身体は既に限界を訴えていた。
しかし私は、目の前の白い魔女に勝ちたいと思っている。
ハリー、リーマス、ブラック。
彼らのためにも、私は彼女を負かしたい。
35/闇の欠片
白い魔女は、白いローブを汚すことはなかった。
そして、私に決定的な一打を与えることはいつだって出来るのに、それをしない。
昔と変わらない。
いやらしく私で遊んでいるんだ――の目がそれを物語っている。
彼女の目は喜びで光っている。
血に染まった腕、眩みそうな目、重くて痛みとだるさに悲鳴を上げる足、今にも倒れ込みそうな胴体。
ニヤニヤと笑った彼女の目は、ただそれを映していた。
私は彼女に勝てない。
前に彼女が言った通りだ、私は今までのうのうと暮らしていた――腕が鈍っているのは自分が一番知っている。
でも私は杖を置きたくはない。
咳が止まらず、血を吐く。
夜だからドロドロした赤いものを見ずに済む。
は変わらずを見上げ、口を拭いて立ち上がる。
もその視線を楽しんでいる顔で、また杖を振る。
それでがまた眉を歪めて膝を着いていると、はふいと口元に手を持ってきた。
の手には血が僅かについていた。
それに気付き、赤い舌で血を舐め取る――すると、彼女の首に白い蛇が這い上がってきた。
の首を這い回る。
は蛇を見て、呟く。
「ルーンスプール――」
「その通り」
微笑んだは、杖を振った。
大したことのない錯乱の魔法を、は弾き飛ばす。
そして異変に気付いた。
「――くっ!」
ルーンスプールが飛びかかってきた。
はそれを何とか避けたが、その蛇は宙を飛んで、避けた腕までに噛み付いてきた。
二メートルに及ぶ三叉の大蛇が、右腕に噛み付く。
これは恐らく変異種だ。
元々ルーンスプールは白色をしていないし、それほど獰猛でもない。
それに、これほどまでに三つの頭が団結力を持っているものを初めて見た――いや、単にこれの飼い主がとてつもない魔力の持ち主だからか。
「――やめろ――っ!」
ついに杖を取り落とす。
痺れが止まらない。
噛まれた所から奇妙な音がする。
まるで腕が溶かされているかのようだ。
純粋なルーンスプールならば、こんな毒を持ってない……。
蛇を引き離そうにも、蛇の噛み付く力に適うわけがない。
膝に力が入らず、崩れ落ちる。
髪の毛がダラリと顔に掛かった。
ガタガタと肩から右腕が震える。
しつこく噛み付く蛇は、最後に半ば腕を噛み切るように歯を立ててから、離れた。
は、腕がおかしいほどに熱を持っているのに気付いた……毒のせいだ……。
そうして目線を上げる。
――其処には誰もいない――
「あいつ……っ!」
激情に駆り立てられ、拳を土に打ちたかったけれど、それも出来ない。
最初の冷や汗とは違う汗が、身体から滲み出た。
は地面に座り込む。
座りながらマントを破って、とにかく肩に縛り付けておく。
動脈を縛るようにしたら、噛まれた箇所のローブを破る。
素肌に杖を当てて応急手当をする。
しかし熱を持った腕も、感情も、それで何も変わることはなかった。
は倒れた。
*
とても静かだった。
身体に当たる柔らかなものは、ベッドだろう。
は目を開く……とても見覚えのある医務室だ。
は苦笑する。
「――セブ」
「大人しく寝ていろ」
何度もこの光景を見たことがある。
私に学習能力がない、ということだろう。
ついに呆れもなくなり、ただ単に心配そうな顔をしているセブルス……あ、でも眉間に皺が少し寄ってる。
そう言うセブルスも、頭に怪我をしているようだった。
「今までの中でも、この状態は尋常じゃない」
「分かってる」
腕に幾重も巻かれた包帯も、神経がいかれた身体も。
暗い医務室にいなくたって、分かってる。
「一番先に目覚めるべきでない人物が、一番先に目覚めるとは……」
「あの子達、運んでくれたのね。有り難う」
はにっこり微笑む。
セブルスはもう呆れた目もしないで、をじっと見つめる。
今にも気を失うかのように思われているのかもしれない。
カーテンの向こうに、ハリー、ロン、ハーマイオニーが寝ている。
あの子達、無茶をし過ぎだ……。
「……でさ、それはそうと……」
はベッドに寝ながら、穏やかな目を細めた――すると目の色が変わる。
セブルスはそれにドキリとして、冷や汗を流した。
「セブ、貴方本当に聞き分けないのね」
その声は、叫びの屋敷にいた時のものと似ていた。
しかし、それには、前になかった呆れという感情が、嫌味たっぷりに含まれている。
セブルスもその言葉に、目の色を変えた。
「聞き分けがないだと? よく言えたものだな?」
「何よ? その通りじゃない」
「お前がするべきことをさっさと行わないものだから、我輩は杖を握ったまでだ」
「へー、そうなんだ。よくも恋人相手に杖を抜けたわね?」
「それは……」
セブルスは喉を詰まらせた。
はフフン、と嫌味に笑う。
「よくも私の邪魔ばかりしてくれたわね」
「邪魔とはよく言ったものだな、!
お前を運んで、生徒達を此処に連れて来たのは誰だと思っている?」
「そして貴方はどうせ、ブラックを得意顔をして捕まえたんでしょ!」
はセブルスを睨み付けた。
セブルスは沈黙した。
のその目が、さっきまでとは違う真剣みを含んでいるからだ。
奇妙な沈黙が起きた。
「お話中すまんのう、」
は声の方向に目を向ける。
その人物は、扉をそっと開けて医務室へ入って来た。
「校長」
「マダムは……今此処にはおらんな……本格的にマダムの手が君に加わる前に、君に聞きたいことがあっての」
「はい、私も是非とも言いたいことがあって……!」
セブルスは身体を起こそうとするを押さえた。
もう慣れたものだ。
はベッドに寝転んだまま、いてもたってもいられずに、口を開いた。
「シリウス・ブラックは無実です。ピーター・ペティグリューが、本当の十二年前の事件の犯人でした」
「詳しく話してくれるかね?」
は、叫びの屋敷での出来事、それによって自分がした推理を、事細かに話した。
それはまるで一流の推理物語のようだった。
月によってリーマスが狼に変化して、自らは鼠を追いかけた所まで話し、は言葉を切った。
「信じて頂けますか?」
「そこまで君に事細かに話されて、信じない人がいるとは思えんな。そう思わんか、セブルス?」
セブルスは仏頂面で、それに肯定も否定もしない。
しかしダンブルドアはそれを気にしなかった。
「私が証言します。魔法省大臣を呼んで――」
「」
ベッドの上ではっきりと言うに、ダンブルドアが諌めるように言った。
は視線をダンブルドアへ向ける。
「どうして君がそういう状態になったのかを、聞いていない。
君ともあろうものが――ペティグリューにそこまでやられた、というのも不自然じゃ」
は少しの間無言でいた。
しかし、ダンブルドアを見上げ、唇を開ける。
「闇の女帝に会いました」
セブルスがその言葉に、過剰に反応した。
「……、じゃな」
「はい」
ダンブルドアは変わらない表情だ。
険しくもないし、穏やかでもない。
「彼女にペティグリューを奪われました。
手数に加えるのだと……私はそうはさせないと、交戦したのですが……」
「わしは、彼女は、もしかしたらヴォルデモート卿よりも強いのではないかと思っておる」
とセブルスは、その言葉に同じように表情を曇らせた。
二人とも、ヴォルデモートもも知っているからだ。
半ば呟くようだったダンブルドアの言葉は、すぐに彼自身の次の言葉によって掻き消された。
「ご苦労だった」
「いえ、そんな……!」
「彼女と一人で対峙し、生きて戻って来れる魔法使いは極僅かじゃろう」
は苦笑する。
私はまた今回も、好きなように扱われていただけだった……彼女が殺そうと思えば、殺されていただろう。
さっき、私の命はが握っていた。
何度杖を交えても昔も今もそれは変わらない。
「それで――校長、私は――」
「大臣じゃな」
性急なに、ダンブルドアはゆったりと語りかける。
「そうです。私が証言しますから――」
「君がそう証言したら、恐らくセブルスが反論をするじゃろうな」
はセブルスを睨み付けた。
しかしセブルスもセブルスで、を睨み付ける。
「セブは全てを見てない!」
「、しかし……」
「私は闇祓いです!」
ダンブルドアの眼鏡がキラリと光った。
「大臣に――」
「わしも、ペティグリューが此処におれば、是非ともそうしたかった……今の現状が分かっておるじゃろう?
のように証言出来るものは皆傷つき、ベッドに寝ており、囚われており、今森の中で獣の姿をしておる」
「だからといって……! 私は納得いきません!」
ダンブルドアは微笑を見せた。
は訳が分からない。
そして……何故か、ダンブルドアが何かを企んでいるような目の色をしているように、感じられるのだ。
は疑惑を深めた。
「。全てが一つに繋がらんじゃろうか……。
今までのことを忘れたわけではあるまい?
今行えることは一つのみじゃ――それが性に合わなくても、荒立ててはならん。
ルールは知っておろう? 君のことだから、もうその片鱗にも触れているはずじゃ」
「どういう意味――」
「この隣に寝ている子供達に、任せてみてはもらえんかね?」
は思い出した。
前に無意識に放った言葉。
「貴方の言った、鼠を追え、という言葉に従う」――私は無意識にその連鎖を繋げていたのだ。
夕方のハリーとハーマイオニーとバックビークの存在。
そして、湖での二人のハリーの存在。
あの時、私は気付いていたじゃないか。
校長の企み、か――は校長と顔を合わせて、にやりと笑った。
「バックビーク、ですか?」
「そうじゃ。……手助けしてもらえんかね?」
「分かりました」
は即座に答えた。
「シリウスを頼む。鎖を放ってもらえんか?」
「――校長、今まで黙っておりましたが、こうなったら何か言わずにはいられませんぞ」
「セブルス、君の恋人のためじゃ。聞かない振りをしていてもらえんか?」
とセブルスの目線がダンブルドアに集中する。
しかし、もうそれは既に分かっていたことなので、二人とも特に何も言わなかった。
それに今は、そんなことを言っている事態ではない。
「それに校長、もうは動けない。この怪我を見ておられますか?」
「セブルス、わしが何か言わなくったって、は絶対に此処を抜け出していたと思わんか?」
「そうは思いますが――」
扉の外から、新たな声が聞こえてきた。
「此処を何処だと思っていらっしゃるんですか? 重病人が沢山いるんです、お引取り下さい」
「いやいやマダム。本当にすまないが――此処にが……」
「魔法省大臣だろうと何だろうと――」
「大臣?」
が少し開いていた扉の隙間へ顔を覗かし、外を見る。
其処にはいつもの縦縞のマントを着た、コーネリウス・ファッジ、魔法省大臣その人がいた。
「!」
「ちょっと――っ」
大臣はマダムの手を掻い潜り、扉を開けての元へやって来た。
そして、カーテンの先に子供達三人が眠っているのを見て、声の調子を少し下げながら言った。
続いてマダムがキビキビとこっちに入ってくる。
「、本当に君は生傷が絶えないね。でも今回は少しばかり酷いんじゃないか?」
「いえいえ、単に酷く見えるだけですよ」
「そんな馬鹿な事がありますか! これは――」
「まあまあポピー、落ち着いて」
「しかしですね……!」
「ハリー達が起きてしまう」
ダンブルドアの言葉でマダムは静かになるが、怒った表情は変わらなかった。
大臣は苦笑して、またに問う。
「ブラックにかい?
しかし、君は本当に有能な闇祓いだ……これで預言者新聞にもやっと良い顔が出来る――
お陰でシリウス・ブラックは捕まった!」
「まあ、そんなところです」
はセブルスに睨まれているのを感じるが、無視した。
は愛想良く大臣に答えていた。
「吸魂鬼はどうしましたか?」
「ああ――彼らは――此処から撤退させるよ。
まさか子供にキスを執行するとは、思いもよらなかった……」
大臣が額に軽く手をやりながら言う。
がどうしてそのことを知っているのか、そこまで考えが及ばないようだ。
――キスまでしようとしていたって!?
は盛り上がって来た感情を押し込め、とりあえず当面聞き出したかったことに専念する。
「ところで大臣、ブラックは何処に? 私、彼と話しておきたいことがあるんですが……」
「コーネリウス、わしもその次に話したいと思っておるのじゃが」
「ブラックは、八階のフリットウィック先生の事務所に閉じ込めている。
じきに吸魂鬼にキスさせる予定だ――私に了承を得た、と言ってくれれば大丈夫だけれど……」
大臣はを見る。
「しかし、本当にその怪我……」
「大丈夫ですって」
マダムが何かを叫びたそうにしたが、ダンブルドアがそれを諫めた。
はベッドから起きて、立ち上がろうとした。
ダンブルドアはそのをじっと見ている。
セブルスは腕を組んで、睨み付けるようにを見ていた。
しかし、彼女を止めることは、出来ない。
とセブルスの目は、決して交わされなかった。
「行って来ます」
マダムがキャア、と半ば悲鳴を上げた。
が立ち上がると、着ていた寝巻きがいつもの黒マントに変わる。
いつの間にか杖も腰にささっている。
部屋を出て行こうとすれば、マダムがの前に立ちはだかるようにした。
は苦笑しながら、そして頭を下げながら、彼女を何とか扉の外に行かせることに成功した。
セブルスはそのの背中を細めた目で見つめ、ダンブルドアはキラキラとした目でそれを見つめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、マダム!」
何とかマダムを事務室の横にやり込める。
薬品棚の影になっている所だ。
そしては、ひたすら謝った。
「ごめんなさいって……! そんな言葉で……」
は、完全に扉から離れることが出来たのを確認して、マダムに向かって新しく言葉を言う。
その目はさっきと違って真剣みを帯びたものだったけれど、マダムは表情を変えない。
「私の身体、見られましたよね……?」
「ええそうですよ、私はここまで己の身体を痛め付けた人を今まで――!」
「右腕も?」
マダムが眉を寄せ、初めて表情を変える。
「――そうですよ。
……ルーンスプールの変異種、ですか? 本当に極稀なものです。
私ですら、その傷がこの蛇のものだとなかなか分かりませんでした。そんな蛇、この学校の森にいません」
「マダム――分かって下さい」
「分かりません」
「お願いします……ちょっと妙なことに巻き込まれちゃって……」
真摯なの目がマダムに向けられていた。
ルーンスプール――この蛇はかつて、多くの闇の魔法使い達に好まれていた蛇だ――
「私は、あなたが今こうして立てていることが不思議です」
「お願いしますから――!」
数秒時が流れた。
「――明日までには、戻って来なさい。
そしてそれからずっと、私の治療を私が良いと言うまで受けるということを、約束して下さい。
私が駄目だ、と言ってもあなたは必ず行ってしまうんでしょう?」
は、眉が少し緩んだ顔から放たれたその言葉に、満面で微笑んだ。
「有難うございます!」
「あなたと言う人は、どうしてそうして私に小さな小細工をするんですか、校長?」
大臣とセブルスが廊下に出て行き、病棟には誰もいなくなっていた。
マダムは薬品を調合し終えたようで、今度は岩のようなチョコレートを箱から取り出す。
「あなたがあそこに入って行かれるのを知らない振りをしてあげただけでも、私としては大変なことなのに。
どうしてあの話を聞かせるんですか」
「全て聞こえていたんじゃね?」
「当然です!」
マダムはダンブルドアを軽く睨み付けた。
「聞こえないわけがないじゃないですか! あなたもそれを分かっておられた……。
――ああ、もう――まどろっこしい言い方は止めて下さい、アルバス。
あなたは私を巻き込もうとしていらっしゃるんですね。
あの話を聞いて、彼女を此処から外に出す以外、私に出来ることはないじゃないですか」
「有難いよ、ポピー。が帰って来たら、手厚く治療をしてもらえんか?」
「当然です」
マダムは今度は何処からかハンマーを取り出して、チョコレートと一緒の台に置いた。
そして医学書を出してきて、今度はのために蛇の毒について調べ始めた。
2008/8/7
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