33/鎖を放つ者 前














ホグズミードの叫びの屋敷。
まさか、暴れ柳の下の通路から通じているとは思っていなかった。
いや、むしろ、暴れ柳の下に通路があったことがまず驚きだ。

沢山の気配を感じることが出来る。
アニメーガス、ハリー、ロン、ハーマイオニー、人狼、セブルス……。

は通路を駆けながら、感覚を研ぎ澄ませた。

聴覚が働く。


「蛙の子は蛙だな、ポッター! 我輩は今お前の首を助けてやったのだ。
 ひれ伏して感謝するが良い! こいつに殺されれば、自業自得だっただろうに!」


あの男は何をやっているんだ。

セブ、ちょっと待ってよ。
確かに貴方もこれに関しては関係者だけれど……。


「お前の父親と同じような死に方をしたろうに。
 ブラックのことで親も子も自分が判断を誤ったとは認めない傲慢さよ――さあ、退くんだ。
 さもないと、退かせてやる。退くんだ、ポッター!」


目の前に扉が現れた。
はそれをほとんど蹴破るかのようにして、開いた。

そして、はハリーとセブルスの間に割って入った。

セブルスは、らしくなく杖を振りかざし、冷静さを欠いて、ハリー相手に杖を振ろうとしていた。


「教授?」

「……


二人の間で視線が交わされる。
は背中でハリーを庇っている。

セブルスは、の登場により少し冷静さが戻る。
杖を下ろした。

はそれを見て、首を少し傾げて言う。


「らしくないわよ?」


場違いにその言葉は冷静だった。
この場にいた全ての者の視線が、に集中している。
ブラックだって、そうだった。

二つの黒いマントが靡いている。

ハリーはの背中から様子を覗き見る。
はセブルスだけをじっと見つめ、セブルスもひたすらを見ていた。

セブルスは正常心を取り戻しかけているようだった。

は目でぐるりと周りの状況を確かめた。

立ち尽くしているブラック、縄で縛られているリーマス、ベッドに座っているロン、行き場をなくして立っているハーマイオニー。
そしてチョコンと何も言わずに座っている、オレンジ色の毛をした……猫、かニーズルらしき生き物。
暗いカーテンのかけられた部屋の中で、奇妙な劇が演じられていた。


……丁度良い所に来た。早くこいつらを捕まえてくれ」

「じゃあ、どうしてハリーに杖を突きつけていたの?」


セブルスにとって、思いがけないの返事だ。


「こやつがブラックを庇い、我輩の邪魔をしたからだ」

「ハリー、どうしてブラックを庇ったの?」


は背後にいるハリーへ振り返る。
ハリーは戸惑いを覚えて、すぐには何も言うことは出来ない。

目の前でセブルスは明らかに怒りを募らせている。


、今まで散々このことを願っていたのだろう? 闇祓いの権限で早くブラックを捕まえろ!」

「セブルス、それはちょっと違うのよね」

「何?」


は笑みを見せる。
この場所では場違いの笑みに、セブルスはドキリとする。

しかし、彼は今興奮していた。


「そうか、お前がしないのなら、我輩が――」

「駄目よ」


は空中から羊皮紙を取り出した。
三つ折にされていたそれを、は広げる。

その最後にはダンブルドア校長の署名があった


「校長から、この件に関して権利を委託されているの。申し訳ないけれど、杖を仕舞ってもらえる?」


これが役に立つ時が来た。
ハロウィーンの時に交わされた契約が、今人目に晒される。

セブルスはまさかと思うものの、その書面が正式なものであると確かめ、杖を渋々下ろす。
しかしは、セブルスの本心はそうではないということは分かっている。

相手が、私だからだろうか。
そうじゃなかったら、彼は既に杖を振り切っているだろう。
堪えてよ、セブルス。


「ハリー、どうしてブラックを庇うの?」

「……、もうお前の悠長な節には堪えられん」


はまた首をセブルスの方へ向ける。


「セブルス、私は貴方がブラックのことが嫌いなのは分かってるわ。
 私だってみすみすブラックを逃がしはしない。この状況について知らないと、私は何も動けないことを理解して」

「どうした? お前はあれほどブラックを恨んでいたではないか」

「ある意味ではね」

「そのはぐらかすかのような言葉をやめろ! !」


セブルスは杖を持っていた。
期待していたよりも簡単に、堪えられなくなったらしい。

切れちゃったか。
は眉を寄せる。


「セブルス、落ち着いてよ! ちょっとの間で良いから!」

「我輩は、多くの魔法使いが今まで望んでいたことをしようとしているだけだ!」

「そうね。でも私は……もう同じ過ちを二回も犯したくないのよ!」


はもうセブルスが落ち着くはずもないことに、薄々気付いていた。
こうなったらもうどうしようもないだろう。

セブルスは杖を構え、と相対していた。
いつかのあの日を思い出させるような状況だ。


「セブ、やる気?」


も目を光らせて、セブルスに向かった。
セブルスの目には狂気の色しかない。

おもしろいじゃないか。

セブルスが杖をかざし、がそれに応えて腰から杖を抜こうとした瞬間。


「「「Expelliarmus!」」」


え。

セブルスは凄い衝撃であえなく吹っ飛ばされて、壁に激突する。
完全に気絶したようだった。


「先生を攻撃してしまった……先生を攻撃して……」


ハーマイオニーが泣きそうに言う。
はまたセブルスの方に目をやると、どうやら頭から出血しているようだった。

自業自得だといえばそうなるけれど。
三人がかりの不意打ちの武装解除の呪文は、既に攻撃呪文だ。
しかしは戸惑う。


「あ、有り難う……でも、ここまでしてくれなくっても、私はあの人を倒す自信はあったんだけどなー……」

「でも杖を持ってなかったから……あ」


ハーマイオニーは今が杖を持っているのに気付いた。
彼らが思っているよりも、は俊敏に動くことが出来る。


「まあ、じゃあ、これは私がやったことにしましょう。うん」


は一人腕を組んで頷く。
それにハリーとロンとハーマイオニーも、おずおずと応えた。

ブラックがリーマスの縄を解こうとした所、縄は独りでに動き出してリーマスを戒めから解く。
リーマスには、これはがやってくれたことだと分かった。
しかし、ブラックはリーマスの視線の向いている方向を見て、唇を噛む。

はベッドに座っていたロンの元へ行き、足へ治療を加えた。
ロンが足に怪我をしている、ということはロンのベッドに座っているという状況から分かっていた。

それを終えると、はまた視線を部屋全体へと向ける。

ブラックは、の視線に気付いて、ビクリと身体を跳ねさせた。





は立ち上がり、カツカツとブーツを鳴らして歩き始める。
黒いシルエットが、その場で浮かび上がる。

の表情は引き締まっている。
長いマントが綺麗に靡いていた。

はブラックの前で止まり、今まで下ろしていた腕を、上げた。

その手には杖が握られている。


「私は、貴方と話がしたかったのよ。ブラック」


杖はブラックの首に向けられた。
ブラックは射止められたように硬直して、杖先をじっと見た。


「……だから、それは人と話をする時の態度か?」

「貴方、自分が真っ当な人間だと思ってるの?」


ブラックは押し黙った。


「やあ、

「リーマス」


は表情を和らげる。
しかしブラックは杖を突きつけられたまま、動くことは出来ない。

二つある目のどちらかが、今もなおブラックの方を見続けているようで。


「縄を解いてくれて有り難う。……僕の部屋で地図を見たんだね」

「ええ」


リーマスは困ったように言う。


「シリウスを捕まえる気かい? それと、僕がずっとシリウスの手引きをしていたと?」

「私は事情を全て分かっていないもの。まだ何とも言うことは出来ないわ」


リーマスは苦笑して、黙った。
は視線を戻し、ブラックに向き直る。


「ブラック。私は貴方を捕まえるためにホグワーツに来たの。私は今すぐにでも貴方を捕らえる義務があるわ」


ブラックがをじっと睨む。
二人の関係は、脱獄囚とそれを捕らえるものだ。


「でも私は、さっき言った通り、何も分かってない。貴方もそう思うわよね?」


私は部外者だ。
ブラック、リーマス、ペティグリュー、ジェームズ・ポッター。
私は、その時代のホグワーツ、その場に居合わせてはいなかった。

の言葉にブラックは片方の眉を上げた。
怪訝そうな表情だ。


「だから義務は先送りにすることにするわ。ブラック――今度こそ、話を聞かせて」


の目は真摯なものだった。
ブラックは今までこのような目をに向けられた記憶がなかったので、それに驚く。

今まで何回も敵対していた。
その相手に、このような目を向けられるだなんて……。


「特に、あの鼠について」


はベッドの上の鼠が気にかかっていた。
そして、これがの確証でもある。

この鼠は、目の前にいるブラックと似た気配を発していた。

アニメーガスだ。


、あの鼠はピーター・ペティグリューだ」

「ピーター・ペティグリュー。シリウス・ブラックを追い詰めた英雄じゃないの」


は杖をブラックから離す。
そして視線を、その鼠へと向けた。

ブラックはほっとした面持ちになる。

リーマスが嘘を吐くようには思えない。
そうすると、さっきまで立てていた仮説が、見事に成り立つのだ。


「勲一等マーリン勲章を授与された英雄に此処で会えるとは、光栄だわ」


の目の先にいる鼠が、怯えたようにキーキーと鳴いている。
そしては、ブラックへ目を向けた。


「彼は貴方に殺された、と思っていたんだけど」

「……信じてくれるのか?」


ブラックはとても意外そうな、訝しげな目つきだった。


「あの鼠がアニメーガスということ位、すぐに分かるわ」


ロンが、信じられない、という目つきでペットのスキャバーズを見た。

ブラックはじっとを見つめた。
彼女は何を考えているのだろう?
何をしようとしているのだろう?


「ブラック、どうして貴方はホグワーツに来たの?」


彼はハリーを狙っている、と言われていた。
しかし実際は、ブラックは結果的にハリーに危害を加えたことは一度だってない。


「そうだ、シリウス。あいつがホグワーツにいることが、どうして分かったんだい?」


ブラックはよれよれの紙の切れ端をローブから取り出した。
そしてそれを、全員に見せる。

日刊預言者新聞だ。
ウィーズリー家がエジプトへ旅行に行った時の写真が掲載されている、記事だ。
其処には、ロンの肩に乗った鼠がいる。

大臣がかつてブラックへ渡したものらしい。


「何たることだ。こいつの前足だ……」

「それがどうしたって言うんだい?」


ロンがリーマスに食って掛かる。


「指が一本ない」


ブラックが言った。
指一本は、ペティグリューのただ一欠けらの遺体だった。


「まさに。なんと単純明快なことだ……何と小賢しい……あいつは自分で切ったのか?」

「変身する直前にな。あいつを追い詰めた時、あいつは道行く人全員に聞こえるように叫んだ。
 私がジェームズやリリーを裏切ったんだと。
 それから、俺が奴に呪いをかけるより先に、奴は隠し持った杖で道路を吹き飛ばし、自分の周り五、六メートル以内にいた人間を皆殺しにした。
 そして、素早く鼠が沢山いる下水道に逃げ込んだ……」

「ペティグリューが秘密の守人だったのね?」


鋭い切り返しに、ブラックは驚いた。
そしての方を見てみると、はじっと瞳を見据えている。

今来たばかりなのに、事態を分かっているようなの態度を相手に、ブラックは頷く。


「最後の最後になって、俺はピーターに守人を変わった」

「……そう」


はそう言ってブラックから視線を外す。
この馬鹿。

はブラックの言っていることを、信じた。
だって信じない理由が思い当たらないし、はこの結論ですっと胸が落ち着いたように感じたのだ。

無実の者が十二年間も鼠に身をやつして隠れて暮らす理由が、考えられない。
それに何故、今ペティグリューは、よりにもよってハリー・ポッターの側にいる?
……まあ大概、ヴォルデモートの復活の時、すぐさまハリーを捧げものにするつもりなのだのだろう。

しかし、そうはさせない。

ペティグリューがポッター夫妻を殺した、死喰い人だ。


ブラックとペティグリューの立場はものの見事に、反対だったのだ。
ブラックが裏切り者のペティグリューを追い詰めた。

そしてペティグリューがマグル達に魔法をかけ、記憶を操作したのだ。

は拳を握り締めた。
早く気付くべきだったのだ。



























2008/8/4






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