01/ダンブルドアの指令














不死鳥の騎士団の任務は、大きく四つに分けられる。

一つ目は、ハリー・ポッターの護衛だ。
ヴォルデモートが彼をずっと狙い続けているのは、周知の事実である。
そして、最近の新聞でのハリーについての中傷をダンブルドアは軽く取り上げ、魔法省の手からもハリーを守らなくてはならないと語った。

は、前にムーディが、透明マントをダンブルドアの命令で貸し出さなくてはならない、と愚痴を零していたのを思い出した。
ハリーの護衛をする人物にマントを貸す必要があるのだ。

二つ目は、勿論、死喰い人の動向を探ることだ。

三つ目は、騎士団への勧誘を行うことだ。
非魔法民族――ゴブリン、巨人、人狼などに、友好の手を伸べ、ヴォルデモートに取り入れられる前にこちらに引き入れる必要がある。
また、魔法省内の人物を騎士団に入れることは、とても有用である。

四つ目の任務は、にとって思いもよらないものだった。


「さて、君たちには順番で神秘部の前であるものを守って欲しいのじゃ」


神秘部?
そんな名前、会話に出るなんて数年に一度あれば良いくらいだ。


「ヴォルデモートが、今、一番欲しているものが神秘部に保存されている。
 それは、ヴォルデモートの生死の予言じゃ。彼はその一部は知っているが、全貌を知らない。
 その予言には、ハリー・ポッターが深く関わっておる。
 死喰い人は、全精力をかけてそれを奪いにくる。以前、彼らはそれを持ってはいなかったのじゃ」


は、隣に座っているムーディへ視線を向けた。
ムーディはの耳元で低く囁く。


「そのために、わしは、予備用の透明マントも貸し出すことになってしまった」


は、ムーディを不満げな顔で見上げたままだ。


「それは、我々にとって大きな武器である……反対に言えば、向こうにとってもそれは大きな武器じゃ。
 ハリーの護衛と同じくらい、そのことに力をかける必要がある。極秘に進められるこの計画は、死喰い人にとって今行うのに最適じゃ」


予言――は、神秘部に関しては無知だった。
無言者とそれほどに関わったことはない。
それに対して、ダンブルドアはこのことについて博識なのだろう。
ダンブルドアがそう言うのならば確かにことはそうなのだろう、と心の中の冷静な部分が結論を下す。

ダンブルドアは質問がないかと問うた時、扉が開いた。


「おお、セブルス。空いている椅子に座ってくれんか」


遅れて、真っ黒なマントを背負ったセブルス・スネイプが現れた。
部屋にいた全員が、彼へ目を向けた。
その視線は好奇のものもあったし、中には嫌悪のもの――シリウス・ブラックのもの――も含まれていた。

その視線から察するに、セブルスがスパイを行っていることは広く知られているようだった。
セブルスは静かに足を進ませ、手短な椅子に座った。


「それと、付け加えておくべきことがまだあったのを忘れておった」


部屋にいる全員の注目が集まったのを確認し、ダンブルドアは口を開く。


「ハリーには、知る必要のないことは絶対に知らせてはならん。特に、予言のことについてはの。
 それと、騎士団員同士の連絡は、守護霊で行う。その詳しいやり方は後から教授しよう。
 ただし、セブルスからは守護霊で連絡が来ると期待してはならん。死喰い人は守護霊は出すことはないからのう」


死喰い人は、吸魂鬼から身を守る必要はないのだ。
しかし、出さないからといって、出せないのではないということを、は知っていた。
数週間ほど前に、はセブルスの守護霊を目にしていた。















現在の状況とそれぞれの役割を確認し、意見をひとしきり述べ合った後、その場はひとまずの解散となった。
その間、は、大体ムーディの横で口を噤んでいた。
モリーが誰よりも先に席を立ち、遅い夕食の支度を始めようとする。
帰る者は身支度を始め、ざわざわと会話が始まる。





右隣のトンクスが、少女漫画のヒロインのように輝いた目を見せてくる。
は気持ち悪い感覚を覚えた。


「ねえ、セブルスが帰っちゃうよ。久々に会った恋人同士なんでしょ? 向こうに行って、会って来なよ」


左隣のムーディの義眼と本来の目の両方が、に向けられた。
射止められたような感覚に囚われながらも、人目もはばからずにそんなことを言うトンクスをたしなめようとする。
が。


「トンクス、今何て言った?」


はその言葉を発した人物へ、瞬間的に顔を向けた。
……嗚呼、何て運が悪いんだ。
目を真ん丸にさせたシリウス・ブラックがいた。


「俺の耳が聞き間違いしてなければ、と――スネイプが――」

「シリウスの耳、正常だわ」


そう言うトンクスも、トンクスである。
確か、前にこの関係はあまり明るみに出さないようにして欲しい、と言っていたはずだが?

シリウスの隣で、リーマスが口を押さえてクスクスと笑っていた。
が部屋を見渡すと、いつの間にかこの部屋の全員が押し黙り、シリウスとへ目を注いでいた。

そんな間に、セブルスは静かに移動し、ダンブルドアの耳元で低く会話を交わしていた。
部屋の状況など、全くの無視である。

シリウスは間抜けな声を上げた。


「――お前ら、付き合ってるって!?」


ダンブルドアまでが低く笑いを漏らしたのが見えた。
しかし、セブルスは特に反応を見せなかった。

は机に肘をつき、こめかみを揉んで、笑みの形を作った唇をシリウスへ見せた。
シリウスを見据える。


「実はね」


シリウスの喉から奇妙な音が漏れた。
リーマスは、堪えきれず、小さく声を立てて笑い始める。


「リーマス、お前、知っていたのか?」

「当然だよ」


シリウスはうろたえて辺りを見る。
キングズリーはさっきまでのやり取りを、冷静に観察していた。


「キングズリー、お前も……?」

「勿論」


キングズリーはとても澄まして答えた。
トンクスはなにやら嬉しそうだが、ムーディは仏頂面だ。
小さなニュースは部屋中に伝わり、ウィーズリー夫妻も興味深げにとセブルスをちらちらと見比べていた。

目を伏せて溜息を吐いているへ、シリウスは真剣な顔で問う。


「スネイプのどこが良いんだ?」

「貴方には、きっと私が懇切丁寧に話しても分かってもらえないと思うわ」


妥協の欠片もない、きっぱりとした口調では答えた。
その時、の後ろをセブルスが黙って通り過ぎた。
はそれに気づき、急いで立ち上がって、セブルスの後を追う。
声を張り上げる。


「ごめんなさい! こんなことになるとは思ってなくって……トンクスなんかに話しちゃったから……」


バン、と大きく扉は閉まり、二人は厨房の外へ出た。

トンクスは、の最後の言葉に引っ掛かりを感じて少し眉を寄せた。
また、シリウスは二人が出ていた扉を、睨み付けるかのように見ていた。
ダンブルドアは喧騒としたこの場をなだめるかのように、朗らかに言う。


「セブルスとのことはここだけの秘密じゃよ。ホグワーツの教師と闇祓いが密接な関係を持っていると、魔法省に知られたくはない」


もっとも、そんなことをしても今更無駄だと思うのだが――。
ダンブルドアの心中の言葉を知ることが出来る者は、誰もいない。

ダンブルドアは、小さく、扉の向こうを伺い見るかのような態度を取った。
トンクスは立ち上がってドアの方へ歩き、そっとドアの取っ手を握る。
急いでシリウスもそれに続いた。

ムーディは呆れ果てたかのような視線で、その様を見ていた。





「ごめんなさい。セブ――」

「どうしてそんなに謝るんだ?」

「え?」


狭い階段で、先を歩いていたセブルスが足を止めた。
も足を止めて、振り返った彼と視線を合わせる。


「今更、隠し立てをする必要はない。ルシウスにこのことを知られているだろう?」

「……ルシウスがこのことを闇の勢力に広めたって? じゃあ、貴方はどう対応しているの?」

「なんなりと対応できる。闇の帝王には、妙に疑われてはいない。
 むしろ、我輩がお前から何かを聞き出せるかもしれないと言っていた」


はセブルスの目を見つめた。
厨房からの僅かな光だけが光源だった。


「お前には下手な開心術は通用せんことは分かっている」


呆れたように、セブルスは言った。
思わず見つめたセブルスの目から、は恥じ入ったように視線を逸らす。


「しかし、お互いに防衛手段を常に身に付けていることは悪くない」

「……ええ」


セブルスがあえて言ったその言葉は、言外の意味を含んでいることが分かった。
彼の言いたいことは痛いほど分かっていた。

しかし、それよりも……。
マントの中のの手が、ぎゅっと握られた。


「ルシウスにこのことを知られたのも、私のせいだわ。
 ただでさえ大変なのに、また貴方に面倒をかけるような結果になってしまって、本当に申し訳ない――」


頬に感触を感じ、は目を上げる。
間近にセブルスの目があって、胸がどきりと跳ねた。
耳元で声が響く。


「だから、どうしてそんなにお前が謝るのか、我輩には理解が出来ない」

「どうしてって……」


視界が真っ暗になる。
目の前を、セブルスの黒い影が覆う。
光が僅かにしか届かない。

確かに感じる唇の感触と共に、は厨房から覗く人物を確かに認識していた。
数人に、好奇の目で覗かれている。

貴方もそれに気づいているでしょ、とはセブルスの肩を押した。
が、セブルスは動かない。
それどころか、さらにセブルスはの身体を強く拘束した。
この人は――。

は厨房から覗いてくる人々を無視することに決め、目を瞑った。
身体を離そうとセブルスの身体に当てられた手は力を失い、ただ縋るだけのものとなっていく。

お互いの身体を離すと、セブルスは無言でマントを翻し、階段を上っていった。
しかし、は一瞬彼が笑みを漏らすのを確かに見た。
シリウス・ブラックを前にこのような行為を行うことは、彼にとってとても愉快なことらしい。

――セブルス、貴方、こういう人だったのね。


この機会にはっきりと見せつけておきたい、ということなのだろう。
元々、彼はこの関係を隠したいとは決して言っていなかったことを思い出した。

は、視線を厨房へ向けた。
途端、覗き見をしていた人々は頭を引っ込める。

でも、セブルス。
こっちのことも考えてよ。
どんな顔をして私は戻ったら良いの……?

火照った頭が冷めたのを確認してから、肩を下ろし、は階段を下りる。
内心の思いとは裏腹に、の表情はいつもと変わらない堂々としたものだった。
そのまま厨房に戻り、元の椅子にストンと座る。
周りからの視線は多少感じたものの、大したものではない。


「ねえ、


いつの間にかテーブルに準備してあったサラダを目前にし、はフォークを手に取る。


「私、びっくりしちゃった。だって、まさか、があんなこと……」


レタスをフォークに刺す。
そのままの姿勢で、はトンクスへ顔を向ける。


「私のことを何だと思ってたの? それと、覗いたのは貴方の方よ」


トンクスは可愛らしい眉をひそめ、少し頬を染めて黙った。
珍しい反応だ。
はまじまじとトンクスを観察する。

ちらりと視線を前へ向けると、シリウスが何かを酷く思い悩んでいるかのような、深刻な表情をしていた。
いい気味だ。
はフフンと微笑んだ。


「ねえ、


同じ呼びかけに、は今度はフォークをくわえてトンクスへ顔を向ける。


「シリウスの隣の人と、はどうして知り合ったんだっけ?」


突拍子もない質問だ。
はもぐもぐと口を動かして、レタスを飲み込んだ後、唇を開いた。


「二年前、同僚だったの。彼、闇の魔術に対する防衛術の先生をしてて。知らなかったっけ?」


トンクスは曖昧な言葉を漏らした。
らしくない彼女の態度を見つめると、トンクスははっと我に返ったように背筋を伸ばした。


「あ、モリー、私も手伝うよ」


貴方が?
は漏れそうになった言葉を、何とか飲み込んだ。
トンクスは椅子から立ち上がり、モリーが並べようとしていた皿を持ってテーブルへ向かうと、見事にけつまずいた。

皿は全て空に浮いていた。
トンクスは、キングズリーが皿を浮かせて、テーブルの上へ綺麗に並べるのをただ見ていた。










*










「一人の頭に全ての情報を入れたくなさそうね」


人のいないホールを歩く。


「分担作業をさせるわけね。全ての情報を持っているのも、そのピースを操るのも、ダンブルドアだけ」

「わしが言っていた通りだろう。ダンブルドアの秘密主義は徹底している。
 恐らく、ダンブルドアの次に情報を持っているのはわしだろう。己に何かが会った時は、わしに跡を継がせようとしているらしい」


この歳にもなって、迷惑なことだ。
ムーディは唸る。
は、情報を持っているというムーディを見上げる。
その情報は決して私に話されることはないのだろう。


「ダンブルドアは、予言の内容の全貌を知っている、とわしは踏んでいる」

「その予言、っていうのが、私ピンと来ないんだけど……」

「勉強してこい」


頭を小突かれる。
とても懐かしい感覚で、はムーディが闇祓い本部にいた時のことを思い出した。
こうして二人で歩き、会話を交わしている状況も、かつてのあの状況にそっくりだった。


、お前は自分に魔法省の目を惹きつけろ。トンクスとキングズリーとアーサーを守れ」

「……私はもう見放されているのね」

「今更何を言う。省内の、魔法省に反感を持つ者へ、分かりやすい目印になるんだ。
 しかし、魔法省を辞めさせられるような決定的な行動は決して行うな。
 お前は、そのことと、魔法省の情報を探ることだけに専念すれば良い」


は素直に頷いた。


「それは、ダンブルドアの指令?」

「そうだ」

「じゃあ、ダンブルドアに尋ねておいて欲しいことがあるんだけど」


は、考えていた計画をムーディへ話した。
ムーディの魔法の目は、ちらりと厨房へ向けられた。


「……分かった。打診しておこう」

「お願いね。
 それと、私、気になっていることがあるんだけれど、預言者新聞のダンブルドアに対しての中傷について、ダンブルドア本人はどう思っているのかしら?
 ウィゼンガモットの議長職や、マーリン勲章の剥奪なんていう嫌な噂も耳にして……今日、そんな話題は出てこなかったし」

「ダンブルドアは、蛙チョコレートのカードにさえ残っていれば満足らしい」


は吹き出して、なるほどそれがダンブルドアか、と一人呟いた。
扉へ手をかけ、そこへかけられていた鍵を外す。
そのまま外へ出ようとすると、その扉はムーディによって押さえられ、動かない。


「確かめておきたいことがある」


は首を傾げた。
今更、何を確かめたいと言うのだろう?


「騎士団へ入って、後悔していないか?」


端的な言葉だった。
しかし、それを言ったムーディの顔には苦々しいものが含まれていた。


「ダンブルドアの手駒になることに、抵抗は――」


の笑い声がムーディの言葉を遮った。
はもう耐えられないとばかりに、笑いを止められない。


「ねえ。アラスター。私、子供じゃないのよ。自分自身のことは、自分自身で判断出来るわ。
 それに、今までだって、魔法省に言われるがままにやってきたもの」

「しかし、それとこれとは――」

「違う、のよね。食えない、何を考えているのか分からない人がリーダーなのは、確かにちょっと不安をそそるものがあるわね」


はムーディを見据える。


「でも、私は、現実に目を瞑っている魔法省に従う気はないの」


ダンブルドアは老いているとはいえ、数々の前歴があることは事実である。
彼が力強い旗頭であるのは間違いない。

は、心配性な師匠の肩をねぎらうかのように撫でた。
――貴方がダンブルドアを信じ、付いて行くのなら、私もそれに付いて行こう――。
の本心はそうであったが、そんなことを言ったら、この師匠が益々いらぬことを心配し出すのは目に見えている。
だから、はそう言って微笑んだ。

ムーディは小さく頷き、二人で外へ出た。
そして、すぐさま二人別々に姿を晦ませた。



























2009/9/16






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