「大掃除は進んでいるのか? ブラック。貴様にできることはそれくらいしかないだろう」
「ああ、スネイプ。順調に進んでいるよ」
「せいぜい、この屋敷の中でのうのうと過ごしているが良い。我輩は屋敷の外で、大掃除よりも有意義なことを行うがね」
シリウスの額の血管が浮き出た。
06/狼と百合
バタン。
厨房の扉が勢い良く開いた。
「セブ! 来ているのなら、知らせてくれたら良いのに!」
シリウスとセブルス、二人の視線がやって来たへ向けられた。
嫌味の応酬はぱったりと打ち切られた。
シリウスとセブルスが厨房のテーブルを挟んで座っているのを見て、の眉が寄る。
その光景を見下ろして腕を組む。
「貴方は、私といるより、ブラックと話している方が楽しいのね」
「そんな馬鹿なことがあるか」
セブルスは気持ち悪いとばかりに即座に声を上げた。
以前会った切り、顔を合わせることなど数度しかなかったし、会ったとしても会議後二人はそそくさと別れていた。
久々にまともに言葉を交わしたは、何気なくセブルスの隣の椅子に座る。
拗ねた顔で口を開く。
「とても楽しそうに話していたじゃない」
「、それは勘違いにも甚だしい」
は片眉を上げる。
セブルスは、息を吐きつつ言う。
「……すまなかった。ところで」
ところで?
は唐突な話題変換に、ますます眉を上げる。
「今晩、我輩の家に来ないか?」
「――はい?」
シリウス、そして一緒にこの部屋にいたリーマスとトンクスの視線が、この二人に刺さった。
でさえ唐突な言葉を理解するのに時間がかかった。
確か、明日は通常出勤すれば良かった。
首を傾げてセブルスを窺い見ながら答える。
「別に、大丈夫だけれど……急にどうしたの?」
「決まりだな。では、こっちに来い」
「ちょっと、セブ!」
腕を引かれてはセブルスと一緒に厨房を出て行く。
まるで誘拐されるかのようには立ち去り、嵐が過ぎ去るようだった。
残された三人の反応は様々だった。
見せつけるかのようなセブルスの行動に、今まで二人からずっと無視されてきたシリウスは、二人が出て行った扉を凝視していた。
対して、リーマスはやはりあの二人は仲が良いなあ、とニコニコと笑んでいる。
そしてトンクスは……。
「ねえ、リーマス。私、あの二人って案外お似合いだと思うんだ」
「僕もそう思うよ。二年前、あの二人のじれったい馴れ初めを見てきたからね」
「その話、凄く面白そう。あ、ううん、野暮なことは聞きたくないんだけど……どうやってあの関係ができたのかな、って気になるの。
に訊いても答えてくれるわけないしー」
「結構色々あったみたいだよ。隣で見てた僕は妬けたね」
「ってことは――」
トンクスは真っ直ぐにリーマスを見た。
「リーマス、彼女いないの?」
奇妙な沈黙があった。
トンクスは我に返って、慌ててリーマスから視線を外した。
リーマスは、クスクスと止められない純粋な笑みを零していた。
「まあね。実はそうなんだよ」
茶化すようにそう言ったリーマスは、また悶々としているらしいシリウスを眺めた。
の参入により、セブルスとシリウスの関係の緩和は益々難しいものになったようだ。
トンクスはそんなリーマスの様子を、横目でじっと眺めていた。
黒をまとった奇妙な二人の関係は気になるけれど、それ以上に気になるものがある。
マグルの街の外れにある家は暗く、人があまり住んでいないような雰囲気が漂っていた。
この家の主人は一年中ホグワーツに住んでいる。
その地下の薬品倉庫の四方の棚には、そこかしこに薬品の瓶やガラス器具が置かれていた。
地下室に、今、久し振りの煙が立ち昇っている。
「まさかあの後、別室で脱狼薬の作り方の講義をされるとは思っていなかったわ」
「二年前にあれ程手伝った癖に、あまり概要を覚えていなかったな」
「貴方と一緒にしないで。あんな複雑な薬の作り方、覚えていられるわけないじゃない」
脱狼薬の入った鍋をかき回しながら、は答えた。
セブルスは、覚えの悪い生徒を相手しているような風情だった。
長い間放置されていた、空気の蒸せた臭いのする地下室はあまり居心地が良くなかった。
「部屋を変えたのは、リーマスへの配慮だったの? それとも――」
セブルスが差し出した材料を受け取り、はそれを鍋に投入した。
側にある作り方の書いた羊皮紙をちらりと見て、反時計回りに鍋をかき混ぜ始める。
多分、彼があの後部屋を変えたのは、シリウスへの当てつけだとは判断していた。
私を家に呼ぶことを、別に彼の前で言う必要はなかった……。
セブルスは黒のマントを背負い、黙々と作業を行っている。
「脱狼薬を作るのが大変なら、もっと早めに言ってくれたら手伝いに行ったのに。私、貴方より暇があるわよ。過労で倒れられちゃ困るわ」
「お前に会う機会もあまりなかった。それに、お前をあまりここに頻繁に出入りさせるわけにはいかない」
「それはそうだけど……」
セブルスの横顔は青白く、数週間前会った時より彼は痩せている気がした。
はセブルスと目を合わせることなく、目下の鍋を見下ろす。
鍋は不気味に気泡を上げていた。
「魔法省はああいう状況で仕事もそれほど忙しくはないし、これ位のことならまた手伝ってあげられるわ。何かあったら、遠慮なく言ってね」
「では、また来週頼めるか?」
は手を止めずに、セブルスを見上げた。
彼は特に表情を変えずに、少しだけ訝しそうにした。
は嬉しそうににやりと微笑む。
「頻繁に出入りさせるわけにはいかないんじゃないの? 私に会えなくて寂しかった?」
「そういうことではない! ただ……」
「ただ? 何?」
一端の区切りがついたことを確認し、は手を止めた。
セブルスに歩み寄って手を彼の頬に添え、唇の両端を上げる。
それを冷静に見つめるセブルス。
「……寂しかったのはお前の方のようだな。今日は何か期待をしてたのか?」
「ちょっとだけね。でも、疲れてる貴方相手にそんなことは求めてないわよ」
は頬に触れるだけのキスをしてから、目の色を一変させて目下の大鍋に向かった。
勤勉に作業を行ってくれるを見て、セブルスは申し訳のないような気持ちに襲われた。
「――一晩中作業をしているわけではないぞ」
「私も、寝なくちゃ省に行けないわ」
飄々とそう言うは、また先の行程を確認しようと側の机に置いてある羊皮紙を手に取り、目を向ける。
頭の中に行程を入れているを見て、セブルスは歯痒いような気持ちに襲われた。
身軽な黒いマントをまとうは、変わってはいない。
彼女は薄情に、また柔らかい唇を開く。
「一区切りがついたら、本を見せてくれない? 貴方の家、図書館の一角を切り取ってきたみたいな所だもの」
セブルスは、益々歯痒いような気持ちに襲われた。
それに了承の返事を渋々返すも、目の前で悠長に作業を続けているが、じれったくて仕方がない。
は鍋をかき混ぜていた棒を、唐突にセブルスに引ったくられた。
それを目で追うと同時。
「さっさと終わらせる。指示に従え」
セブルスの横顔を見つめる。
彼の視線はまっすぐ下に向けられている。
は安堵したように、言葉を漏らした。
「良かった。貴方も寂しかったのね」
満足げに微笑むが、セブルスはただこちらに指示を飛ばして来るだけだった。
そそくさと指示通りに動きながら、大鍋に向かう彼の横顔を見て、やっぱりこの人はこうでなくてはと思った。
でも、これでは、何をしにここに来たのか分からないな。
はそう思ったものの、まあ良いか、とわざとセブルスを邪魔するように背中に抱きついた。
途端、セブルスから抗議の声が上がったが、それすら気持ちの良いものに思えた。
別に、性的交渉だけを持ちたかったわけじゃない。
*
数日後、ウィーズリー家の子供たちとハーマイオニーがグリモールド・プレイス十二番地にやって来た。
屋敷はとても賑やかになり、彼らが掃除を徐々に進めてくれて、屋敷全体の雰囲気は少しずつ良くなっていった。
は、ある日の会議後、偶然、ダンブルドアがロンとハーマイオニーと話しているのを見かけた。
いつも会議が終わればすぐさま帰っていくダンブルドアだが、今日ばかりはここにまだ足を留めていた。
ハリーに何も情報を与えるな、とでも言っているのかもしれない。
三人を包む雰囲気はあまり和やかではなかった。
ハーマイオニーがダンブルドアに反論するのを視界に収めながら、は素通りする。
視界の先にいるのは……。
「フレッド、ジョージ。久し振りね」
彼らはこちらを見て、一瞬だけ少し狼狽した。
が、次の瞬間、何事もなかったかのように笑みを浮かべ話しかけてくる。
「やあ、。さっきまで――」
「会議を傍受しようとしていたのね? うまくいったの?」
ニッコリ微笑んだ。
フレッドとジョージは顔を見合わせ、苦笑した。
そんな二人の様子を見て、はマントの下で腕を組んで快活に笑う。
「ま、加減さえ気をつけてくれれば良いのよ。私には、貴方たちの行動をそんなに止める義務は……」
「あります!」
憤怒に満ちた声が、の背後から放たれた。
目の前のフレッドとジョージが目を真ん丸にして、の後ろを見つめている。
は快活な表情を一変させ、ゆっくりと首を回すと、そこには鬼の形相の彼らの母親がいた。
モリーは不穏なムードを身にまとって、半ばを睨み付けながら口を開いた。
「? あなた、どういうつもりなの? この子たちが聞き耳を立てていたというのは、本当?」
「えっと……扉の外で彼らがうろついていたのを感じてたんだけど……」
「フレッド! ジョージ! おまえたちは、私が前に言ったことを覚えていないの!?」
双子を叱り始めたモリーを良いことに、はそそくさとその場から立ち去ろうとする。
「! あなたもあなたです! そんな中途半端な態度では、益々子供たちの態度の助長をするだけよ!」
の足が止まる。
ゆっくりと彼女の方を見る。
その表情を眺めると、こう言うしかなかった。
「……はい、ごめんなさい……」
にやにやとした双子からの視線を感じる。
通り過ぎて行く周りの魔法使いから、不審そうな視線を向けられていた。
いい歳にもなって恥ずかしい。
は、こちらを叱ってくるモリーの様子を窺う。
自分がパーシーを脅して情報を得ているということを彼女が知ったら、一体彼女はどのような反応をするだろうかと考えた。
*
「随分と、仲良くしているみたいじゃないか」
セブルスは、落ち着いた声色が面白がるように揺れているのを耳にし、目の前で幽霊のように唐突に現れた人物を目に留めた。
薄暗い中、その人の肌は真っ白に見えた。
腰まで伸びる金糸は、鈍く光を放っている。
「なあ、セブルス。一週間ごとに家に呼ぶだなんて、随分な入れ込みようだ」
言葉とは反対に、彼女は楽しげな笑みを浮かべていた。
は壁に背もたれし、セブルスの前に立ちふさがっている。
彼女はじっとセブルスの目を見つめていた。
「と仲が良いのは、見ていて微笑ましいよ」
「――あなたが見張っていたんですね。まさか、手放しにされているとは思ってもいませんでしたが」
「卿は、お前を信頼して良いと判断はしていたが、さすがに手放しでお前を放っておくわけにはいかない。私が見守っておいてあげたよ」
「それは光栄です。わざわざあなたに目をかけていただくだなんて」
そのままセブルスは立ち去ろうとしたが、はさりげない仕草でそれを許さなかった。
あまり自分と一緒にいたくないらしいセブルスを、は楽しげに観察していた。
は目を細め、視界に入るセブルスの全身を眺め、セブルスの目を射抜くように見つめた。
「……ところで、セブルス。お前は本当にに入れ込んでいるのか?」
「そうでなかったら、どうしてこの関係をまだ続けていましょう?」
セブルスは当然かのように言うが、はまだ納得がいかないようだった。
「騎士団の情報を探るためかもしれない」
「彼女から簡単に情報を得られると思ったら大間違いですよ、。あの魔女のことは知っているでしょう?」
「だから、お前の開心術の腕があればそれも可能かと思うのだが」
「彼女は、それができる状況に容易に持ち込ませはしません。杖を構えての立ち合いは彼女のほうが上手です」
セブルスの返答には肯定も否定もせずに、まだ彼の目を見続けていた。
まるで、彼の秘密がそこに隠されていると思っているかのように。
セブルスは目を伏せた。
「通していただけませんか?」
「そうだったな」
淡々とそう述べたは、そそくさと道を開けた。
セブルスは、が視界に入る場所から遠ざかるため、急いで足を進める。
彼女の視界の中から逃げたかった。
今この時も背中にの視線を感じていた。
よく壁に反響する声が背後から聞こえた。
声に温もりはない。
「リリー・ポッターのこと、私は覚えているのだが」
セブルスの足が床を掠った。
「今はに乗り換えた、ということか」
まるで呆れているかのような口調で、は言った。
咄嗟にセブルスは振り返って、を睨み付けた。
「あの人は死にました」
「――ああ、と恋仲になったって、「乗り換える」ということではない、と言いたいのか」
セブルスが初めて見せた攻撃的な目をしげしげと眺める。
「それはすまないな。それでは、のこと、大切にしてやってくれ。報告ご苦労だった」
あなたは彼女の何なんだ、と聞きたくなるような物言いだったが、セブルスはそれ以上何も言わずに背を向けた。
それから、咄嗟にあのような行動を取ってしまったことに自責の念を覚えた。
はにやにやとそれを見つめる。
やはり、彼をからかうのはとても面白い。
2009/11/22
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