36/未来への希望














シリウス・ブラックは、捕らえられている部屋の扉が開いたのに気付いて、そっちへ目をやる。
すると其処には既に見知っている姿があった。


……!?」


は確かに目をブラックへ向け、その問いに応えるように口を開く。


「シリウス・ブラック」


はカツカツと音を立てながら、部屋へ足を進める。
この部屋はフリットウィック先生の事務所だ。
しかし、目で、感覚で、様々な呪文がブラックを縛り付けているのが分かる。

は目を細めて神経を研ぎ澄まさせる。
ブラックを縛り付けている魔法を、的確に解呪しなければならない。

ブラックは地べたに座り込んでいた。


「あんた、どうした、その怪我? ピーターは……」

「申し訳ない。取り逃がしたわ」

「……そうだな。それはもう感付いていた。その傷はピーターにやられたのか?」

「まさか」


ブラックは眉を寄せる。
じゃあ、その怪我はどうしたというのだろうか?
彼女はピーター相手に、そう易々とやられるわけはないというのに。


「私、貴方に言いたいことが沢山あるのよ。恨み辛みが積もり積もっていて」

「きっとそうだろうな。しかし、この状況で全てを言うつもりではないんだろう?」

「ええ。でもどうしても、一言だけ言っておきたいことがある」


は杖を左手に持ちながら、ブラックを見据えた。
その瞳は、とても冷たい。


「いっそ魂を吸われてしまえ」

「……きっついな、あんた」

「だってそうじゃないの? それに足ることを今までしてきた、って貴方はさっき言っていたじゃない。
 特にポッター夫妻の死に関して。貴方が夫妻を殺した、と言っても変わりはないんでしょう?」

「そうだ。確かに俺は、あんたに助けられる権利はないのかもしれない」

「ないのかもしれない、じゃなくて、権利はない、の」


は杖を振った。
ブラックは一瞬身を強張らせたが、その杖が我が身を縛り付けている魔法を解いていることに気付いた。
身体が自由に動けるようになっていく。


「貴方、私にどれだけ面倒かけたと思ってるのよ。怪我しっぱなしだったじゃない」

「その割には、俺を逃がす手伝いをしてくれるようだな」


ブラックは完全に自由になった身体で、微笑んだ。
しかしはその笑みに応じず、かえって表情を険しくする。


「貴方にずっと迷惑をかけられていたハリーが、貴方を救いたいらしいから。それだけよ」


ブラックはまだ地べたに座り込んでいる。
はそれを見下していた。


「これからハリーの恩に報いることが出来るように、なさい」

「……分かった」

「素直ね」


はこの部屋に来て、初めてほんの少しだけ表情を緩めた。
そして窓の方へ足を向ける。

左腕は利き腕ではないが、この程度の魔法を解くには十分だ。
流石に、右腕は毒に犯されていて使えない。

ブラックはが鮮やかに魔法を解呪していくのを、感心して見ていた。
これほどの魔法使いは、闇祓いの中にもなかなかいまい。
杖さばきが巧みだ。

――闇祓い――?

ブラックは何かを思い出しそうになって、頭を巡らす。
彼女の名前が、何かに引っかかるのだ。


――あんた、ムーディの弟子か?」

「そうだけど。貴方に愛称で呼ばれる義理はないけどね」


は語尾を強めた、
ブラックに愛称で呼ばれたのが不快そうな顔だ。

ブラックは声を上げて笑い出した。


「そうか……っ! あんた、ムーディのあの弟子か!
 そうなりゃ、あんたの行動に納得がいく節がある……そういやあ、俺と年齢はそんなに変わらなかったっけ?」

「アラスターと知り合いなの? それに、どうしてそんなことを知ってるのよ?」

「まあ良いじゃないか」


はブラックにとても不審げな視線を送る。
しかしブラックは、変わらずにケラケラと笑い転げていた。

何がそんなに面白い?
理解出来ない――やはり、彼は外に出すべき人間じゃないのかもしれない。
は不審行動を取る男を眼下に、冷静に考えていた。

その間には窓にかけられていた魔法を全て解く。
よし、これでハリー達が来たら、ブラックを此処から連れ出すことができる。

窓の外には、暗くて広い空が永遠に広がっている。

森の中に、ハリーとハーマイオニーとバックビークがいるのが感じられた。


「これで逃げられるわね? 他に解いておいて欲しい魔法はない?」

「大丈夫だ……これで、十分だ」


ブラックは辺りを見回して言う。
これでもかつては、学年の次席という成績を収めていた魔法使いだ。

はそれを信用し、もう一度周りを見渡してから杖を収めた。


「これから貴方がまた逃亡生活に入るのなら、言っておきたいことがあるわ。
 猪みたいに猪突猛進に何事も進めようとするのは、やめなさい。
 何事にももうちょっと慎重にした方が良いわよ、ブラック」

「……分かった」


ブラックはまた素直にの言葉を受け入れる。
根は素直な男なのだろうか。

は、自身にマーチバングス女史から言われた言葉を、そのまま言っているのに気付いてはいなかった。


「南へ逃げて。まあ、此処の土地柄、北へ逃げたら凍ってしまうでしょう?」

「そう言われなくとも、そうするが」

「貴方を追う役目のある闇祓いの忠告に、無駄口を叩くものじゃないわ」


の含みのある言葉に、ブラックは黙った。

するとは腰から杖を抜いて、ブラックへそれを投げる。
ブラックは慌ててそれをキャッチした。


「あげる。今度会ったら、返して」

「お前の杖は良いのか?」

「もう一本あるの」


は自分の大腿を示した。


「ああ、そうだ。それともう一つ、どうしても聞いておきたいことがあったの。
 クリスマスにハリーへファイアボルトを送ったのは、名付け親からの初めてのクリスマスプレゼントのつもりだったってこと?」

「そうだ」

「……やっぱり」


は肩を落として、明様に呆れた顔をした。
大きく溜息をつく。


「そういう無防備なことは、絶対これからしないこと。
 送付履歴を辿ったら、貴方の金庫からお金が出ていたことは丸分かりだったわ――全部揉み消しておいたけれど。
 脱獄犯からハリーへの贈り物だなんて……」

「……すまない」


ブラックはから貰った杖を握っている。
そして、目の前の不思議な女をじっと見ていた。


……ずっと、庇っていてくれたのか?」

「庇ってなどいないわ」

「アニメーガスだってことも、そのファイアボルトのことも――」

「庇ってなんか、いない。世間の混乱を避けたかっただけよ」


は冷たい声で言う。
黒いマントの下で、偉そうに腕を組みながら。
しかしブラックはその言葉の意味を、にとっては本位でない取り方をしたようだ。

ブラックは屈託なく微笑んだ。


「ありがとう」

「それを言うのなら、全部が終わってから言って欲しいわね」


は相変わらずブラックを睨み付けている。
彼女の言葉は本心だった。
は、ブラックにそう言われることは、全く望んではいない。

はブラックのことは嫌いだった。

しかし、ブラックはそんなことを知ってか知らずか、ニヤリと笑う。


「また会おう。絶対にこの杖は返す」

「いつになるかしらね」


は黒いマントを靡かせ、ブラックに背を向ける。
マントがの身体を覆い尽くした。

そしては歩き始める。


「何処に行くんだ?」


は怪訝そうに振り返って、答えた。


「貴方の親友が森で暴れているのを、止めに行くの」


そして彼は、私の友でもある。

はすぐに顔を前に向けて、真っ直ぐに歩いていく。
ブラックはただそれを見送る。


「Good luck, Sirius!」


はブラックに背を向けながらそう言い、部屋から出て行った。















部屋の入り口から少し先で、ダンブルドアと擦れ違う。
は小さく頭を下げる。
ダンブルドアもそれに応えて、また小さく頭を下げる。


「幸運を祈る」

「はい」


ダンブルドアは、がこれから何をする気か、分かっていた。
二人はそれだけ言葉を交わし、逆の方向へ歩いて行く。





は校舎を下り、城の玄関に出た。

其処でマクネアの姿を見た。
彼は、ブラックへ刑の執行をするために、吸魂鬼を迎えに行くつもりだ。

は小さく笑った。
それはきっと、無駄になる。


は空を見上げた。

バックビーク――ヒッポグリフと、それに乗っている人間の影が月に照らされている。
その影は、さっきがいた部屋へと向かっていた。
ブラックのいる部屋だ。

ごめん、また見ちゃった。
どうも彼らには縁があるようだ。

しかし、はにんまりした。

リーマス、貴方の親友が、貴方の親友の息子によって助け出されようとしているわ。
貴方にこの光景を見せてあげたい――いえ、見ているかしら?

は、リーマスのいる方向を探しながら、校庭へ出て行く。



























2008/8/8






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