性扱いをする男の枠は狭いと言える。


「それで、どうだったの? ちょっと興味あるかも」

「良いと悪いの真ん中辺り」

「へえ」


あのセブルスがなあ、とリーマスは妙に感心する。
だからといってどうこの時点で考えたら良いのか、リーマスにはいまいちよく分かってはいないが。

リーマスが鼻を効かす、もっともが部屋に入ってきた時からこれは感じていたのだが、から甘い女の匂いがするのだ。
今までそれはとても薄かったというのに。


「処女じゃなかったんだ」

「お生憎様」

「でも、絶対久々だよね」

「……まあ……縁がなかったし。
 元々そういう欲求は薄いし、というか、私元々生殖本能がない気がする……ってこんな話じゃなかったはずだわ」


は一人で突っ込んで、一人で納得する。
リーマスはそんなことまで自分に言うに、やはり男扱いされてないと改めて思う。
セブルスだって昨日まではそうだっただろうが。

じゃあ気遣いなく質問をさせてもらおう。


「で、久し振りでどうだった?」

「……怖かった」

「素直だね」

「まあ。でも、それ以上に思い出したのが、私が女だってこと」

「え?」

「だから、私が女だったってことよ」

「……忘れてたの?」

「ちょっと」


リーマスはじっと頭の中で言葉を整理する。


「それは究極の気付き方だね」

「そうよね」


の表情は、その言葉を吐くのに相応しくない。
はいつの間にか、妙に冷静になっていた。


「それで? 何を困ってるんだい?」

「あの人の気持ちにイエスかノーで応えて欲しい、と言われて」

「女だってこと思い出したのなら、どうにか答えは出ないの?」

「出ないの」


は瞳を曇らせる。
は膝元できゅっと手を握った。
そうして小さくなって椅子に座っているは、いつもの姿からは想像し難いものだ。


「えっと……良いと悪いの真ん中辺りだっけ?」

「そう」

「じゃあどっちかと言うと好きなんじゃないのかい? 無理やりされたのに、その行為に嫌悪感を抱かないってことは」

「そう、なの……? でも……」


はそう言うと、また身体を小さくする。
リーマスから外された視線は膝元に向かって、瞬きをしながら、か弱い。

リーマスはらしくないの行動を見る。
の表情は苦く曇っていた。
恋愛問題でただ単に動揺しているだけには、見えない。


「どうかしたのかい?」

「……やっぱり、怖いの」

「何が?」

「好きだっていう、恋愛感情に、応えるのが」


の爪が白くなっていた。
手の平をずっと握っていたのだ。
そのの痛々しい手にに触れるか触れないか迷って、結局触れずにリーマスは優しく語りかける。

昔に恋愛関係で色々あったのだろうか。
そう思うと、決まりきった言葉が出てくる。


「何があったの?」

「……昔のことだけど」


は彼の胸に染みる優しい言葉が嬉しかった。
こんなこと、口にするなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
は目をじっと下に向けながらも、口はとつとつとと言葉を繋げる。


「今まで私と付き合った人は、皆死んじゃって。
 一人は闇祓いだったんだけど、身体関係を持った次の日に死喰い人に殺されたの。
 その繰り返しを経験して、私の恋人は死んでしまう、ってジンクスが私の中に確立してて。
 もう恋愛なんか良いし、触れたくないって思ってた」


は意を決めたように目をリーマスに上げる。
その黒い目は深くて、ある意味では浅い。


「なのに――これよ?
 いきなりそんなこと言われて、困ったの。私はもうそういうことは良いのに。
 向こうがしつこく言い寄って繰る度に、少し、恐怖心を覚えて……」


は急に笑った。
いや、笑いたかったのかもしれない。


「……馬鹿みたい、っていうのは分かってるわ。
 でも、いざその時になったら、どうしてもそれを病気みたいに思い返して、ただ首を横に振るしか出来なくって……」

「じゃあ断っておけば良いじゃないの」

「え?」

「怖いんだろう? じゃあ嫌いだ、って言えば良い」

「で、でも」

「うん?」


でも、という言葉にリーマスはをじっと観察する。
彼女は可愛らしい。
あたふたと返答を返してくる。


「別に、嫌いじゃないの。彼に嘘は吐きたくない。ただ怖いだけなの」

「それは難しいなあ」


とか良いながら、リーマスはが軽くセブルスに惚れたなあ、と考えていたりする。
「嘘は吐きたくない」というその言葉は、セブルスに対しての信用があるからだ。

それに、無理やりレイプ同然にされたのだろうに、セブルスはどうも無事なようだ。
彼女が本気になったらセブルスは無事な姿ではいられまい。

それに本気で嫌ならば、ならセブルスを蹴り倒して事の前に逃げているはずだ。

抱いて惚れさせるとか、そんなにうまいのか、セブルス……。
妙な嫉妬心をリーマスは抱いていた。

目の前には見た目の良い女が座っているのだ。


「彼からは答えなくちゃきっと逃げられないでしょ? それがスリザリンの気質だわ」

「益々困ったよね」


は微かに頬を赤らめた。
首もとのキスマークが生々しく、鮮やかだ。


「リーマス、私、どうしたら良いと思う……?」


縋りつく目に答えなければいけない。


。前にも言った通り、普通はそういうことがあったらその相手を嫌うものだから、きっと好きな方だと思うよ」

「でも、さっきだって嫌は嫌だったんだけど……」


は記憶を探っているようだった。
男に襲われるような経験があるのだろうか、は真剣な顔つきで何かを必死に思い出そうとしている。
そのまま無音の時間が過ぎる。
リーマスはじっとまたを見ている。


「……じゃあ」


は顔を上げる。
するとリーマスはすくっと立ち上がって、に向かって来ていた。


「僕と比べる、というのはどうだい?」

「……何?」

、美人だしね」


は肩を掴まれて、少し眉を寄せる。
リーマスの顔はいつもと変わらず、ニコニコと笑んで、その後ろに何を考えているのか分かり難い。
リーマスは腰を屈めて、の顎に手をかけた。

はリーマスの手の冷たさに少し驚く。
そして次の瞬間、はしらけたような顔つきになる。

顎にかけられた手と、肩にある手を簡単に退かして、息を吐く。


「冗談は止めて」

「冗談じゃないって――って……」


に掴まれた腕が動かない。
力で負けた。
リーマスは苦笑する。


「弱った狼さんにどうにかされる私じゃないわよ」

「いやあ、きっと陰険な蛇さんは用意周到だったんだろうなあ」


リーマスは元の椅子に戻って腰掛けた。
彼女の細い腕の何処にそんな力があるのだろうか。


「それで、リーマス――」

の思うままに言えば良いんじゃない?」


はさっきのリーマスの行動を全く気にかけず、同じ質問をしようとした所、すぐに返事は返ってきた。
またリーマスもさっきの行動について、全く気にかけていない。


「怖いのなら、怖いって。嘘を言いたくなくて返事が出来ないのなら、そうだって。
 それとも、セブルスは君がそう言った所で相手にしない男かな?」


の無言をリーマスは肯定と捉える。


「僕がの気持ちを教えられるわけはないよ。最後の決断は君しか出来ないんだから。
 ……セブルスの愛は、の抱いているその思いに耐えられるものじゃないって?」


は首を横に振りかけるが、気付いてそれを止めた。
そして一人で顔を赤くしている。


「納得してもらえたかな?」

「――ええ。有り難う」


は立ち上がった。
すぐにセブルスの所へと行くのだろうか。
せっかちだなあ、とリーマスは思うが、その方が有難い。

いつもの黒いマントが靡いて、リーマスはふと安堵感を覚える。
そしてそれに繋がる人物の顔を見てみると。


「顔真っ赤だけど、そのまま出るの?」

「良い。どうせ誰もいないわ」


は扉の前で自らの頬に手を当てて、その熱さを確認する。
リーマスはそんなをじっと見ている。

早く出て行って欲しい。
もしセブルスにこんなところを見られでもしたら殺されてしまうし、の無防備な格好もあまり良くない。


「有り難う、リーマス。じゃあまた今度ね」


は最後に少し微笑んでお礼を言ってから、部屋を出て行く。
マントの切れ端がドアの向こうへ行く。


扉が閉まると、リーマスは小さく鼻歌を歌い出した。
そして椅子に大きく腰掛ける。
人の恋路を見守るのは楽しかったが、これで終わるなんて、もう少し長く続けて欲しかったなあ、と。

実ってしまった他人の恋なんて。



























2008/3/19






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