終章/そしてまた、ホグワーツ城














校長室は一年前と、全く変わっていない。
そしてその部屋の主も、だ。

はダンブルドアの前に立ち、口を開く。


「私が此処に来た目的の事項について、後未解決なものはシリウス・ブラックについてのみです。
 最後にこのことについて、確認させていただきます」


吸魂鬼はもう退散したし、人狼であるリーマスも此処を去った。
ダンブルドアは会釈してを促す。


「シリウス・ブラックは、またも魔法省の手を逃れました。私はそれを追う役目を負うと思います。
 だから、私は校長から受け取った情報を元にして、ブラックを逃がすことを約束します」


も一年前と変わらない黒いマントを身に着けている。
手には何も持っていないが、旅支度はもう済んでいる。
魔法で荷物はもうまとめられている。

校長室にはダンブルドアとがいて、校長のデスクの上には羊皮紙が一枚のっている。
ダンブルドアは羊皮紙――のホグワーツ滞在についての契約書を見やった。


「契約が切れたようじゃな」


ただの羊皮紙と化したそれを、ダンブルドアは大切そうに引き出しへ仕舞った。
はそれを見て、ほっとした感じに襲われる。

ダンブルドアはの顔を見る。


「安心したような顔をしておるな」

「はい、ちゃんと一年間どうであれ務めることが出来たから……」

「この一年、君にとってどうだったかな?」

「――多くのものを得たと思います」


この歳になってそう言うのも恥ずかしいが、やはりそう思うのだ。
それに何より、楽しかった。

ダンブルドアは扉の外に目を向ける。
その外には、セブルスがいた。


「それで、校長。
 魔法省に戻ったら、ブラックについて……円滑に行うために、同僚の信用の出来る一人、二人に全てを打ち明けて協力してもらっても良いですか?」

「君がそう言うのなら、良いじゃろう」

「きっと魔法省に戻ったら、沢山の仕事を押し付けられると思っているので」

も大変じゃのう。……傷の具合はどうかな?」

「まずまず、です」


酷い傷を負ってこのホグワーツに来て、また傷を負って帰るなんて。
それもむしろ前より酷い怪我だ。
右腕の包帯は、まだ外せない。

絶対怒られる。

苦笑するに対し、ダンブルドアは朗らかに笑む。


「まあ、君にとっては珍しいことじゃないじゃろう?」

「そう言われれば、そうですね」


は腕を組んで、納得する。
私は元々そういう人だった。


「セブルスは外にいるようじゃな。中に入れてもらってもわしは構わんが」

「……校長、私達のことはいつからお気づきで?」

「さあ、いつだったか……忘れてしもうたわ。もうわしも歳じゃな」

「すみません、この学校の場でこんな――」


はどもってしまう。
仮にも教師同士だったのだ。


「謝るような必要は全くないぞ。むしろわしは歓迎したいと思う。それに君達ならば、諌めは不必要だったじゃろう?」

「……有り難う御座います」


はゆっくりと屈託なく微笑んだ。


「さて、一年間ご苦労じゃったな、

「いえ、そんな――失敗が多くて――」

「そうだったかのう?」

「はい。吸魂鬼も最後には統制し切れなくなってしまいましたし……ミスばかりで、不甲斐ないです」

「それでも、わしはをホグワーツに呼んで良かったと思っておる」


は背筋を伸ばした。
じっとダンブルドアの目を見つめる。


「一年前まで、わしはアラスターから話は聞いておったが、と関わったことはほとんどなかった。
 この一年間君を見てきて、良い所も悪い所も見せてもらったつもりじゃ。
 そして、それでアラスターから聞いた話に合点がいった」


は、あの師匠は一体何を言っていたんだ、と思う。


「あの選り好みをする男が君を気に入っている理由が分かったよ、
 また君に会いたいものじゃ。いや……きっと、会うことになるじゃろうな」


できればアラスターが私を気に入っている理由を教えて欲しいけれど、そうとは言えない。
はただ、背筋を伸ばして立っていることしかできない。

そして、「きっと会うことになる」という言葉にはも同意していた。
そして会うことに抵抗をしようとは、今は思っていない。

ただ、ダンブルドアは笑んでいた。


「ご苦労じゃった」


は顔を引き締めた。


「君が行けば、セブルスも寂しがるじゃろう」

「……そうですねえ……」


引き締められた顔が一気に緩んだ。

寂しがっているあの人が、あんまり想像できない。
でもまあ、そういうことにしておこう。

はどうしようもなく笑いの形になる唇を一文字に引き締めて、背筋を伸ばし直した。


「一年間、有り難う御座いました」

「アラスターによろしくの」

「はい」










*











「そうだ、ワールドカップ見に来る?」


とセブルスは、校長室から続く螺旋階段をクルクルと下りて行く。
が前でずんずんと進み、セブルスはの後ろに続いて行く。
二人の黒いマントがなびく。


「何だって?」

「クィディッチ・ワールドカップよ!」


トン、と足が廊下に着く。
そしてそのままがらりとした校舎の中を出口に向かって歩く。

二人の足音が響くが、の方がそれが速い。


「見に来るのなら良いチケット取ってあげるけど。魔法ゲーム・スポーツ部にはコネがあってね」

「公職乱用か?」

「いや、魔法ゲーム・スポーツ部の部長と仲が良いだけで……」

「我輩がワールドカップを見に行くと思うか?」


疑問と非難が少し入り混じった声だ。


「……うーん……ないか……」

「そうだ」

「私、ワールドカップ会場にいるから、もしかしたら会えるかなーって思ってたんだけど。それなら仕方ないわね」


セブルスの視線がに突き刺さったが、は容赦なくその視線を笑いながら無視した。















廊下を足を全く緩めずに歩いて、広いホグワーツ城を抜ける。
玄関ホールを抜けると、外の空気が肺一杯に満ちる。

校門へ向かって、サクサクとブーツが土を踏む。


「ねぇねぇ、貴方、今年は散々な一年だったわね。
 何も悪いことはしてない、むしろ大変なことばっかりしてるのに、ブラックは逃がされるわ、校長にも最後に見捨てられるわ」

「ブラックを逃がしたのはお前だというのに、大様な言い方だな」

「悪いことをしたとは思っていないわ。だから、貴方の来学期が今年とは違うことを願ってるけど――」


もう少しで校門。
ホグワーツの領地と、外界との境界だ。

は其処へ足を進め、校門の前でくるりと回ってセブルスと顔をつき合わせた。
腕をマントの下で組んで、セブルスを見上げる。
風が二人のマントを揺らす。


「来学期は今年以上に大変になるかも」

「校長も、よせば良いのに難題を持ち込んでくるものだ」

「三校対抗試合だなんてね。魔法省も大忙しよ」


できれば、魔法省にあんまり戻りたくない気もする。
クィディッチ・ワールドカップとそれで、今魔法省は業務的に危機的状況にある。


「ハリーを守ってあげてね、今までみたいに。あの子を狙ってる輩は多いわ」

「……ポッターか……」


苦虫を噛み潰したようなセブルスの顔に、はクスリと笑う。
何だかんだでセブルスはハリーのことを一年中、よく見ていた。
嫌味のネタに事欠かないほど、そして私が妬けるほどに。

どうして彼が、嫌っているはずのハリーをそこまで見ているのかは、理解し切れなかったけれど。


「それと対抗試合のどれかの試合で、私が派遣される可能性もあるのよね」

「試合の内容は既に決まっているのか?」

「ううん、それほどには。でも、危険な試合がされるのなら、闇祓いも派遣されるかもっていうのを聞いたのよ。
 それなら此処に精通している私が派遣されるのが自然じゃないか、って。ま、その時私が手が空いてたら、だけど……」


は言い忘れてはならないことを思い出した。


「あ、それと当分、私との連絡は基本は取れないって思って。多分仕事で目が回るだろうと思うし。
 私の身に何かが起こったら、預言者新聞がそれを書いてくれるかもしれないわ」

「新聞で確認するのか?」

「ええ。絶対、絶対、私、魔法省で使い回される……手紙を出してくれても、返す確立は低いと思うわ」

「分かった。さて、魔法省に戻る前に、ホグワーツで最後の息抜きは出来たかね?」

「ええ、お陰さまで」


はにっこり微笑んだ。

初夏の匂いがする。
夏を待つ草木が発するものだ。
風がそれをふわりと運ぶ。

顔にかかる髪を軽く押さえて、は唇を開ける。


「私が行って、寂しい?」

「一年前の状態に戻るだけだが」

「それが寂しいか、って聞いてるの」

「――そうでもないような――」

「貴方は真顔でそれを考えて、真顔でそう答えるのね」


は目をきゅっと細めた。
やっぱり、彼はそんなに寂しがることはしないか。
あー、こっちが一ミリ程度寂しがってたのが、馬鹿みたいだ。


「お前はどうなんだ?」

「今の所、一ミリ位寂しいかな」

「一ミリか……」

「だって二度と会えないわけでもないし、貴方とこうして「再会」したことの方が、驚きでしょ?」


セブルスとは大分昔に会っていた。
その十数年前と、今のギャップが、恐ろしく笑える。

セブルスもの言葉に納得したように、なるほど、と相槌を打つ。


「じゃ、私が行っても若い子に浮気しないでね」

「ああ。しかし、お前もそれを約束しろ」

「え? ――あ、ああ、大丈夫よ。魔法省で、私は軽く男達から怖がられてるみたい。ここ十年位はそういうのは皆無だったし」

「しかし、用心に越したことはない」

「用心? 用心なんて必要ないわよ。私が貴方以外の男に、どうにかされると思う?」


は首を傾げる。
セブルスはじっとそれを見つめて。


「思わない」

「でしょ?」


は、魔法省で自分は女扱いされていないということを実感している。


「この一年間、ありがとう。世話かけたわね」

「こちらこそ。世話をかけさせてもらった」

「貴方がとても面倒見が良くて助かったわ」

「ある意味、お前の奇想天外な行動に一番骨を折ったぞ」

「それはごめんなさい……」


セブルスはきっとそうだったのだろう。
は思い当たる節がポンポンと頭に浮かんでは、消えた。
は苦笑するが、いつまでも此処にいるわけにはいかないことを思い出す。

は片手を上げて、マントを翻した。


「じゃあ、これから頑張ってくるわ。じゃあね、セブルス」


は微笑んで手を振る。
そして一歩踏み出すと、振った手が元に戻せなくなって、歩けなくなる。
掴まれた腕の感覚にはもう慣れていた。


「それだけで帰るつもりかね、? 言うべきことがまだあるだろう」

「冗談よ」


そうされることを望んでいた自分がいて、は微笑んで足を動かしてセブルスに向き直った。
今まで、この腕に、どれだけ引き止められたことか。

はセブルスを見上げて背伸びをして、セブルスの身体に腕を回す。
セブルスもの身体に軽く手を副えて、触れる程度のキスをする。

は閉じていた目を開けて、耳元に心地良い低い声を聞く。


「I love you」

「I know」


はそう呟いて、セブルスの身体から腕を外す。
そして何気なく腕を組んだ。


「妬けるわねー」

「自分達のことだろう?」


変わらなくセブルスは眉根に皺を作る。


「それにしても、妬けるわ。よく自分もこんなことやってるわ」

「我輩が馬鹿みたいな言い方だな」

「貴方が馬鹿なら、私も馬鹿よ」

「間違いない」


は声を上げて笑った。
セブルスも微かに微笑む。

はマントを翻らせながら、言った。


「じゃあね、セブルス! いつかまた会いましょ!」


そう言って背中をホグワーツに向け、セブルスに背中を向ける。
校門を一足越える。

すると。


「いつか、とはいつだ?」


……。
は半身、身体をセブルスの方に向け直した。


「いつだろう……」


セブルスの溜息が聞こえた。


「良い。行け」


はもう一歩足を動かして、完全に校門を越えた。

セブルスはヒラヒラとした黒いの後姿を校門で見ていたけれど、は一度も振り返ることはなかった。
その後姿が少し遠くなると、セブルスもと同様にマントを翻らせて、と反対の方向へ歩いて行く。

セブルスはホグワーツ城へ戻る。
緑の草木がそれを見送った。















(ははあ、今まで本当に続いたのか)

「……」

、何か言え)

「……」

(無視か?)

「……だから、何ヶ月振りに貴方は飼い主に姿を見せるの?」

(六ヶ月位かな)

「まともにそれを答えるのね。ああもう……別に、貴方について追求はしないけど。
 何回も言うけど、飼い主に対する最小限の生存確認だけは、させなさい」

(それが必要だとは、私は思わない)

「私は思うの」


首にフサリとした感覚と、重さを感じる。
その重さは生命を感じさせるものだ。

首にかかるのは滑らかな肌心地の良い、動物の毛。


(まさかお前が、あの男相手に関係を続かせるとは……ああ、向こうも変人か)

「そうかもね」


は相変わらず歩き続ける。
肩に乗っているのはニーズル、純白の毛と漆黒の瞳を持つニーズルだ。

しかしはそれと目を合わそうとはしない。
視界の全ては、目の前の道だ。


(よくが、あの死喰い人だった男を好きになれたな。
 なら絶対に疑心暗鬼で、本当に心を打ち明けることなんか出来ると思わなかったのに)

「完全に打ち明けているわけじゃないわよ」

(……やっぱり、と言うべきか)


ニーズルからに目を合わせにいった。
愛らしい形を持つ動物が、の視界に割って入る。

しかしは反応をしない。


(なのに、よく身体をやったもんだ)

「でも結局、この世界の全てのカップルの中で、本当に心から打ち解けているのはどれだけだと思う? そう考えると自然でしょ?」

(確かに。しかし……)

「それにたった一年、いえ、数ヶ月で何も心を防御する必要がない位に、人を好きになれると思う?」


黙るニーズルに、は初めて顔を緩める。
そして肩の方に顔を向けると、ニーズルは動物なりに難しそうな顔をしている。


(お前、スネイプ相手に物凄く惚れていたように見えたんだが……嘘だったのか?)

「違うわよ」


はマントから手を出して、ニーズルの毛皮を少し撫でた。
久々にこの動物を可愛く感じられる。


「私は、確かにセブルスのことが好きよ。でもね――」


の歩くスピードが緩まる。
周りの景色がゆっくりと視界の端で通り過ぎる。

は顔に少し笑みを浮かべる。


「一回死喰い人になったのならば、一生死喰い人。そうアラスターに刷り込まれたわ」

(まだ過去に囚われているのか?)

「ええ。油断ならない、って私の何処かが考えているの」


意思の届く範囲でない所が、意思にそう訴える。

本当に良いの?
相手は死喰い人なのに?

身体は委ねることは出来るけれど、心は完全に委ねることは出来ない。

セブルスもこれに気付いているはずだ。
私がそう思っていることを、知っているはずだ。


いや、むしろもっともっともっと深い心の底で、お互いが、お互いに他人へ見せれない譲れないものを持っていることを、知っている。
それはいつもは心に沈んでいる。
しかし、お互い別の人生を三十年以上も生きてきたのだから、それも当然だ。

私は、彼が心の奥底で何を考えているのか未だよく分からない。

でもセブルスは私を愛していると言ってくれる。
そして私も同様に、そう言うのだ。

私はそれに甘えたいと思う。
そしてまた彼も、それに甘えている。
奇跡的な確立で出会いと偶然が生んだそれは、とても心地が良いのだ。

お互い、過去を持った者同士として、それはとても手放し難く心地が良いのだ。

今はまだそれは心の底に沈んでいるのだから、その状態の継続は可能だ。

そして、私も彼を愛したいと思う。
彼がそう思うのと同様に。


だから……。

は沈黙の中で、ポツリと呟いた。


「でも、この頃はそれももう良いかな、って思いだした」

(結局惚れてるじゃないか)

「そうみたい」


ニーズルは力を抜いてそう言って、話題を変えた。
もうこれに興味はないらしい。


(何処へ行くんだ?)

「アラスターの所よ。一緒に来る?」

(どうやって行くんだ?)

「折角だからホグズミード駅からロンドンの九と四分の三番線まで乗って、姿晦まししようかなって思ってる。
 折角ホグワーツにいるのよ? 生徒達と同じ帰り方したくない?」

(それなら魔法省の方が近くなるのに、わざわざ師匠の所へ行くのか?)

「悪い?」

(私は下りた)


瞬間、肩から動物一匹分の重さが消えた。
おい、と突っ込みたくなるが、まあ単に面倒臭かったんだろうな、あのニーズルは。


は歩みを止めない。
黒いマントにじりじりと日差しがさし、ローブの下が軽く汗ばんでくる。
空を見上げると、空は真っ青だった。

黒い影は、ホグワーツ城からどんどんと小さくなっていった。














To be continued...




























2008/9/1






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