10/懲戒尋問の日
「不死鳥の騎士団はどうだね?」
アメリア・ボーンズはから受け取った書類を捲りながら、何気ない雑談を始めるかのようにそう言った。
は、彼女がしたのと同様に雑談のように返答して良いのか、一瞬迷ってしまった。
迷った挙句、は小さく微笑むことにした。
「魔法省よりかは有用な活動をしています」
「だが、良いスタートを切れているわけではない、ということか」
「そんなに事は上手く運びません。魔法省との兼ね合いが、主な懸案事項です」
「最近の魔法省のダンブルドアの対応には、私も懸念を示さずにはいられない。ファッジは狂ったのではないか、と思うね」
アメリアは書類からふと目線を上げて、の全身を見据えた。
はそのさりげない目線から蛇に睨まれたような感覚を覚えて、笑みを浮かべていた唇を引き攣らせた。
案の定、次の言葉は、何でもないような口調とは対照的に、言葉の意味は鋭いものだった。
「。君も、狂ってはいないか?」
「……私は以前から変わっていません」
アメリアは顔を動かさず、も笑みを浮かべた表情を変えはしなかった。
アメリアはその言葉を聞き終えると視線を書類の方へ向けて、淀みなく言葉を吐き続けた。
手先は書類を捲る。
「ムーディの手先になり、トンクス、キングズリーを引き込んだ罪は重いぞ。アーサー・ウィーズリーは以前からそうだったが」
「彼らは自ら入り込んできました」
「君が旗頭になったのだろう?」
は目を少し伏せたが、耽々とした口調を変えはしなかった。
「……否定はしません」
「ご苦労。書類は受託した」
アメリアは分厚い書類を揃え、封筒へ入れる。
彼女の薄い唇はまだまだに言いたいことを湛えていたようだった。
「ルーファスが君らを訴え出さないのは、何故だと言っていた?」
「私たちが追い出されて良いほど、闇祓い本部に人材は足りているわけではない、と」
「なるほど。それと、ファッジは君のことをあくまでも気に入っているようだ。君のお陰で、トンクスとキングズリーは雲隠れしているわけだ」
「はい」
杖が空に筋を描くと、書類は側の棚へと飛んで行き、似たような封筒が納まっている段に大人しく収まった。
杖をデスクの上に置くと、アメリアは両目で真っ直ぐにを見つめた。
彼女の弧を描いている眉が動き、ようやく眉間に皺が寄った。
このような会話は決して現在のこの魔法省内で行うべきものではないことは、互いに万も承知であった。
「その様子だと、自重する気は全くないようだ」
「私が自重することで、何か良いことはありますか?」
「――魔法省に全く未練はないようだな」
「現在の魔法省の体たらくさを見ていたら、当然の感覚ではないでしょうか」
アメリアは強い視線を初めて緩めて、彼女にしては珍しい表情をした。
聞き分けの聞かない姪を説得するかのような表情に、憂いを加えたようなものだった。
「私から見ると、君は性急過ぎる。魔法省という組織の力は良くも悪くも知っているだろう?
君は立場も既に得ている。来るべき時に、それを利用しようとは思わないのか?」
「私は、闇の勢力を叩くのは早ければ早いほど良いと考えています。悠長に構えることはできません。
それが、本来の「闇祓い」の在り方ではないでしょうか? それに、私は、省内に貴方のような責任はありません」
の断固とした表情を浮かべる顔をじっと見つめたアメリアは、小さく息を吐くと、表情をいつもの毅然としたものへ戻した。
話しても無駄らしい。
これでも、彼女との付き合いは短くはないのだ。
「私は、ここで私の果たすべき役割を果たす所存だ。それだけは君に言っておく」
「お願いします」
「今更、君に、「無茶をして死ぬな」と言っても無駄なようだな。それと比べたら、魔法省のことなど、屁にもならないか」
「そうですね」
は再度笑顔を見せた。
恐らく、彼女は自分の下にいるよりも、彼女のしたいようにさせる方が良いのだと、アメリアは己に言い聞かせた。
なにしろ、あのムーディの弟子なのだから、外野が何を言っても聞く耳を持たないだろう。
有用な部下をみすみす手放すはめになることは目に見えているが、彼女の行動を制限することは物理的にできない。
彼女にとっては、その場所が魔法省であっても不死鳥の騎士団であっても、行っている仕事に違いはないのだろう。
彼女は彼女のただ一つの意思に基づき、自らの権力保持や保身などに目をくれず、行動しているのだ。
アラスター・ムーディと同じだ。
「――一つだけ訊いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「どうして、君たち師弟はそのように君たちの仕事に対して外野を気にせず、真摯でいられるんだ?」
は一瞬驚いたように目を少し見開いたが、目の前の普段は見せない弱気を孕んだ様子の部長相手に、にやりと笑った。
「そっくりそのまま、お言葉をお返ししますよ」
「……ありがとう、と言っておくことにしよう」
はぐらかされて、アメリアは一息吐いた。
訊いたことが間違いだったと思い知った。
「君に何を言っても、焼け石に水だったことを思い出した。せめて、キングズリーとトンクスだけは守ってやってくれ。
君は好きなようにするが良い。言いたかったことは以上だ。私はこれから外出する。退出してくれ」
「……え」
は小さく声を出して、少しだけ首を傾げた。
「何か問題でも?」
不可解なの言動に、アメリアは尋ねる。
は訝しげな表情をしていた。
「……ハリー・ポッターの懲戒尋問が、この部屋でもう少し後に行われるのではないのですか?」
「懲戒尋問? それはウィゼンガモットで十号法廷で八時から開かれると連絡はなかったのか?」
「――ウィゼンガモット――!?」
予想外の反応を示したに、今度はアメリアが訝しく思った。
「今朝、ふくろうが送られていなかったか?」
「まさか、ウィゼンガモットなんて……ふくろうを受け取ったなんて……私は――失礼します」
はアメリアに背を向け、あっという間に踵を返して部屋から出て行った。
マントから風が巻き起こり、側にあった書類が音を立てた。
の言っていたことがダンブルドア側の認識だとすると、魔法省は――アメリアは眉間に刻まれた皺を揉んだ。
ファッジならしそうなことであると思う己の意識すらに、嫌気がした。
――しかし、そうであったとしても、私は私の果たすべき責任を負い、法と正義の名の下に司法を遂行するまでだ。
・が魔法省に反旗を翻したとしても、その責任は私の元に帰属するだろう。
彼女が仕事をしやすい環境を整えることのできなかった己を恥じた。
しかし、この私は「魔法省」を見捨ててはいないし、見捨てることなどあってはならない。
例え、魔法省大臣がそれを見捨てたとしても。
「アーサー」
アーサー・ウィーズリーはマグル製品不正使用取締局への道をハリーと進んでいた時、聞き慣れた声を聞いた。
後ろを振り返ると、いつにもなく額に汗をかき焦りの表情を見せているがいた。
さらに、先ほどの声に酷い焦燥が含まれているのを感じ、アーサーの胸はざわついた。
間髪を入れず、は周りへ漏らさないように低い声色で口を開いた。
「アメリアから聞いたわ。懲戒尋問は十号法廷で八時。ウィゼンガモットよ」
「ウィゼン――!?」
「ハリーを早く連れて行って」
「分かった」
訳が分からなさそうにしているハリーの手を引き、アーサーはすぐさまに駆け出した。
少しだけ安堵した心中を抱え、は汗を拭く。
しかし、まだ探し人は残っている。
ハリーの弁護人のダンブルドアを探さねばならない。
きっと、そちらにも同様に連絡は伝わっていないだろう。
ダンブルドアが魔法省にいれば良いのだが……守護霊を使うのは、ダンブルドアが魔法省にいる万一の場合のことを考えて、止めておくことにした。
は、ダンブルドアの気配を探し、また駆け出した。
アトリウムに、その人と間違いない姿を発見した。
アルバス・ダンブルドアを人間違いをするわけがない。
現在の話題の人物であるダンブルドアは、人の波の間をすいすいと渡り、弛みなく歩いていた。
その姿に近付こうと足を進めると、恐らくこちらに気づいたのだろう、ダンブルドア本人もの方向へ近寄ってきた。
それを確認すると、は人気のない階段の方へ足を進める。
ダンブルドアは驚くほど早くに追いついた。
「懲戒尋問は、ウィゼンガモットで十号法廷、八時からです。アメリア・ボーンズから聞きました」
「間違いはないかの?」
「はい」
「感謝する。、君はここまでで良い」
ダンブルドアは静かにそう言葉を紡ぐと、あっという間にその場から立ち去って行った。
ダンブルドアの背中が見えなくなると、は大きく息を吐いて、壁にもたれ掛かった。
懐中電灯で時間を確認する。
――なんとか間に合いそうだ。
そわそわとしてしまって仕事も手に付かず、そろそろ尋問も終るのではないかという時間に、法廷へ向かうことにした。
十号法廷など、あまり使われると聞いたことがなかった。
あの法廷が使われていたのは、恐らく以前のヴォルデモート恐慌時代真っ只中の時くらいだっただろう。
それにしても、ウィゼンガモットがこのような未成年者の魔法使用の件を裁くとは――度し難い。
さらに、十号法廷ということは、大法廷が召集された可能性がある……法律はどこへいったのだ?
地下九階の廊下へ降りて階段へ向かって足を進めていると、この場所で目を留めるには珍しい人物がそこにいた。
「このような場所で何をしていらっしゃるの?」
「その言葉をそのままお返ししよう」
「……貴方も、ハリー・ポッターのことがとても気にかかっておられるのね」
その人物は、そのままがさり気なく言葉をかけて法廷へ向かうには、存在感が強かった。
「以前、私を庇って下さった時の傷は、完治しましたか?」
は嫌味ったらしくなく、にっこりと微笑んでそう述べた。
ルシウスは表情を顰めることなく、冷たい目のままに唇に小さな笑みさえ浮かべた。
「セブルスから、「君が私に感謝している」との言葉を伝言されたよ。ご心配なく、傷は完治した」
「その代わりに、私と彼の関係を闇の帝王へ伝えたわけですね」
「私が言わずとも、誰かが伝えただろう」
ルシウス・マルフォイは魔法省に入り浸っていると聞く。
大臣や高官相手に、彼のとても得意な領域で、死喰い人としての活動を行っているのだろう。
去年まで顔を会わせてぽんぽんと他愛のない会話を交わしていた時と、状況は様変わりしていた。
あの時はお互いの共通の認識を介在して、壁のない会話を交わしていた。
「ハリーが有罪になるわけはありませんよ。退学にはならないわ、魔法省が自らの法を執行する限りね」
「魔法省は変わりつつある。知っているだろう?」
「――ええ、そちらの都合の良いようにね。今日もそのためにここにいらっしゃったのでしょう?」
これまでと変わりのないの嫌味を含んだ言葉を耳にして、ルシウスは目を細めて彼女を見下ろした。
面白がるように唇の端を吊り上げる。
「……噂通り、ファッジが護衛としてのお前を気に入っていなければ、とっくに解雇されていただろう言動だな。
大抵の者がダンブルドアとの繋がりを消そうとしているというのに。お前はいつもそういう態度なのか?」
「ええ。何か問題でも?」
「いや。お前が牙を抜かれたような状況だったら面白くない、と思っていた」
「お気に召したようで、良かったわ」
は硬質なはっきりとした言葉でそう述べた。
ルシウスは、低い嘲笑を含んだ声色で続ける。
「魔法省などお前にとっては足がかりにしかならないか」
「ええ。未成年者の魔法使用を大法廷で裁く魔法省には、未練はないわ」
「ごもっともだな」
お互いの視線を合わせて、小さく微笑み合う。
はルシウスの灰色の目をじっと見つめた――すると、階下でにわかに人の気配が動き出したのを感じた。
はさっと視線を階段へ走らせると、ルシウスへ振り返る。
「尋問が終ったみたい。失礼するわ」
小走りで黒いマントを翻らせてが走り去って目の前から黒い影が見えなくなると、ルシウスは小さく息を吐いた。
そして、身体をの反対側に方向転換し、きびきびとした動作でそちらへ向かう。
その先には、神秘部がある。
階段でダンブルドアとすれ違った。
ダンブルドアはいつにもなく静かな表情をしていて、会釈だけをして擦れ違った。
ダンブルドアがいる限り、滅多な結果に終ったわけではないと思うのだが――。
階段を上ってくる面々の顔を見ていると、間違いなく、ハリーは大法廷で裁かれたようだった。
アメリアは含みのある表情でと会釈を交わし、周りの人々の雰囲気から、ハリーは無罪になったと確信した。
は、それらの面々から奇異な者を見るかのような視線で見つめられていた。
廊下にハリーの姿を目に確認し、その様子から胸をほっと撫で下ろした時。
「どうしてあなたがここにいらっしゃるのかしら、?」
アンブリッジが、甲高い声でを呼び止めた。
は愛想笑いを身に付けた。
「私が、ハリー・ポッターの尋問の時間と場所が変更になったことを伝えたのよ。
そのことを小耳に挟んだと思ったら、当の本人が魔法省の中をのんびりと歩いているのを見つけてね。
ちゃんと間に合ったのか、確かめたいと思って」
「どこで小耳に挟んだのかしら? どうして闇祓いである貴方が、この件に関してそんなに興味を持っているのかしら?」
「ウィゼンガモットを開く、と聞いてね。刑事事件に私が関わりがあるのはご存知の通りよ。
ウィゼンガモットを開くような事件があったかしらと思っていたら、それがなんと、未成年魔法使いの魔法使用だって言うじゃない。信じられないわ。
私が興味を持つには十分な材料だと思わない?」
ぞろぞろと法廷を出て行く裁判官たちは、何事だと、二人の会話に注意を払った。
「それに、私が二年前にホグワーツに滞在していたのは知っているでしょう? ハリー・ポッターは生徒だったわ。個人的な関わりもあるの」
「あなたが何の結果も残さずに魔法省へ戻ってきた時ね」
「――ええ」
アンブリッジは水を得た魚のように、にたりと微笑んだ。
「私はそんなことはしないわ」
「……そうね、ドローレス。期待しているわ。しかし、それは性急ではないかしら?」
「何故?」
「ダンブルドアが、新しい闇の魔法に対する防衛術の教師を見つけてくる可能性が、全くないわけではないでしょう?」
アンブリッジはにたり笑いを酷くさせた。
失礼、と一言だけ述べて、アンブリッジは立ち去って行った。
その後に大臣が続き、へ無表情に視線をちらりと寄越してから、立ち去った。
は、ハリーとアーサーへ笑みを湛えて振り返った。
「無罪放免ね。当然の結果だわ」
「……君は、大臣の目の前で随分なことを言ったもんだ」
アーサーは呆れて溜息を吐いた。
*
「行ってらっしゃい。気を付けて」
グリモールド・プレイスの扉の前で、目の前の男へ向けて笑顔で述べた。
そろそろホグワーツの新学期が始まる。
彼はこれから、ホグワーツと死喰い人と不死鳥の騎士団の間でうまく立ち回らなくてはならない。
セブルスの瞳がこちらへ向けられると、それは完膚なく閉心術が染み付いたもので、はふうと肩を下ろした。
「うまく息抜きをしてね。そのままじゃあ、貴方が切羽詰まってしまうわ」
「ああ、よろしく頼む」
「……了解したわ」
お互い動こうとしない、沈黙の時間が過ぎた。
は仕方がないと思い、背伸びをして彼の首を捕まえ、その唇にキスを落とす。
お互いに唇を離し息を吐くと、はセブルスの首を捕まえたままの状態でもう一度唇を開く。
「行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくる。お前も気を付けろ」
「それは、闇祓い相手に言う言葉ではないわ。舐められたものね」
セブルスはふっと微笑み、の腕を解いて扉を開けて出て行った。
扉を閉め、鍵をかけると、お見送りの任務は終了だな、と一人胸の中で唱えた。
彼の無事を願う。
は視線を玄関ホールへ向け、階段のある方向へ声をかけた。
「覗き見は楽しかったかしら?」
子供たちがわらわらと階段の影から出てきて、ばつが悪そうにした。
「まあ、貴方たちがいると分かっていてああした私も私だと思うけど」
「その通りだよな」
「俺らにはスネイプの良さは分からないよ」
「せいぜい、ホグワーツで睨まれないようにするのね」
は首を傾げて、まだの目の前に現れていない人物へ声をかけた。
「ブラック? 貴方も、随分と子供染みたことに参加するのね?」
彼は、ハリーが無罪放免となってグリモールド・プレイスに留まらないことになったことを知ってから、ヒッポグリフと部屋に引きこもる生活をしていたはずだ。
彼がこういう行動を取ったということは、引きこもる原因の一端は私にもあるのだろうか。
以前の論争を引きずり出すつもりはなく、シリウス相手には困り果てた。
子供たちから、彼が何も言わずに立ち去ったということを聞き、こんなことなら話しかけなければ良かったと後悔した。
2011/5/13
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