リーマスとブラックは、ハリーらを説得させた。
ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの本当の秘密の守人がピーター・ペティグリューだったこと。
そして、本当の裏切り者は、ブラックではなく、ロンが握っている鼠だったことを。














33/鎖を放つ者 後














ブラックを今まで手助けしてきたらしいクルックシャンクスという――猫?――は、じっと鼠を監視するように座っていた。
そして、も、じっと目を鼠へ向けていた。

リーマスとブラックはロンの手から鼠を受け取り、呪文を唱えようとする。
鼠の正体を現すのだ。
これが何よりのペティグリューが犯人だという証拠になる。

随分前に、がブラックに使った呪文だった。

青白い光が二本の杖から迸る。
鼠は一旦空中に浮き、姿はグニャリと曲がった。
そしてもう一度床へ落ちた時――

ロンの悲鳴が聞こえる。
鼠はむくむくと成長し、一人の男に変化した。

クルックシャンクスが唸ると同時、も杖をマントの下で構えた。

ピーター・ペティグリューは小柄な男だった。
長年鼠の姿で暮らしていたせいか、その容姿には小動物臭さがある。
浅くて速い息遣いの下、小さな潤んだ目が周りの全員を見渡した。

は、ペティグリューの目が脱出口を探すように部屋の出口へ向かったのを見て、歩き始める。
何気なくドアの前に立って、其処に凭れた。

その瞬間ペティグリューと視線が合ったように思ったが、完全に彼には無視されてしまう。


「やあ、ピーター。しばらくだったね」


前々からリーマスは思惑の知れない男だと思っていたが、この状況でも流石である。
いつものような朗らかな笑みだ。


「シ、シリウス……リ、リーマス……」


どうしてもペティグリューは逃げたいらしい。
またその目が扉へ――即ち、の方へ向かった。

しかし、は扉の前で通せんぼするのを止めようとはしなかった。
















かつての旧友達の語らいには、はもう興味はなかった。
ただただ、は扉の前に立ち、マントの下の杖を持つ手を緩めない。

ハリーやロンやハーマイオニーを交えてのこれまでの事情の整理は聞いているだけで良かったし、特に興味を引く内容もなかった。
それにしても――ブラックの不甲斐なさは涙が出そうになるほどだ。
最後の最後に選択を誤り、親友を殺しておいて、これまでずっとアズカバンにいただって?

が後するべきことは、限られていた。
はそれを待っていた。

ペティグリューは悪者の最期にありがちに、ひたすらに命を助けて欲しいと縋っている。
我が身の可愛さからだ。
しかし全員に振られてしまう。

は不意にペティグリューと視線が合った。


「や、闇祓いの……」

「何?」


は何気なく答えた。


「あなたは、シリウスを捕まえに此処に来たのじゃ……」

「そうね、そうだった。でも事情は変わったらしいのよ」

「あなたまでシリウスの口車に乗せられている……私を助けて……」

「口車?」


は多少驚いたように目を見開く。
すると、は嘲笑を含んだ言葉を吐いた。


「あの男にそんな器用な真似が出来るとは思わないわ」


「あの男」ことブラックは、の言葉をひたすら口を閉じて聞いていた。

するとは杖をマントから出した。
ペティグリューはそれに恐れ戦く。
ブラックが吼えた。


「待て。何をする気だ?」

「何をする気って?」

「こいつは俺の獲物だ」

「大丈夫よ、まだ殺しはしないわ」


は杖を振る。
そうするとペティグリューは石になったかのように、固まった。


「固まってもらっただけよ。ブラック、私との約束を忘れないで」

「何?」

「私は貴方と話がしたかったのよ」


ブラックは眉を寄せた。
今にも裏切り者を殺したいのに、今更この女は何を言うのか、と。


「俺の言うことを信じてくれたんじゃないのか? なら、それ以上のことは……」

「これでも私は職務に忠実な闇祓いなの」


ブラックはビクリとした。
そして口を噤む。

の目は闇祓い然とした……前に戦闘した時のものだったからだ。
そのままはブラックの元へ歩いた。

そして立ち止まる。
はゆっくりと唇を開いた。


「前から、私は貴方に謝りたかった――ごめんなさい」


ブラックは思っても見なかった言葉に、何と言えば良いのか分からない。
とてつもない戸惑いが生まれる……。
それを知ってか知らずか、はまた言う。


「裁判もなしでアズカバンに送られるなんて、道理に反してる。
 どんなに酷い悪人でも裁判を受ける権利はあるはずだわ。
 魔法省に勤めている者として、こんな私で申し訳ないけれど、本当に申し訳なかった」


そう言って、は軽く頭を下げた。
ブラックは驚くことしか出来ない。
こんなこと、予想も期待も何もしていなかったのだ。

しかし、は頭を上げてからは、挑戦的に眉を吊り上げていた。
これにはブラックは見覚えがあった……嫌な思い出が蘇る。


「でもね、ブラック。あなたも無実の人間にあるまじき行為をしていたのは、紛れもない事実だわ。
 自棄になっていたのには同情するけれど、紛らわしい行為は止めて欲しかったわね」

「……」

「ハリーの前に度々現れてみたり、太ったレディを切り裂いたり、ハリーに箒を贈ってみたり」


はじっとブラックの目を見据えている。
の目には恨みが篭り、声には棘があった。

ブラックは背に冷や汗を流していた。


「まともな人間がすることじゃないでしょ。
 それに! ――私が幾ら貴方に冷静に求めても、貴方は応えようとしてくれなかったわね?」

「いや……それは無理があるだろ……」

「黙って、ブラック」


ブラックは素直に黙った。
は、ブラックが言った言葉の意味を考えて、眉を寄せた。


「……何? じゃあ貴方、武装解除した女相手に怖がってたの? 馬鹿みたい」


いや、馬鹿じゃないだろう、と周りの人全員が思った。
は語ることを止めようとはしない。


「そういう狂人じみたことばかりやって、今更信じて欲しいなんて、傲慢過ぎると思わない?
 ハリーにだって……どれほどの辛い思いをさせたと思ってるの?
 いい大人でしょ、貴方も。なら、もう少し考えて何もかも行うべきだったのよ」


は溜息に近い息を吐いて、もう一度息を吸う。
目はまだブラックから離れてはいない。


「何か言って。何か言ってくれないと、何も分からないわ。
 十二年前から貴方は何も語ろうとはしなかった。
 勝手に何も言わないで勝手に溜めていた十二年分の鬱憤を、今周りを省みずにひたすら外に吐き出すなんて……許されるわけない。
 どうして何も言わなかったの? 言いたいことは沢山あったんでしょ? もし何か言ってくれたら、私は――」


は言葉を詰まらせて、口を閉じた。
そして初めて目をブラックから背けた。

ブラックはそのの様子を見て、ゆっくりと口を開いた。


「――俺が無実だと、ずっと思っていたのか?」

「まさか。そんなわけないじゃない」

「でも、あんたの言い方はそうだ」

「私は……!」


は拳を握った。


「当時の捜査の不備が気にかかっていただけよ。私も、かつて事が起こった現場に行ったわ。
 その時、妙な違和感を覚えてから……この事件について疑惑を抱いたの。
 どうもすっきりしないものがあって。でも、あの時の私には力がなかった。
 だからどうすることも出来なかったけど、今は――私は、真実を知った。そして、少なからず力がある」


はブラックを見上げる。
ブラックの何とも言えない視線を薙ぎ払うように、目を強めた。


「で、結局どうなの? 貴方、やったの? やってないの? はっきり言いなさい」

「俺は――」

「何?」

「俺は、裏切ってなどいない」


はふうと息を吐いた。

そしてブラックの左腕を掴み、その裾を捲り上げる。
其処にはが見知っている、闇の印はなかった。

は眉を寄せる。


「貴方、ほんっとーに馬鹿よね」

「……悪かったな」

「今まで私が出会った人の誰より、馬鹿よ」


は顔を上げる。


「分かった、貴方はアズカバンに十二年間閉じ込められる必要はなかった」


落ち着いた声が凛と響いた。
はブラックから妙な視線が降ってきているのに気付いて、疑わしげにする。


「何よ?」

「いや……あんた、案外物分りが良いな」

「それはどうも」


そうとは微塵も思っていなさそうな声色で、は言った。

はペティグリューに向かって杖を振った。
呪文を解くと、ペティグリューは自由に動けるはずなのに……彼は動かない。

目の前には自分を睨み付けている大人の魔法使いが、三人いる。

ペティグリューは、死の宣告を下されたかのように動くことが出来なかった。


「殺すの?」

「ああ、何か問題が?」

「リーマスもそう思ってる?」

「当然そうだよ」

「殺さずに連れて行く方が、この事態に関してうまく言い訳が出来るわよ。こいつが犯人だ、って突き出すの。
 ブラック、貴方もそうした方が無実の証明はし易いと思うけれど……」


はブラックを見て、苦笑する。


「分かった。死体で妥協しましょう」

「頼む」


ブラックは杖を構えた。
はマントの下に杖を隠し、成り行きを見守る。
リーマスもペティグリューに向かって、杖を向ける。

ペティグリューは恐怖に痙攣しながらも、まだ助けを探していた。


「……ハリー、ハリー……ジェームズなら私が殺されることを望まなかっただろう……ジェームズなら私に情けをかけてくれただろう……」

「この気に及んで――ハリーに話しかけるとはどういう神経だ? お前はジェームズとリリーをヴォルデモートに売った」


ブラックも杖を構えながら、震えていた。
彼が震えているのは怒りからだ。

ペティグリューはワッと泣き出した。


「シリウス、シリウス、私に何が出来たというんだ?
 闇の帝王は……君には分かるまい……あの方には、君の想像もつかないような武器がある……私は怖かった。
 シリウス、私は君や、リーマスやジェームズのように勇敢ではなかった。
 私はやろうと思ってやったのではない……あの名前を言ってはいけない人が無理やり……」

「嘘をつくな!」


ブラックは大声で吼えた。


「お前は、ジェームズとリリーが死ぬ一年も前から、あの人に密通していた! お前はスパイだった!」

「あの方は――あの方は、あらゆる所を征服していた! あの方を拒んで、何が得られたろう?」

「史上もっとも邪悪な魔法使いに抗って、何が得られたかって?」


はその答えを考えた。
私はヴォルデモートと敵対していたあの時、何を得た?

それは……自身の保身だけだ。


「それは罪のない人々の命だ、ピーター!」

「君は分かってないんだ!」


私は当時ブラックのようなことは頭の一方で考えつつも、それは単なる後づけでしかなかったように思う。

単に、自分の身を崩したくなかっただけ。
そして戦闘の中に身を置くことで、嫌なことを考える余地を捨てたかっただけ。

私はピーター・ペティグリューに似ている。


「シリウス、私が殺されかねなかったんだ!」

「それなら、死ねば良かったんだ!
 友を裏切る位なら死ぬべきだった。我々も君のために、そうしただろう」


リーマスもブラックと並んで、杖を構えた。


「お前は気付くべきだったな。
 ヴォルデモートがお前を殺さなければ、我々が殺すと。ピーター、さらばだ」


リーマスの言葉はとても静かなものだった。
はペティグリューの姿を見つめていた。

リーマスの杖が下ろされる……。


「やめて!」


はちらりとハリーへ目をやった。
ハリーは駆け出して、ペティグリューの前に立ち塞がったのだ。

ブラックはハリーに対し、唸る。


「ハリー、この屑のせいで、君はご両親をなくしたんだぞ」

「分かってる。でも――」

「じゃあ、私がやりましょう」


は歩を進める。
ハリーとブラックとリーマスの痛い視線が、に突き刺さる。
しかしは平然とした様子だ。


「ハリーのご両親のかつての親友達が、殺し合いをするなんて。
 ハリー、貴方も両親の親友が人殺しになるのは嫌なんでしょう?」

「――」


ハリーは何かを言いたげだった。
しかし、はハリーの様子から、さっきの言葉は間違っていなかったらしいと思った。


「その点、私なら大丈夫。こういうのは慣れてるわ。
 それにブラック、リーマス、貴方達だってこの場でペティグリューを殺しておきたいのよね?」


は手に杖を持ち、ペティグリューの前に立つ。
しかしハリーはまだ其処から動こうとしない。


「ハリー、これが私の仕事よ――
 この場では、私が一番ペティグリューを殺すのに適してる。合法的にも何とかなるわ」

「……先生」

「何?」


ハリーはの目を見た。


「僕は、先生にも、僕の目の前で人殺しになって欲しくない」


は言葉を言うことが出来ずに、黙った。
ハリーには驚かせられることがある。
そんな言葉をかけられたのは、初めてだ。


「――分かったわ」


ハリーの決断には逆らうことは出来ない。
は杖を下ろした。
しかし、目はまだ油断なくペティグリューを捕らえている。


「こいつを城まで連れて行こう。僕達の手で吸魂鬼に引き渡すんだ。こいつは、アズカバンに行けば良い」

「ハリー、考えてくれ……こいつのやったことを」

「こいつはアズカバンに行けば良いんだ。あそこに相応しい者がいるとしたら、こいつしかない……」


ペティグリューはハリーの後ろで、まだゼイゼイと息を吐いていた。

リーマスがペティグリューを縄で縛り、ハリーの言うように彼を連れて行く手筈が整えられていく。
は眼下でペティグリューと視線が合った。
しかし、は何も表情を変えず、ただペティグリューを見つめている。


「しかし、ピーター、もし変身したら」

「やはり殺す。良いね、ハリー」


リーマスとブラックの言葉に、ハリーは頷いた。

は、周りでこの場の片づけを行っている間も、その場に立っていた。
杖を握ったままだったが、その手はあまり好戦的ではない。


「ペティグリュー、貴方、言いたいことはあれだけだったのよね?」


は呟いた。
しかしペティグリューは哀れげにもがいていた。
彼は猿轡を噛まされて、喋ることは出来ない。


「私は貴方に同情するわ」


その言葉を、ペティグリュー以外に聞いたものは誰もいなかった。



























2008/8/5






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