32/Comes














ハリーは正面玄関の階段を見上げた。
其処に見慣れた人の姿があったからだ。
彼は今、闇の魔術に対する防衛術の試験を終え、後は占い学の試験を待つのみだった。

階段には魔法大臣との姿があり、は大臣に対して恭しく腰を折っている。
ハリーとロンとハーマイオニーはその会話を聞こうと、正面玄関に近づく。


「今日のご予定は、ブラック事件についての視察とヒッポグリフの処刑の立会いと伺っています」

……何か、言いたいことでもあるのかな……?」


の目が怖い。
相変わらず大臣は、そういうことに関しては鋭い感性を持っていた。


「控訴裁判はどうされました? ヒッポグリフに処刑判決がなされた、とは聞いておりません」


大臣が言葉を途切れ途切れに発する前に、正面玄関が開いた。

二人の魔法使いが現れる。
はその姿を目で認めて、忌々しげに目を細める。

一人の年寄りの魔法使いがハグリッドの小屋の方を見ながら言う。


「やーれ、やれ、わしゃ、年じゃで、こんなことはもう……ファッジ、二時じゃったかな?」


大臣はその言葉に肯定の返事を送る。
は、年寄りの魔法使いに対しては否定的な感情は持っていないようで、ねぎらいの言葉をかけていた。

はその隣にいる、黒い口髭の魔法使いに目を遣る。
その魔法使いは、ベルトに挟んだ斧の刃を親指で撫でていた。


「気が早いですよ、Mr.マクネア」

「それはそれは……ご忠告を有難くいただきましょう、Ms.


二人の目の間に明らかな敵意がある。
は今までにない嫌悪の目を見せていたし、マクネアもマクネアで、言葉の中に明確な憎悪が含まれていた。


「処刑判決はまだ出ていません。ご自慢の斧の出番も、ないかもしれませんね」

「ご心配は無用です」


そう言って、マクネアは意地の悪い笑みを見せた。
もそれにならって微笑む。


「心配などしていませんとも。私は、控訴裁判でヒッポグリフが無罪になるのを願っています」

「そうでしたか。それは……お気の毒に」

「貴方の言っている意味が分からないのですが」

「それで結構。そもそも、闇祓いが関与するべき事柄ではないですからな」


は益々唇に笑みを浮かべる。
目は笑っているようでも、冷たい視線を男へ送っている。

しかしマクネアも、それは分かっていて煽っているのだ。


「ええ、そうですね。私の仕事は――」


はそれとなしに、腰に下がっている杖を示唆する。
の目は、まるでマクネアを睨むかのように強かった。

古い呪縛が彼らの間には存在していた。


「闇の魔法使いを捕まえることです。その臭いを嗅ぎ付ければ、いつでも」


ピカピカの斧と、の使い込まれた杖が対比している。
の言った言葉の言外の意味は明らかだった。

とマクネアは、お互い憎悪の視線で睨み合っている。


「ああ……二人とも! 話はそれで済んだかな? じゃあ、校長室へ……」

「はい、ご案内致します」


大臣の言葉に、が何もなかったかのように振り向いて、大臣を促す。
正面玄関の扉を開いて一行は城の中へ入って行く――


「魔法省の企みが、先生のお陰で分かったよ」


ロンが呟いた。
しかし、だからと言って彼らに出来ることは何もなかった。





良い天気だ。
青い空、緑の芝生がピカピカと光っている。

なのに……。

は自分が案内していた一行に対し、良い感情は持っていない。
は校長室へ彼らを案内し、一人で私室へ戻っていた。

ヒッポグリフの裁判に関して、何も、出来ることはないからだ。

今の自分に出来ることは、リーマスへの脱狼薬を作ること。

マクネアの嫌味な目に腹が立つ。
実際に杖を交えたら、貴方相手に本気を出すまでもないのに。

は窓からハグリッドの小屋を見下ろす。

ルシウスの奴!
私は彼を止めることは出来ない――バックビークの死刑は、実行されるだろう。










*











はセブルスと一緒に脱狼薬のゴブレットを持ち、リーマスの部屋へと向かっていた。
空は紫色を帯びて、太陽はもう何処にも見当たらなかった。

日没が過ぎていた。

バックビークの処刑が行われたはずだ。

はセブルスには何も言わず、窓から視線を外に向ける。
しかしは自分の感覚が鈍いのに気が付いた。

いつもは煩い位に何事も感じ取れる感覚が、まるで麻痺しているかのようなのだ。
かつて、こんなことは感じたことはなかった。
人為的なものだろうか。

しかし、今、このホグワーツで私に毒を盛るような輩は思い付かない――

さっき食べた夕食に何かが入っていたのかもしれない。
もしくは……。
弛み切っている己の危機管理能力を叱咤し、それについて胸騒ぎを覚えながらも、とにかくは気配を探った。

気合を入れると、物事が鮮やかに浮かび上がってくる。

――

何だ、これ?

があまりにもじっと窓の外を見ているので、セブルスは声をかける。


「どうした?」

「……ごめん、セブ。ちょっと気になることがあるから行って来るわ。脱狼薬、お願い」


セブルスがきょとんとしている内に、は一目散に廊下を駆けて行った。
セブルスはそれを見送り、彼女の奇行は今に始まったことではないと一人リーマスの私室へと向かう。















おかしいのだ。

鈍い頭に鞭を打ちつつ、は城を出て、校庭に立つ。

まずは吸魂鬼の所へと向かう。
彼らは騒ぎ立っていた。
定位置に落ち着かせるために、は一度杖からパトローナスを出す必要があった。

そして改めてホグワーツの領地内へ視線を向ける。

バックビークが殺された形跡はなかった。
そしてそれに増して気になる点があるのだ。


ガサガサッ!


ハリーとハーマイオニーは草を掻き分ける音に、驚いて音の立った方向を見た。
バックビークも首を曲げてそっちを見る。


「貴方達……」

先生!?」


杖を片手に持ち、森を割って姿を現したのは、黒いマントを着ているその人だった。
は驚いて目を少し開けて、彼らの状況を見る。

ハリーとハーマイオニーとバッグビークが、禁じられた森の端で隠れるようにしているのだ。

は、バッグビークに歩み寄ってその嘴を撫でた。
バッグビークは瞳を細めての愛撫を受け入れる。


「……驚いたわよ。貴方達の気配が、二つあるんだもの」


そう言いながら、実はあまり驚いた様子を見せていない


「タイムターナーを使ったのね。……未来から来たの?」


まるで全てが分かっているようなに、ハリーとハーマイオニーは少し胸を撫で下ろした。
そしての言葉に頷く。


「ごめん、驚かせたわね。私、貴方達の姿を見ちゃって、ごめんなさい」


は微笑んでそう言った。
ハリーとハーマイオニーの今までの緊張の原因はそれだった。
誰にも姿を見られてはならないのに、に姿を見られてしまったのだ。

しかし、がそう茶化すように言うものだから、二人の緊張はそれで解かれた。
のこの様子では、自分達に会ったからといって、未来や現在に影響が及ぶことはなさそうだ。


「さて、どうしてタイムターナーを使ったの?」

「校長先生がそうおっしゃったんです」

「あの人が……」


は眉を寄せた。
あの人がこう言うからには、何かがある。
何かを、この子達にさせようとしているのだ。

何かが今既に始まっている。
確かにはその片鱗に触れていたし、おぼろげながらにはそれを感じることも出来た。


「――分かった。何か、気配がおかしいのよね。何か校庭の向こうの方とか……」


は気になっている方向へ目を向ける。
しかし、それは、とても計りづらかった。
場所も特定出来ない。

盛られた薬のせいか……。

そうなるとやはり薬も、人為的で、必然的なものだったのだ。
誰かが私を妨害しようとしている。

目の前の処刑されるはずだったバックビークを見て、未来から来た二人の子供達を見ながら、そう思う。

しかし彼らから何らかの情報を無理に得ることは、出来ない。
それは規則に反することとなる。


「私に、言える範囲で、言っておいてもらえることはある?」


ハリーとハーマイオニーは目を合わせた。
そして考え込むように黙って……。


「――鼠――」

「鼠?」

「鼠を追って下さい」


ハリーの言葉に、は無言で頷いた。
意味は分からないが、きっと分かる時が来る。

はバッグビークから手を離す。
するとバックビークは名残惜しそうに小さく鳴いた。

真ん丸な満月が雲の間から姿を見せた。

人狼の象徴だ。

はそれを見上げ、ふと此処に来るまでしていたことを思い出す。
――一旦、戻ろう。

はハリーとハーマイオニーに向き直る。


「私にはまだ計り知れないけど、頑張って。私も出来ることはするわ」


いや、寧ろ、この機会を待っていたとも言える。
校長がここまでハリー達を指示して気を揉むこと――ブラックに関している、と考えるのが自然だ。

今までの積み重なった色々なものが、今、目の前で果たされようとしている。
――夜は長くなりそうだ。


はリーマスの私室へ戻っている途中で、気になるものを発見して足を止める。
屈んで、地面から白と赤の動物の毛が混じっているものを拾い上げる。

見覚えが、ある。

は黙ってそれをマントの中へ丁寧に収めた。










*











はリーマスの私室の扉を開ける。
其処は無防備にも鍵はかかっておらず、中には誰もいなかった。

ただ其処にあったのは、古ぼけた羊皮紙と、冷めた脱狼薬。
中身は残っている、というか、作ったそのままの状態だ。

は脱狼薬に手を伸ばし、それを空中に消す。
必要な時はすぐに取り出すことが出来る。

セブルスも此処に来たらしい。
しかし、もう既に此処に彼はいない……。


は古ぼけた羊皮紙を手に取った。
白紙で何も書かれてはいない。
しかし、こういうものには覚えがある。

は、じっと羊皮紙の独特な気配を嗅ぐ。

作者が、少しならず過去の記憶をこの中に残しているものだ。
この中に誰かがいる――こういう物品は扱ったことがあるから、はそうだと判断出来た。
この羊皮紙の主たる用途は分からないけれど。

下手なことをしても、これは正体を表そうとしないだろう。

は羊皮紙に杖を当てた。


「……燃やしちゃおっかなあ」


一言物騒に呟いた。
すると。


待て!


羊皮紙に文字が現れる。
はにやりと微笑んだ。


この人、凄いなあ。
燃やすとか、こういう交渉法は初めてだ。

パッドフット、早とちり過ぎるよ。


は羊皮紙に出てくる文字をじっと眺めていた。
ホグワーツの学生だろうか?
しかし学生にしてこのようなものを作るとは、かなり優秀だ。


だって、この女、燃やすとか……!

そうだよ。
燃やされたら終わりじゃない!

ワームテールも、もう少し慎重になった方が良いよ。

ムーニー! お前、落ち着き過ぎだぞ!


は相変わらずじっと羊皮紙を見つめている。
パッドフット、ムーニー、ワームテール?

Padfoot、肉球ねぇ……。
それにMoony、月のような、気が狂った……その二人には心当たりがあるような気がする。

ホグワーツの過去の優秀な生徒とその関連した二つの言葉。
彼らはこの頃私を煩わせてきた。

ブラックとリーマスか?

そうすると後の二人は予想は出来る。
彼らと連れ立っていたのは、ジェームズ・ポッターとピーター・ペティグリューだ。

Worm、虫けら同様の人間、なんて言葉を使うとは……ワームテール、きっとこれはペティグリューだな。
彼はポッターとブラックの腰巾着的役割だったらしいから。

今目の前に現れた一つのニックネームで、確信する。
ジェームズ・ポッターがProngsか。


……って、だから今何だというんだろう?
は自問自答する。
今、目の前で、私がずっと知りたかった彼らの学生時代の光景が、文字で繰り広げられている。

だからといって、今それから分かるものは……あまりないような気がするけれど。

今まで私が立てていた仮説は、裏付けされたような気がする。
この彼らの様子からもブラックが死喰い人になるだなんて、マダム・ロスメルタが言っていたように、確かに直感的に信じられないような気がする。
むしろ彼は、それを止める立場にいると思う。

そして、いつも思うのだ。
じゃあ、ポッター夫妻を殺したのは誰なのか?

ポッター夫妻を殺すということは、秘密の守人の秘密を漏らすということだ。

の頭が脳みそがくるりと回る。
目の前の文字を見つめながら。

そう言えば、ブラックが秘密の守人だったと、証言したのは誰だっただろう?

アルバス・ダンブルドアだ。

では彼の言葉の信憑性は?

セオリー通りの論理の展開をして、は、はたと論理の違う展開の仕方に気付いた。
師匠の言葉が頭に反芻する――ダンブルドアも人間だ。全くの聖人君子ではなく、私達と同じ人間だ。
そう言った時の師匠の表情には、一瞬少し苦いものが入っていたように思ったが、それはいつも通りの飄々としたものだった。
師匠は当然のことを言うようにそう言った。

若かった私は、それに少し目を見開いたけれど、あまり面識のなかったダンブルドアという人について、とりあえず師匠の意見に頷いていたことを思い出す。


過去をフラッシュバックし、は初めてこの結論に至る。

――秘密の守人がブラックだった、と確実に断定出来る証拠は存在していないじゃないか?

冷静に物事を判断し、行動する、私はそういう仕事に就いている。
ダンブルドアの言葉を丸々鵜呑みにするのも、道理にそぐわない。
全ての可能性を模索すべきだ。

そうだ、ブラックがポッター夫妻の秘密の守人だと、完全に裏付けされているわけではないのだ。
そうすると……。


は目を瞑った。

考えが、纏まりそうなのだ。


ブラックが死喰い人でないとする。
そうすると、過去の不自然な出来事は思い当たらないだろうか?

ポッター夫妻は、誰が秘密の守人の秘密を漏らしたとしても、確かに死んでいる。
実際その場へ行ったことがあるから、断言出来る。

そうするとペティグリューの死について、問題が出て来る。

彼は誰によって殺されたんだ?
また、誰が、マグル達の虐殺を行ったんだ?

マグル達の記憶は魔法で操作された可能性があるので、あてにはならない。

指を一本残し、姿を消したペティグリュー。
その指が不自然に感じられるのは、気のせいだろうか。
彼が死んだのを目撃したのは、記憶を操作されているのかもしれないマグル達だけだ。


――ペティグリューは、本当に死んでいるのか?


は眉をせる。
今、私はとんでもないことを考え付いた。
消去法により、この可能性が明確に浮き出てきたのだ。

ペティグリューが死喰い人だったら?

ペティグリューがポッター夫妻を裏切ったのならば、どうだろう?

この可能性は今まで探ったことはなかった。
しかし今、そう考えてみると、納得のいく節がある。

彼は、臆病で、いつもブラック達の後ろを付いて回っていたらしい。
失礼かもしれないが、確かにブラックよりかは裏切りをするということに関し、意外感はない。

ペティグリューが死喰い人なら、ひとりでに姿を消したのにも納得がいく。
彼は、かつての同胞の死喰い人達の報復が恐ろしいのだ。
だって、彼はヴォルデモートの失脚へ手を貸したのだから。

私は、この一年、甘ったるく何も話そうとしないブラックを見てきた。
彼はつむじを曲げて、何も言わないのだ、自分に利益なことさえ、何も。

本当にペティグリューがブラックを追い詰めたのだろうか?
ペティグリューがブラックを追い詰めた、ということが虚偽であるなら、真実は……。

は、十二年前に自分が発していたらしい言葉を思い出していた。
――「ブラックじゃない」、「記憶操作の魔法」――


「ねえ、貴方達の正体を見せて」


その言葉に応え、目の前の羊皮紙はホグワーツの詳細な地図へと変わった。
目で探す。

セブルス・スネイプの文字が今、地図の端で掻き消えた。
その通路は校庭の暴れ柳の下へ続いている。

此処か。

はパタンと地図を畳んだ。
この先にはきっと、多くの人が集まっているのだろう。

私が、貴方達の間の事件の真相を解明してみせる。

そしてなされるべき処置を行うのだ。



























2008/8/3






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