アズカバンは、イギリスからさらに北の孤島にある。
イギリス魔法省が保持する唯一の刑務所である。

アズカバン全体には、ホグワーツと同様に姿晦まし禁止の魔法がかかっており、収監されている囚人が脱出不可能な魔法が完膚なきまで張り巡らされている。
さらに、それぞれの牢には吸魂鬼――それが長い間側にいると、魔法使いは力を吸い取られてしまう――が配属される。
アズカバンが設立されてからここを脱獄した者は、数えるほどしかいない。

敷地には看守としての吸魂鬼が多数存在しているが、当然魔法省からの魔法使いも務めている。
彼らは魔法の張り巡らされた要塞の中、生活し、囚人を監視し、吸魂鬼の統制をする。














02/アズカバン














アズカバンへ向かう最も一般的な方法は、船である。
イギリスの北部から出航する専用の船は、今日は魔法省大臣を乗せて、アズカバンへと向かっていた。

は窓から外を眺めた。
真っ青だ。
アズカバンへ罪人を輸送する船の仕組みを知らないは、興味深げに外を眺める。
この船がどのようにしてアズカバンへ向かうのか興味があったが、今日はそのようなことに関心を寄せている暇はなかった。

背後のドアの向こうには、コーネリウス・ファッジ魔法省大臣がいる。
この船の中に不審人物がいるとはあまり思えないが、念には念を入れたいのだろう。
なにしろ、魔法警察部隊の隊員ではなくて、闇祓いを側に置きたがるのだから。

数週間前の事件――一般的には、バーテミウス・クラウチJr.による無差別殺人事件だと考えられている――を受け、大臣はアズカバンを視察することに決めた。
クラウチJr.は独自で巧妙にアズカバンを抜け出した、ということになっている。
大臣はアズカバン視察ににおいて、何故か、を側に置いた。

大臣が何故自分を呼び出したのか、それは何となくは分かっていた。
が、吸魂鬼について特別な能力を持っているからだ。
しかし、は腑に落ちない。


……その事件が起こった時、私は確かに大臣に反抗的な態度を取ったのに。
ヴォルデモートに会ったなどとのたまったは、大臣にとって敵対者に他ならない。
大臣は、ヴォルデモートが復活したと主張しているダンブルドアと繋がっている者は出て行け、とはっきりと宣言していた。

しかし、がつい数時間前に見たのは、相も変わらず親しげな様子を見せる大臣の姿だった。
まるで、あの時のことをなかったようにしているようだ。
あの事件の後、すぐに大臣に敵視されるかと思っていたが、今までそのようなことは全く無かった。

能力的に大臣に気に入られているという確証は持っていただが、ここまで何もないと、不信感を持たざるを得ない。


背後のファッジの気配に変化がないかと意識を向けるが、特に変わりはない。
目の前を通り過ぎて行く役人たちを眺め、窓の向こうを眺め、来るべきアズカバンのために精神を集中し始める。
吸魂鬼があそこにいることは特に問題はない。
二年ほど前、彼らに幸福感を分け与えて何とか統制していたことがあったくらいだ。

問題なのは、私の中を流れる血だ。
今から暴れ出す心臓に鞭打ち、頭を過ぎる光景を否定する。





ファッジの後に引き続き船を下りると、目の前に灰色の角張った塔が見えた。
物珍しい光景に注意を向けると、はるか遠くの塔の隙間から石造りの墓石がちらりと見えた。
あれが、アズカバンで死んだ者たちが葬られる墓地なのだろう。

薄い灰色のローブをすっぽりとまとった魔法使いが先導し、アズカバンの敷地内へ足を進める。
その魔法使いの顔は土気色をしており、機械的な言葉を吐くのみで、表情があまりなかった。
道中、地面には草も生えず、見渡す限り土と石しかなかった。
空には鳥も見えず、灰色の空が果てしなく広がっている。

アズカバンの塔から離れた所にある別棟に向かうと、その中は外よりかは多少活気があった。
話し声が彼方から響いて来る。
ファッジを含めて十人にもいかない視察団は、一番奥の部屋に通された。


「お久し振りです、大臣。長い道中だったでしょう? まずはお茶でもいかがですか?」


所長は椅子から立ち上がり、笑みを浮かべて、皆を座るよう促した。
所長は口髭の生えた恰幅の良い魔法使いで、顔には満面の笑みを浮かべている。
そんな所長と対照的に、ファッジは縮こまって小さな愛想笑いを見せた。


「すまないが、私は出来るだけ早く視察を終わらせたいんだ。塔へ入るよう、手配してくれるかね?」

「そうおっしゃるだろうと思ってましたよ」


所長はファッジの周りにいる者たちを見回し、あなた方もそうでしょう、と言う。
彼らも苦笑いをする。
図体の大きな男がそうするのは、少し奇妙なものだった。


「実は、もう側に吸魂鬼を手配しています。皆さんが感じられている寒気はそのせいかと」

「……やはり、吸魂鬼を伴わないといけないのか?」

「あなたが決められた法でしょう? 大臣」


所長はにわかに立ち上がって、奥の扉を開けて歩いて行く。
大臣はその隙を窺って、即座にに耳打ちをした。


「ずっと、私と吸魂鬼の間にいてくれないか? あの事件を受けて、アズカバンは吸魂鬼による警備が強化されているんだ」


は瞬きを一つして、即答する。


「分かりました」





魔法省大臣とアズカバンの所長、その他大臣に付き添ってきた者たち、吸魂鬼一匹の一行は、囚人棟へ向かう。
会話なくその入り口までやって来ると、所長は一行に振り返った。


「これから囚人棟に入ります。私は先頭で皆さんを誘導します。吸魂鬼は最後尾へ回ります。
 現時点、吸魂鬼は私たちに完全に従っているので、あなた方を襲うようなことはありません。
 だから、何があっても、守護霊だけは出さないでください。それが元となって吸魂鬼があなた方を襲っても、私は責任を取れません」


ここ、アズカバンでは、イギリス本土での常識をあまり信用しない方が良いらしい。
外部者である私たちは、行動を自粛するのが道理だ。
そう思っていると、所長の視線はへ向けられた。


「特に、あなた」

「……私ですか?」

「Ms.。あなたは腕に覚えがあるようですが、下手に監獄内で守護霊を出されてはシステムに影響が出てしまいます」

「分かりました」


名前を知られているようだ。
はこそばゆい感覚に襲われる。


「あなたは、最後尾の吸魂鬼の前にいてもらえますか?」


は所長の顔を訝しげに見つめる。
所長はふと笑って、周りへ視線を動かす。


「ここに来て飄々としているのは、あなただけだ」


それと貴方もね。
は心の中で呟いた。















これぞまさに地獄だな。
は一言、そう思った。
吸魂鬼が至る所に配置され、牢内の囚人たちは皆項垂れている。
そして、そこを移動する一行も血の気が失せている。

吸魂鬼が放つ異臭が立ち込め、息をするのが辛かった。
夏の今でも身の凍るような冷気が立ち込めて、鼻を刺激する。
話しかけてこようとする囚人はほとんどいない。

は、グリモールド・プレイスにいるだろうシリウス・ブラックのことを思った。
彼のことを見直した方が良いかもしれない。

一行はしずしずと足を進め、男子塔を抜けた。
はほっとする。

覚えのある気配の者は時々見かけた。
中にはこちらに威嚇をして来た者もいたが、そんなことはどうでも良い。
は、自分と血の繋がりがある肉親の牢の前を通り過ぎなかったことを、神に感謝した。


?」


女子塔に入って初めに声をかけてきたのは、彼女だった。
伸びのあるアルトはひび割れ、掠れていた。
愛称で呼び合う仲だったか?、と一瞬考えたが、考えた後は唇を開く。


「ベラ。ご機嫌はいかが?」


ベラトリックス・レストランジは、以前の秀麗な容姿を失っていた。
ベラトリックスは大臣ではなく、彼女を捕まえた張本人のに声をかけた。


「ここに来てから、一番良い」


は牢の中のベラトリックスを凝視した。
奥で座り込んでいる彼女は、己の左腕を、まるで聖なるものかのように捧げ持っていた。


「それは良かったわ」

「またお前に会えるのを楽しみにしているよ。この牢の外でね」


この鉄格子がなければ、彼女は今にもこちらに襲い掛かってきそうだった。
その衝動を押さえ込んだ彼女の言葉は、冷たい空気によく響く。
牢屋に閉じ込められた獣相手に、は微笑んだ。


「ええ。私も」


背後にいる吸魂鬼からの冷たい空気を感じながら、ベラトリックスが縺れた長い髪の下の目を輝かせるのを見た。
死喰い人たちの多くから恨みを持たれているは、正気を保っている者たちの多くから睨まれていた。
睨まれるのは慣れている。

アズカバンは、最深部に入るほどに警備が強化される。
入り口付近には軽い罪を犯した者の牢が並び、彼らの多くは吸魂鬼に幸福感を奪われ、ぐったりとして己の悲運を嘆いている。
一番警備が強化されている奥では、多くの牢に闇の魔法使いが投獄されている。
今歩いているのはその最深部だ。


は、一番感じたくなかったものを感じてしまった。
とても覚えのある気配が近付いてくる。
きっと、その者がいる牢の前を通るに違いない。

その気配は、とても自分のものに似ていた――それを捕まえてここに閉じ込めたのは、自分だ――。
その瞬間、背後の吸魂鬼に自分の精神が揺らがされていることに気づいた。
目をしかめ、こんこんと泉のように溢れてくる嫌悪感を無視しようと務めるが、そんなことがにできるはずがなかった。

瞼の裏にその姿が見え、は目の前を歩く魔法使いのローブを見つめることに必死になった。
ローブの下に汗をかき、それが冷え、身体がどんどん熱を失っていく。

あの人も、私と同じ能力を持っている。
だって、それは元々あの人のものだったから。
向こうも、私が近付いてくるのを感じているのに違いない。
吸魂鬼なんて、私と同様あの人にとってはそれほどのものではない。

見てはいけない。
そう思う心と同時に、どうしてもそれを見たいと願う正反対の自分がいて、の眼球は揺れ動く。
その牢がちらりと目に見えると、はどうしても正反対の自分に勝つことができなくて、牢の奥を凝視した。


「Mr.ファッジ」


ファッジは呼びかけに応じて、魔女を見つめた。
ボロを身にまとった初老の魔女は、真っ黒な目と真っ黒な髪を持っていた。
その目は力強さと狂気に似た輝きを持っていた……先ほどのベラトリックスと同様に。
黒真珠のような目はファッジの目をまっすぐに見つめ、動くことはない。


「吸魂鬼の前にいるお嬢さんは、どなた?」


黒真珠は黄ばんだ眼球の上を動き、の視線の上でピタリと止まった。


「そういうことは、答えられないよ」

「そうなの? 残念だわ」


ファッジは、その魔女の声の抑揚をどこかで知っているような気がした。
目の前の魔女は、から視線を離そうとしなかった。


「私の娘によく似ていると思ったのよ」


背後に吸魂鬼がいなければ、は歩くことを忘れて立ち尽くしていたに違いない。
背中を押す冷気が、の足を進ませた。

は母親の視線を撥ね退けることができず、その目を凝視し続けた。
牢の前を通り過ぎるのが、永遠の時間に感じられた。
母親の目が見えなくなる場所まで来て、はぎゅっと目を瞑って目を逸らせた。
歩くのに合わせて波打つマントの下で、落ち着かない心臓の辺りに手を当てる。


「やっと来てくれたのね。今度はいつ会いに来てくれる?」

「……!」


の足が止まった。
吸魂鬼と共に、背中に言葉が突き刺さる。


「その前に、私から会いに行くと思うけれど」


背中に吸魂鬼のマントが当たった。
は拳を握って、前へ歩く。
前を歩いていた魔法使いがふとこちらを振り返ったので、はできるだけ平然を装おって表情を揺るめた。
だが、額を流れる脂汗は隠せない。

アズカバンが暗くて良かった。
それに、虚言を朦朧と吐く狂人が多くて良かった。
先ほどの言葉は、きっと大臣一行には妄言の一種だと捉えられているはずだ。

女子塔の視察を終えるまで、は何とか普通の表情と態度を思い出すことに懸命になった。















「顔色が悪いですよ」


最初に通された部屋に戻ると、所長はを見てそう言った。
大臣は別室に所用で向かっている。


「そうですか?」

「チョコレートをどうぞ」


はありがたくそれを受け取った。
あの牢を過ぎてから、の感情は不安定で、吸魂鬼の影響を普段では考えられないくらい受けてしまったらしい。
ソファーに座ってチョコレートを口に含むと、そこから温かさが広がっていく。
しかし、時計の針が止まった心まで、その温かさは届かない。


「あなたは、吸魂鬼に対して特別な能力がある、と聞いていたんですけれど。
 なにしろ、ホグワーツで、あなたは一人でシリウス・ブラックを追おうと躍起になる吸魂鬼を引き止めていたとか」

「そんなことまで知っていらっしゃるんですか?」

「ええ。僕も人より吸魂鬼に耐性があるんですよ。だから、こんな仕事をしている」


大抵の役人は数ヶ月単位で入れ替わっているが、自分はこの島に長い間留まっている、ということを彼は話した。


「でも、そういう人材はなかなかいないんですよね」

「……そうですか」

「あなたが闇祓いになる前に、そうと知っていればなあ」


勧誘を受けているようだが、は渋い顔で紅茶を喉に流した。
ここに務めるのは、いやだ。
あの陰惨な闇祓いの仕事がこれほどまで良い職業に見えるのは、初めてだった。
所長は快活に笑う。


「今日はどうされたんですか?」

「少し、体調が悪くて」


そう言うと、所長は横になることを勧めてくれたが、は丁重に断った。
身体の問題ではないのだ。









*










目の前のファッジは、居心地の良さそうなソファーに座ってぼんやりと窓の外を眺めていた。
側には食べかけの高級チョコレートと、渋めの紅茶の入ったカップがある。
羽ペンの横で書類が散らばっている。
船が動き帰途する低い音が耳の底を刺激する。

――無防備過ぎやしないか?

は、アズカバンへ行く前に心の中に抱いていた疑問が、唸りを上げているのに気づいた。
ダンブルドア側についたと明言したような私を部屋に入れ、さらにこんな状況で二人っきりにするだなんて。
辺りを見渡すも、ドアの外にさえ他に誰かいそうな気配はなかった。

前々から彼に対して思っていたことが胸を突き、衝動に駆られる。
ホグワーツの校長室ではセブルスが止めてくれた。
しかし、ここにはを止めてくれるような人は誰もいなかった。


「大臣。一つ、質問させていただいてよろしいでしょうか?」


ファッジはソファーの上で身をよじらせた。


「なんだい?」

「ヴォルデモートが復活したということについて、今も否定的な意見をお持ちなんでしょうか?」


ヴォルデモート。
その単語でファッジは音を立てるかと思うほどに酷く身を震わせ、恐怖と嫌悪を持った目をへ向けた。
柔らかい背もたれから直立に身を起こし、真ん丸な目をへ寄せる。


「……君は……」


声まで酷く震えていた。
は平然とした表情で、目下のファッジを見下ろす。
言葉が続かないようなので、は淡白に言った。


「私は、数週間前、貴方に私の考えを述べました」


ファッジは、表情を歪めた。


「――あれは、なかったことにしようと思っていたのに。どうして今更むせ返すんだ? 君も、私が忘れた振りをしている方が良いだろう?」

「覚えていらっしゃったんですね。では、どうしてなかったことにしようとなさったんですか?
 私には理解できません。私は、貴方にとって敵対者なんですよ? ダンブルドアのように迫害なさったらどうです?」

「あの時は、君も興奮していた。状況も尋常ではなかった。なかったことにした方が、丸く収まる」

「私は、復活したヴォルデモート卿の姿を確かに見ました。ハリー・ポッターと同じように」


蒼褪めたファッジの顔を見下ろして、は表情を険しくする。


「ハリー・ポッターだけがそう主張するのなら、貴方がそれを否定するのも、理解できなくはありません。
 彼はほんの少年ですから。しかし、その主張をダンブルドアが支持し、貴方がここまでして手放したくない部下も支持しているんです」

「イギリスでは謎の失踪も殺人も起こってはいない!」

「貴方が復活を認めないことを利用して、彼らは魔法省の追随を逃れ、水面下で活動しています。
 あの時、セブルス・スネイプの闇の印を見たでしょう?」


じりじりとファッジはから逃れるよう、後ずさっていた。
はそれに合わせ、彼へ問い詰めるよう足を進める。


「あの印が黒く焼け付いている意味は、ご存知のはずです。導き出される結論は、一つしかありません」


ファッジは反論を返さかった。
怯え丸まった魔法省大臣を眺め、は目を伏せる。


「貴方は分かっているはずなんです。だけれど、それを認めるのがなかなかできないだけなんでしょう?
 でも、この件に関しては、そのような猶予はもうありません。手を下すのが遅ければ遅いほど、手遅れになってしまいます」

「……さっきから君は分かったような口を利くが、私を誰だと思ってそのような口を利いているんだ?」

「魔法省大臣ですよ。イギリス魔法界の命運を握る、大事な役職に就いている人です」


目の奥にあった炎に火がつき、ファッジはを睨み付けた。
顔が見る見るうちに赤くなっていく。
口角泡を飛ばし、真っ赤な顔でファッジは叫んだ。


「――君も、ダンブルドアに魔法省大臣になって欲しいと思っているんだろう!?」

「いいえ。別に」


は小首を傾げた。
真っ赤な顔のまま顔をしかめているファッジに対し、は困ったように眉を下げる。

彼はずっと、誤解している。
ダンブルドアが大臣の席を乗っ取ろうとしているだなんて、そんなわけはないのに。
彼はホグワーツの校長という仕事を何より気に入っている。
彼が、実のない大事を持ち込むことなんて、ありえないのに。


「コーネリウス。そうなって欲しいと私が考えているなら、私はこうして貴方に話していないわ。
 お願い。貴方は一国の魔法使い全員を動かす力を持っているの。ヴォルデモートの復活を認めて欲しいのよ」

「そんなことを認めることはできない。嘘に決まっている」

「どうして嘘だと言うの? 自分の治世中に、荒波を起こしたくないから?」

「!」


ファッジは杖を取り出し、へ向けた。
図星を突かれた衝動でやったことなのだろう、そうした後でファッジは少し躊躇をするような行動を見せた。
魔法使いというものは、感情で杖を振ることが多くあるから困る。


「魔法省にまで死喰い人が入り込んだら、この国は取り返しがつかないことになるわ。貴方の判断が多くの人々を動かすのよ?
 もし復活の証拠が欲しいと言うのなら、私の記憶を貴方に渡しても良いわ」

「捏造に決まっている!」

「コーネリウス!」


ファッジが握っていた杖が飛び、の手中に収まった。
杖を握り締めて、はファッジの目を見つめた。


「貴方がそうするから、私はダンブルドアに従うしか選択はなかったの! ――私の信頼を裏切らないで――!」


左腕の袖を捲り、焦げ付く闇の印を見せてやろうかと思った。
しかし、そんなことをしたら、先ほどまでいたアズカバン送りになるのは目に見えている。
は唇を噛んで、握り締めていた杖をファッジへ返した。
ファッジはそれを受け取ると、マントの中に丸め込んだ。


「大臣という役職の責任を、思い出して」


己の杖を抱くファッジを見る。
は最後にそれを視界に収め、マントを翻して大臣に背を向けた。

これ以上何かを言っても、嫌味にしかならない。
魔法省大臣に嫌味を言ったところで、何か状況が好転するわけでもない。
胸をたぎる熱い思いを押さえ付け、は部屋を出て、その扉を閉めた。

ふうと息を吐く。
――間違いなく、明日には解雇だ。



























2009/10/3






next

top