31/ルシウス・マルフォイ
がブラックに奇襲されてから一週間後に、バックビークの裁判があった。
は出来る限りの協力はこれまでにしてきていたつもりだった。
はその一週間の間、未だ包帯の取れない身でホグワーツにホグズミード、魔法省を駆けずり回っていた。
ブラックのグリフィンドール寮侵入騒動で、への魔法省の向ける目は冷たいものとなり、ほとんど暇はなくなってしまった。
次から次へと監視や警護といった仕事を向けられる。
そんな中では時が過ぎるのを待つしかなかった。
そして時が過ぎて得られた結論は、裁判の敗訴だった。
魔法省の廊下を歩いていると、目の前に見慣れた姿を発見した。
前までは、絶対に会いたくない男だった。
しかし今、彼には是非とも会いたいと思っていたところなのだ。
「ルシウス」
プラチナ・ブランドの髪の男が振り返った。
彼はあいも変わらず面持ちは無駄に自信たっぷりで、銀の細かい刺繍の入った仕立ての良いローブを着ている。
ドラコの父親だ。
「、久し振りだな。ホグワーツに行っているのでは?」
「ええ。でもこの頃はよく省にも来てるわ」
「……これが、ブラックと相対して負った傷か」
ルシウスはに了解を得ずに、の手を取った。
手、特に指には包帯がぐるぐると巻き付いている。
また、ローブの襟元からも包帯は覗いていた。
唇を手の甲に軽く押し付けられる。
包帯の上からだけれど。
は目を動かして周りを見てみると、それを羨望の眼差しで見ている女達がいた。
毎度思うが、ルシウスもルシウスだし、そうする女も女だ。
「珍しいな。お前がここまで深手を負うとは」
「ちょっと不都合が立て続いて起こって」
「そうだろうな」
ルシウスから離された手を、は組んだ。
「ところで、貴方に聞きたいことがあるのよ」
「そんなところだろうとは予想していた。で、何だ?」
ルシウスは冷笑する。
久し振りに会ったが、全く変わっていない。
「まず、ヒッポグリフの裁判について聞きたいの。貴方が取り仕切っているやつね」
「ヒッポグリフを無罪にして欲しいとでも?」
「ええ」
屈託なく言った。
ルシウスは少し眉を寄せての目を覗き込んだが、の目は動かない。
ルシウスは小さく嘲笑する。
「どうした、? ホグワーツの空気に毒されたか?」
「そうかもしれないわ」
「こうなったからには確実にあの獣は死刑にされる、と知っているだろう?」
「まだ控訴がある」
あの子達――ハリー、ロン、ハーマイオニーの言葉だ。
ルシウスは嘲笑を通り越し、に不信感を持ち始めた。
確かに彼女はあることにはおかしいほど情熱を持ち、思うことを屈託なく実行した。
しかしこういうことを相手に――こんな、彼女の職種とは何ら関わりのないことに、関与しようとするとは。
「正気か?」
「全くの正気よ」
「……そうか。ホグワーツで情を刷り込められたか」
「少なくとも、これでも「先生」をやってるから。理事でもないのに貴方が大きな顔をしているのは、どうかと思うのよね」
「大きな顔をしているような覚えはないが」
「貴方に覚えがなくっても、実際そうなってる、というケースはとても多いわ」
は強気に微笑んだ。
ルシウスにとって、それは見慣れたの表情だ。
は続いて口を開ける。
「子供達が頑張ってるの。ヒッポグリフを殺させたくないって。
子供が頑張っているのに、大人が何もしないのはとても心が痛くて。
それにあの子達を見ていると、こっちにも突き動かされるものがあるのよ」
「不可能な現実に対してでも?」
「ええ。不可能というものはこの世界に存在しないわ」
ルシウスは鼻で笑った。
もそれにつられて自分が言ったくさい言葉に笑いそうになったが、堪えた。
実際に自分の言葉も全くの嘘ではない、と思っているからだ。
ルシウスはの言動に対して、それ以上は何も文句は言わなかった。
「好きにしたらどうだ。良心を売るのは自由だからな」
「それはどうも。でも実際、ドラコの怪我見せてもらったんだけど、大したことなかったのよ?」
「お前の「大したことがない」はあてにはならない」
確かにそうだ。
は笑う。
結局、この男はこの裁判に対しては手を抜く気はないらしい、ということだけは分かった。
暇で、他にやることでもないのだろうか。
危険生物処理委員会、魔法生物規制管理部か……。
魔法生物規制管理部には知り合いがいないというわけではないが、危険生物処理委員会とくると事情は変わってくる。
そこは胡散臭い魔法使い達の溜まり場だ。
闇の臭いがプンプンする。
彼らとは、昔に関わり合いがあった。
「ドラコ、あの子は貴方にあんまり似ていないわね」
「どっちかというと母方の血が強い、と私も思う」
「ええ、それで、可愛いわ。ずっと見ていたんだけど」
「監視されているとは、我が子も思っていなかっただろう」
二人は顔を見合わせ、不気味に微笑む。
監視――マルフォイで何か悪巧みでもしていたら分かるかな、という理由からのものだ。
しかし、それで分かったのは、ドラコは母方のブラックの血の方が濃いということだ。
マルフォイのような狡猾さや陰湿さは、それほどでもない。
「ねえ、もうちょっと可愛がってあげたら?」
「もう少し成績が向上したら考える。甘やかしているばかりでは、教育にならない」
「そんなことばかり言わないで。あの子、ひたすら貴方に認めてもらいたくて頑張ってるのに」
「ならばお前が可愛がったらどうだ」
「貴方が親じゃない」
「……ドラコのことが気に入ったか?」
「何よその目。何度も言うけど、私は貴方と特別な関係を持とうとか、考えたことはないんだけど」
はしらっとした目をルシウスに向ける。
愛人になる気はないと、何度言ったら分かるのか。
ルシウスはわざとらしく息を吐いて、またに向き直った。
「で、そっちはどうなの?」
はルシウスの左腕を指差した。
ルシウスは表情を変えず。
「上々だ」
「怖気づいているんじゃない?」
「まさか。その理由が思い当たらないな」
はふうんと思う。
ヴォルデモートの蘇りが現実化してきている。
それは左腕の闇の印の濃さで、分かるのだ。
ヴォルデモートが復活すれば、うまく舌を巻いてアズカバンから逃れた彼らがとがめられるだろうと思っているけど。
彼は別格か。
それとも腹をくくっているだけか。
目の前の自信で光っている目を見ながら、はまた口を開く。
「もうちょっと聞いて良い?」
「何だ」
「貴方の昔の仲間に、シリウス・ブラックはいた?」
ルシウスは少しの間考える。
此処は仮にも魔法省の廊下だ。
そんな所なのに、ルシウスはその話題をはぐらかそうとはしない。
「そういうことを掌握し切っているのは、ただ一人の魔法使いだけだ。知っているだろう?」
「ええ。でも、貴方を見込んで聞いているの」
「ふむ……」
ルシウスは昔の記憶を探る。
はその様子を眺める。
彼は、自分に対して嘘は吐かないと思う。
根拠ははっきりとはしないが、確かにそう思っているのだ。
「――シリウス・ブラックが死喰い人であるということは、全く聞いたことはない。
あのマグルの虐殺事件が起こる以前にはな」
「そう……。でも彼の弟は――」
「レギュラス・ブラックは確かに死喰い人だった」
「可哀想なレギュラス・ブラック。死喰い人に加担してすぐに殺された魔法使いね。
確かに、私も彼の兄については、死喰い人になったと聞いたことはなかったわ。それどころか――」
は眉を顰める。
「家出して、ポッター家に逃げ込んだ放蕩息子でしょう? 長男の身でありながら」
「そしてグリフィンドールだった」
「あの熱心なスリザリンの家系で、かなりきついわよね」
「その通りだ。まあ、今は名前を家から消されているが……、何に探りを入れようとしている?」
はふっと微笑んでルシウスを見遣る。
「貴方に話すことじゃないわ」
「それもそうだ」
ルシウスも微笑む。
闇祓いのことに関与すべきではない。
ブラックは、「ブラック」の規格から外れた魔法使いだった。
そしてまた、あのルシウスでさえ彼が死喰い人だったという話は聞いたことはない。
そして彼の一部を除いた過去と現在の行いは、また「死喰い人」という規格からも外れている。
確かに過去の事実から、人の行く道や人がどう変わるかなんていうことは、予想することは出来ない。
しかしこの過去の事実は全く価値がない、とは決して言うことは出来ないのだ。
「納得してもらえたか?」
「ええ、有り難う」
は下げていた目線を上げる。
冷たい灰色の目と目が合った。
すると、突然。
「男が出来たか」
「は?」
「誰だ?」
はキョトンとルシウスを見上げていた。
しかし彼は、全くの真剣だった。
目がついさっきと全然違う。
彼の目は、余す所なくじっとを見据えていた。
「……何? 何が? どうして?」
「私の女を見る目に狂いがあるとでも?」
「……」
あるとは思いません。
はい。
確かに真実はそうだったので、は無言でルシウスの言葉を見送った。
ルシウスはの整えられた髪と、丁寧な化粧を見ていた。
の歳でこういうのなんだが、以前より色気づいている。
は少し焦りに似た感情を抱いていた。
ルシウスは腕を組みながら、整った眉を一瞬だけ僅かに寄せてから尋ねる。
「恋人は誰だ?」
「そんなの、いないわよ」
「いや、そんなはずはない」
「あー……そうね、ちょっと位、若い子達の視線を気にしたかもしれないわ」
「お前がそんなことを気にするわけがないだろう」
なまじ、性格を知られているから性質が悪い。
「なら私が子供相手に、恋愛の真似事でもしてるって?」
「いいや、教師だろう?」
これも、当たりだ。
命中率が凄い。
ルシウスは、単にこの真面目なが生徒ともつれ込むようなことはない、と信じていただけだった。
「そんなわけないじゃない……これでも、仕事をしに行っているのよ……!?」
「お前のその動揺の加減がますます怪しい」
「そんなわけないじゃない!」
「正直に告白しろ」
はルシウスの目に、頬にスウと冷や汗が伝うのを止められなかった。
我ながら、珍しく演技が下手で動揺を隠せていないと思う。
まずい……。
ルシウスはホグワーツの教師陣の姿を思い出す。
若いのや歳をとったの……いや、あの学校は主に年寄りの教授で成り立っている。
若い教授は少ない。
「……セブルスか。お前ほどの年齢で考えれば、それしか当てはままらない。間違いないか?」
「どうしてそうなるの!? 私があんなスリザリン気質の人と付き合うわけないじゃない!」
この男にばれるわけにはいかない。
口が裂けても、事実は教えられない。
後が、恐ろしい。
はルシウスの目をじっと見つめた。
懇願する目だ。
このような目をがすることは珍しい。
「当たっているか。……セブルスも罪な男だ」
「ちょっと、勝手に進めないで!」
「お前の目で分かる。らしくないな、」
「開心術使ってるわけでもないのに断言しないでよ!」
ルシウスは満足げな笑みを浮かべての肩に手を乗せる。
「らしくなく可愛いじゃないか。どうしたのだ?」
「可愛いって……」
確かに、自分がいつもと対応が違うことは自覚している。
いつもならもっとすっぱりと切り捨てているだろう。
は喉を詰まらせて――普段こんなことはあまりない――ルシウスを睨み上げた。
ルシウスはその視線を受け止めて確信を持ち、ポツリと呟いた。
「……あの男も変わったな……」
がどういう意味かと尋ねる前に、ルシウスは立ち去った。
はその後姿を眉を寄せながら見つめている。
*
あっという間にイースターが過ぎ、クィディッチ決勝杯が終わり、学年末試験の行われる季節が近づいてくる。
六月が目の前までやってきて、蒸し暑い日々が続いていた。
しかし相変わらずは黒いマントを着込んで、ホグワーツを闊歩している。
のホグワーツ滞在期間もだんだんと終わりに近づいていた。
試験期間の前になると、は事ある度に吸魂鬼のもとへと行っていた。
吸魂鬼は落ち着いてはいるものの、その本能が収まり切っているはずはない。
幸福感は定期的に分け与えているものの、日増しに彼らが今にも校舎の中へ飛び込みそうな気配が高まっているように感じられる。
しかし、には他に何も出来ることはなかった。
吸魂鬼が我慢の限界を迎えないことを、恐々と見守ることしか出来ない。
この学期が終わるまで彼らが何もしないことを、ひたすらに願った。
ブラックについても、実際の事の進展は何もないまま、試験が間近に近づく。
試験数日前のある日、いつも通りに廊下をセブルスの隣で歩いていたら、見覚えのある人を見かけた。
「マーチバングス教授!」
「じゃないですか!」
少し耳の遠い小柄な老教授のために、は声を張った。
マーチバングス女史はニコニコしての方へ歩いていく。
マーチバングス女史、魔法試験局の局長だ。
は老人受けが良いとセブルスは知っていたので、二人の親密さに特に不思議を感じることはない。
は小走りでマーチバングス女史に近づき、頭を下げた。
「お久し振りです。OWL試験の方、よろしくお願いします」
「いえいえ。それにしても、変わってないですね」
マーチバングス女史の周りにいる老年の魔法使い達の中にもは知り合いがいたらしく、そっちにも頭を下げる。
セブルスはの交友の広さに、今度は少し驚いた。
マーチバングス女史は、の背を叩いた。
「ちゃんとやってますか? あのアラスターの弟子が教職だなんて……スネイプ先生に迷惑をかけてません?」
「はい。及ばない所も多々ありますが、助けていただいています」
マーチバングス女史はセブルスに視線を向ける。
二人は面識はあるようで、お互いに頭を下げた。
するとマーチバングス女史が手招きをする。
はそれに従って近づくと、の耳にマーチバングス女史の手が当てられる。
小さな声だ。
「で、二人の関係は順調?」
「……どうしてそれを……」
「アルバスからです。あ、誤解しないで。アルバスも、誰にでもベラベラと喋っているわけじゃないからね」
は脳裏に白髭の校長を描いた。
まさか……。
「まさか、アルバスもアラスターには言ってません。もしかして、から言っているわけは――」
「あの頑固な師匠には何も言ってません」
「ないね。いや、賢明な判断だ」
マーチバングス女史は頷いた。
もそれに、頷き返す。
「此処から離れたら……直接、話してみようと思っています」
「しかし、相手ならあの男も少し柔らかくなると思うよ。何しろに関しては師匠馬鹿だからね、あの男」
「はい。そうであって欲しいと思っています」
勇気付けられる言葉には苦笑した。
そうであって欲しいと願うが……逆に、私のことになると、あの師匠は妙に凝り固まってしまうかもしれない可能性がある。
すると、マーチバングス女史はの耳から離れた。
そしてその表情が変わる。
「それと、もう一つ言いたいことがあります。、この頃妙な動きをしているそうだね?」
「……そうですか?」
「資料室に閉じ篭って、昔の死喰い人のリストを漁り、捜査記録を漁り……。
はブラックが無実だと思っているから一人で再捜査をしているらしい、と噂で聞きました」
「間違いはないです、その情報に」
は自分の奇行を周りに知られている、ということは分かっていた。
そしてブラックについて疑念があるということを、隠そうとはしていない。
魔法省大臣にまで、前に思い切った言葉を言っていた位だ。
「思っていることを突っ走ることは、誰にでも出来ることじゃない。
しかし、体面を少しは気にしないと叩かれてしまいますよ。
今は大臣があなたを気に入っているから、どうにかなっている状況です」
「私も……確かに、大臣に甘えている節はあると自覚しています」
「そうです。もう少し、あなたの行動を客観的に見なさい。それと、もう少し……慎重にした方が良い」
はじっとマーチバングス女史の目を見つめた。
女史も、の目をまるで見透かすかのように見る。
「そうすると、見えていないものが見えてきます。真実とは、案外思いもがけないところに存在することが多い」
「はい」
あっさりと答えるに、マーチバングス女史は拍子抜けする。
彼女は性急で、一つのものを見つめ過ぎる。
若さ故のものなのか。
「……小義を見つめ過ぎて、大義を行う時に実行する場所がない、ということはとても勿体無い」
「教授。私にとってこれは大義の一つなんです」
は微笑んでいた。
少し苦いものが混じった笑み。
マーチバングス女史はそれをじっと見た後、眉を下げて微笑んだ。
それじゃあ仕方がない。
「分かりました。……あなたの更なる飛躍を願っています」
「有り難う御座います」
は頭を下げた。
すると、老年の魔法使い達はを離れて廊下を歩いて行く。
セブルスがの元に歩み寄った。
「お前、呆れられていたぞ」
「しょうがないじゃない。それに元々あの教授には、あんな感じなの。師弟ぐるみでの付き合いでね」
「彼女の諌めを聞くつもりか?」
「……省に戻るのなら、覚えておかないと。そろそろ現実世界に戻らなきゃ」
此処はまるで現実から離れた夢の世界だった。
は歩き始める。
セブルスもそれに続く。
「――このまま、終わってしまうのかしら」
シリウス・ブラック。
彼に散々やられて、何もやり返すことが出来ずに、この一年間が終わってしまうのだろうか?
何も過去の疑問を晴らすことが出来ずに、このまま終わってしまうのだろうか?
セブルスはの肩を叩いた。
「焦るな。慎重にすれば、真実は見えてくるのだろう?」
はその言葉に微笑んだ。
次の公の仕事は、試験期間中にホグワーツに来訪する魔法省大臣の出迎えだ。
2008/7/14
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