呼び鈴が鳴った。
扉を開くと、そこにはスーツを着込んだ女性が笑みを浮かべて立っていた。
また訪問販売か、と忌々しく思って適当にその女性をあしらおうとすると、彼女は思いもがけないことを話し出した。
08/ダーズリー家
「初めまして、Mr.ダーズリー。私はこういう者です」
は身分証を取り出し、見せた。
目の前でバーノン・ダーズリーが表情を凍らせた。
その形がマグルの世界の警察手帳に似ていることを承知しているは、それの違いを見せ付けるように持つ。
「英国魔法省魔法法執行部、闇祓い本部に勤めています。二年前、ハリーの教師を勤めました。・です」
慣れた愛想笑いを見せる。
やはり、バーノン・ダーズリーはこちらに対して何のアクションも起こさない。
彼らに対する魔法使いたちの評判は耳に及んでいたので、そのことに対しては不思議がることはなかった。
「つまり、魔法省で警察のような仕事をしているんです。
今回は、そのこととは関係なく、少しお話させていただきたいことがあって参りました。よろしければ、お宅へ入らせていただけますか?」
バーノン・ダーズリーは目の前の女性を見つめていた。
見た目は、まったくもって「まとも」だった。
そして、その口調、見せる態度も「まとも」だ。
しかし、その話す内容だけが奇妙なものだった。
今まで奇妙奇天烈な様子のあれらを見てきたから、彼女が言うように彼女もあれらの仲間だということが、なかなか信じることができなかった。
マグルと寸分変わらずスーツをきっちりと着込んだは、彼をどうやらとても驚かせてしまったらしいことに困った。
彼らにとってのきちんとした服を着て来たのが、少し悪い方向に向かってしまったらしい。
「あの、よろしいですか? 奥様にもお話したいことがあるので……」
「あー……どうぞ」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げ、は戸惑い気味にこちらをまだ見ているバーノン・ダーズリーの横を通り過ぎ、ダーズリー家に足を進める。
真っ白な壁、整頓された家の中には感心する。
何て綺麗好きなのだろう。
物珍しいものが至る所にあって興味を持ったが、それを胸に仕舞いこんだ。
「どちらへ向かえば良いでしょうか?」
彼は、まだこちらを警戒しながらも案内してくれた。
気持ちの良いソファーに一人で座らされ、目の前に湯気の立つカップが用意された。
目の前に、ダーズリー一家が並んで座っている。
三人とも、こちらを警戒し、半ば怯えているような風情があった。
アーサーは一年前に彼らと会ったことがあるらしく、その時の話を聞いたのだが、アーサーは彼らに魔法使いを恐れさせるようなことをしてしまったらしい。
それに、この前の吸魂鬼の事件だ。
ダーズリー家の長男もその被害に会った、ということは耳に及んでいた。
はできるだけこちらに恐怖心を抱かせるようなことをしないよう、心を尽くす。
「突然の訪問に関わらず、お心遣いありがとうございます。私は貴方がたに謝罪したくて、ここに来ました」
バーノン・ダーズリーは、内心まだ彼女が今からさっきのは冗談だったと言うのを期待していた。
「息子さんに吸魂鬼の被害が及んだことについて、申し訳なく思っています。今はもう大丈夫でしょうか? まだ具合が悪いのなら、私でも少し対処ができますが……」
「その件に関しては、もう関わらないでくれ」
「分かりました」
見たところ、彼らの息子はとても健康そうに見えた。
むしろもう少し栄養を与えない方が良さそうで、これなら安心だとは安堵した。
ハリーがうまく対処してくれたのか、状態は良さそうだ。
「それともう一つ、ハリーが突然消えたことについてです。今、私たちがハリーを保護しています。心配されているでしょうが――」
「……あれは、お前たちの仕業なのか?」
バーノン・ダーズリーは、初めて明様にに敵意を表した。
憎しみの籠もった視線が刺さるようだ。
は、ここに来るきっかけとなった出来事を思い出した。
ふいにトンクスに、どうやってハリーを救出したのか、マグルたちもそこにいただろう、と問うと、信じられない答えが返ってきたのだ。
「――全英郊外芝生手入れコンテストの手紙は、私の部下が勝手に貴方がたに送ったものです。本当に申し訳ありませんでした。
これを送付すれば、貴方がたがこの家から出て行くだろうと思っていたらしいのです」
「実際にそうなったというわけか」
「はい。何か、別の手段にすべきでした。貴方がたを騙したことについて、謝罪申し上げます」
アーサーが人生をかけてマグルと友好関係を結ぼうとしているのに、このような手段は好ましくないだろう。
明らかにこちらに作為がある。
相手が対等な存在である限り、一定の尊敬をもって何事も行うべきだ。
騙すだなんてことはあってはならない。
ダーズリー一家の内、その息子と妻はに何も喋ろうとしなかった。
怯えて夫の背中に隠れているばかりだ。
向こうから何かを言われるまで、は頭を下げていた。
少なくとも、向こうが魔法使いに対して好意を全く持っていないらしいことは、知っていたからだ。
この件でますます不信感を募らせただろう。
「……あなたは、どこから使わされたんだ?」
「アルバス・ダンブルドアからです。ご存知ですか?」
バーノン・ダーズリーの後ろにいた妻の顔が蒼褪めたのを確かには見たが、問い正すことはしなかった。
「魔法使いは、非魔法民族と友好な関係を築くよう、努力しています。ダンブルドアはその先駆者です」
「……そんなことをしているとは、思ってもみなかった」
「それに反対している魔法使いがいることも、事実です。そのような者が貴方がたに嫌がらせを行うのを、魔法省は防いでいます」
アーサー・ウィーズリーの例をあげても良かったのだが、彼の例をあげても嫌なことを思い出させるばかりだと思った。
「こんなことを、あんな目に遭われた貴方がたに言うのも難だと思うのですが、魔法使いに対する警戒を少し解いて欲しいのです。
確かに、ろくでもない魔法使いがいるのは事実ですが、中にはまともな魔法使いもいます」
バーノン・ダーズリーは、急にを凝視し始めた。
が、少なくとも杖を振って魔法をかけるようなことはしないと、判断したようだ。
「その代表が自分だと言いたいのか」
「そう判断してくださったのは、とても嬉しいです」
は素直に微笑んだ。
頭の中に、アーサーが言っていた言葉があった。
あのマグル贔屓と呼ばれるアーサーさえ、ダーズリー一家のことに関しては、少し閉口していた。
その性質はあまり良くなく、前時代的な言葉で言えば、「とても頭の固いマグルの中のマグル」であるらしい。
確かに、こちらに一家が向ける視線から考えるとそうだと判断もできるが、こちらに負い目がある以上、偉そうにそれを指摘するわけにもいかない。
しかし、一つ、ダンブルドアから頼まれたことを果たさねばならなかった。
ダンブルドアですら、この一家のことについて、あまり良いことを話さなかった。
「ハリーは真っ当な魔法使いの一人です。まだ未成年ですが、息子さんを助けたのも彼の功績ですよ。警戒を解いてはいただけませんか?」
ハリーの名前が出ると、バーノン・ダーズリーは表情を変えた。
嫌い、憎しみをもった人物の名前を聞いたかのようだった。
この家でのハリーの扱いの予想が、なんとなくついた。
「血の繋がった甥子さんです。少なくとも、対等な扱いをしてもらえませんか?」
以前会った時のハリーの痩せ方は、尋常なものではなかった。
魔法界では英雄と崇められる彼が、この家ではそんなことになっているだなんて、思ってもみなかった。
夫に隠れるようにしている妻へ、顔を向ける。
「奥様も、よろしいですか?」
何も答えない。
なるほど、対等な扱いをしていないらしい。
虐待の現場を確かにこの目に見たようで、の微笑が少し緩んだ。
「ダンブルドアからの伝言です。二度と、ハリーを家から放り出すようなことをしないで欲しい、とのことです」
やはり、何も答えない。
むしろ、ますますこちらを苦い感情の入り混じった目で、睨み付けるばかりだ。
このマグルたちは――。
マグル、魔法使いに関わらず、はダンブルドアがどうしてあそこまでのことを口走ったのか、分かったような気がした。
これ以上何かを言っても無駄である。
できればやりたくなかった次の手段へ、手を伸ばさなければならない。
はふと立ち上がると、まとっていた衣服がマントとローブに変化した。
腰から杖を取り出して、見せびらかすように持つ。
「今までの私の言葉を、心に刻んでいただけたでしょうか? 私は、これを使うようなことをしたくないんですよ。
私の仲間たちも、同じ気持ちでいます。ハリーはまた次の夏に帰ってきます。その時、貴方がたがまた同じようなことを繰り返していたとしたら……」
もう片方の手で杖を撫でた。
「武力行使も厭わないかもしれません」
「警察に突き出すぞ!」
バーノン・ダーズリーは吼えた。
は溜息を吐く。
「だから、私たちもそのようなことをしたくないのです。ご理解いただけますか?
お互い穏便に済ませましょう。難しいことは何も頼んでないのですから」
「やはり、お前たちはろくでもない! わしはそんな脅迫には屈さんぞ!」
「ろくでもないのはどちらですか? Mr.ダーズリー」
救いようがないと思った。
この杖がなければ、今にでも彼はこちらに襲い掛かってくるだろう。
とりあえず務めは果たしたと、は思う。
これ以上何か言っても、どうにかなるとは思えなかった。
早くこの場から立ち去りたい。
「私はこれで失礼します。ダンブルドアからの伝言は伝えました。お心遣い、ありがとうございました」
「勝手に人の家に入り込んで、勝手に出て行くのか! 礼儀知らずこの上ない!」
「ご不快にさせて、申し訳ありませんでした」
そう言って、姿晦ましでの姿はかき消えた。
ダーズリー一家はまるで夢を見ていたかのように、取り残された。
*
いつも通り立ち去ろうとする彼のマントを掴んだ。
騎士団員がぞろぞろと玄関に向かう中、彼は立ち止まって眉を寄せた。
「どうした?」
「ねえ、貴方もたまには食事して帰らない? 帰ってもろくなもの食べてないんでしょ?」
「……遠慮させていただく」
「どうしてよ? いつも貴方、そう言って帰っちゃうじゃない」
「あいつらと食卓を囲むだなんて、耐えられん」
「私と一緒でも嫌なの?」
そう言って、は甘えるようにマントを引っ張った。
そういうことをするはとても珍しくて、セブルスは少し心が惹かれる。
「私といたくないの?」
まるで恋愛小説の中の一言を取ってきたようなの言葉は、また疎遠になっていたことも相まって、セブルスの心を覆させた。
仕方がないと厨房に足を踏み出すセブルスを見て、は企みが成功したと心の中でガッツポーズを取る。
どんどんやつれていく彼に、まともなものを食べさせたいのだ。
その日の厨房は、奇妙な雰囲気に包まれた。
の両脇にセブルスとムーディが座り、は気遣ってセブルスに話しかけようとするが、明様にムーディはセブルスに敵視のオーラを放っていた。
がセブルスに顔を向けないよう、執拗にに構う。
その場の全員が、その気まずい雰囲気を共有し、食べ物が喉を通りにくい。
ムーディがセブルスを嫌っていることは、明白だった。
気まずい夕食が続いていると、ふいにセブルスは立ち上がった。
はセブルスが立ち上がる前に、彼へ視線を向けていた。
「失礼」
セブルスが立ち上がった次の瞬間、も彼を追うように席を外し、厨房から出て行く。
厨房の扉が閉まり、やっと皆一息吐いた。
ムーディだけは、扉の先をじっと見ている。
狭い通路を抜け、ホールに出ると、またはセブルスのマントを掴んだ。
妙な癖がついてしまったようだと、セブルスは溜息を吐いた。
「相変わらず、闇の帝王の嫌がらせは続いているようだな」
「貴方からの痛み止めは重宝しているわ」
「死喰い人以外で、その熱さを知るものはお前しかいないだろうな」
「行くのね」
真っ直ぐに捉えるの視線は、確かに閉心術の施されたものだった。
セブルスは真っ向にそれを見据える。
「ああ」
「気を付けて」
誰もいない真っ暗なホールに、囁くような二人の声だけが響いている。
セブルスは、今も熱く焼け付く左腕を擦る。
二人で静かに玄関まで足を進めると、触れるだけの口付けをする。
セブルスは扉を通って、外へと出て行った。
姿を晦ます彼を確かめてから、屋敷の中へ戻って、もう一度扉に魔法をかけた。
それから、厨房のある方へ視線を向ける。
「キング」
キングズリーは笑みを浮かべた。
は、彼のいる所まで足を進める。
厨房に通じる通路の前の、灯りが点っている場所だ。
キングズリーの顔の半分が、オレンジ色に灯されている。
「やっと、みんな、食事をまともに飲み込み始めたよ。子供たちなんか、セブルスがいるだけでとても居心地が悪そうだった」
「そうだったの? それは悪いことをしたわ」
は、ムーディとセブルスの間のとりなしで精一杯だったのだろう。
驚いたようにそう言った。
ムーディとセブルスの間の確執を知っている大人たちは、子供たち以上の気まずさだったことに、彼女は気付いているだろうか。
「話したいことがある」
「何かしら」
は、このことを前もって予想していたようだった。
「魔法省の情報の元は、パーシー・ウィーズリーか?」
はじっとキングズリーの顔を見つめてから、くしゃりと笑った。
「さすがね。どうして分かったの?」
「あれほど大臣に近い情報を手に入れるなど、通常の方法では不可能だ。大臣に近い者から聞き出した、と想定するのが一番しっくりくる。
パーシー・ウィーズリーは大臣室の中で、最も声をかけやすい存在だ。私の予想は当たっていたようだな」
「そういう噂を聞きつけたというわけじゃなくて、安心したわ」
ほっと肩を撫で下ろした。
キングズリーは、そういうを少し怖い顔をして見下ろす。
「アーサーとモリーに何て言ったら良いんだ? 息子を脅迫していると言えば良いのか?」
「何も言わなくて良いわ。ダンブルドアには、アラスターを通して了解を取ってる。勝手な行動をしているわけじゃないわ」
「それを聞いて少し安心したよ。しかし、、スクリムジョールにこのことが完全に漏れていることは言うまでもなく――」
「彼が、大臣に完全服従する人じゃなくって、本当に良かったわよね」
「茶化するんじゃない」
微笑みながら言うに対し、溜息を吐く。
ことの深刻さを理解していないわけはないだろうが、考えなしにやっているわけではないだろうが、はあまりにも無謀だ。
思い切りが良すぎる。
「君が魔法省にもう執着していないことは分かっているが、余計な嫌疑をかけられる合理性は感じられない」
「アメリアとは良い関係を築いているわ。大臣については、言わずもがなだけれど。
キング、今更、嫌疑に余計もへったくれもないわ。私はもう、大臣に言いたいことをはっきり言っちゃったんだから」
「……それで、今も魔法省にデスクを持つ君が考えられない」
「私もそう思っているわ」
気楽な顔をして言う。
本当に彼女にとって、今や魔法省は何の意味を持たないことを実感した。
彼女にとっての魔法省の存在意義は、情報を手に入れるための手段だろうか。
パーシーを脅迫しているの姿は、想像し易かった。
それにしても、大臣のの気に入り方には驚かされる……むしろ、それも策略の一つなのだろうか、どうなのだろう。
「お願い。アーサーとモリーには何も言わないで」
のお願いに反する行動を取ることは、ダンブルドアの意思にそぐわないのだろうな、とキングズリーは思う。
――仲間の親類を脅すことまでしなくてはならないらしい。
まあそれも当然だろうと、軽く受け流す。
「分かった。それにしても、彼は大変だな。食事中に呼び出されるだなんて」
キングズリーは、何もかも分かっているらしい。
は曖昧な笑みをした。
「彼が羨ましいよ」
「え?」
ぽつりとそう口走ったキングズリーは、目線を玄関の扉の向こうに向けていた。
「そういう時、何もかもを分かって見送ってくれる人がいるだなんて」
「……そうかしら」
「私はそう思う」
キングズリーはふと微笑んでを見下ろし、その肩を叩いてからに背を向け、厨房へ戻って行った。
は少し難しい顔をして、本当にあの行為はセブルスの助けになったのだろうか、と考える。
私は私の伝えたいことを伝えただけなのだ。
考えても答えは出ず、は厨房へ戻った。
そこには、いつものように和気藹々とした食卓があって、キングズリーの先ほどの言葉は間違いがなかったようだと感じた。
2010/1/6
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