15/黒い男たちの係争














恐れていたことは現実となった。
マンダンガスから、シリウスと私の噂は騎士団全体に飛び火していた。
しかも、噂というものは大概いらない尾ひれがつくものである。
単に深夜に私がシリウスの部屋から出てきたというだけなのに、厨房でいちゃついていたとか、抱き合っていただとかいう話を耳にした。
耳にする度にいちいち否定して回ったが、その効果はほとんどないようだった。
恐れていたエックスデーは案外すぐにやってきた。

会議に遅れてきたセブルスはこちらと会話をすることなくすぐさま会議に加わり、会議終了後にいつもと変わりなく相対できることをは望んでいた。
案外、彼は噂に敏感らしい。
いや、誰かがあえてセブルスにこの噂を述べたのかもしれない。
シリウスは今までの全ての会議に参加していたし、彼が会議を欠席するような理由も存在していなかった。
会議終了後に一同は厨房から出て行き、玄関ホールへと向かった。
玄関ホールに出た所でセブルスはある人物へ声をかけた。


「ブラック」


セブルスが彼の名前を口にすることは恐ろしく珍しかった。
その声はとても低く、今までに聞いたことがないほど強い憎しみの響きが混じっていた。
普段、お互いを視界に入れることすら嫌う犬猿の仲の二人だ。
騎士団の面々は面白いものが見られるとでも思っているのか、興味津々の様子でそちらを注目した。
シリウスはセブルス相手に嫌な顔をして向き合った。
セブルスは腕組みをして呟いた。


「話がある」


思わず今まで恐々と彼らの様子を眺めていたは、二人の間に割って入った。
実は、会議中もちらちらとセブルスの様子を窺っていたのだ。
睨み合っている二人の間に身体を滑り込ませる。


「……セブ、何か変な話でも聞いたの?」


相手にすらセブルスは口調を変えず、さらに疑り深い視線を向けた。


「煙のないところに火は立たない」

「そうよ。煙は立ったのよ。ただ――」

「お前ではなくてブラックに聞いている」


の声を見事に遮断したセブルスは、シリウスを睨みつけた。
自分の話は聞いてもらえないらしいと気づいたは、シリウスへ懇願するような視線を送った。
シリウスはその視線を受け取って、セブルスを睨みつけていた視線を緩め、軽く頭をかいた。


「……深夜に厨房で酔っ払った俺を、が部屋へ運んでくれただけだ」

「ほう。そのような煙で見事な炎が立ったということか」

「噂は尾ひれがつくものよ、セブ。深夜に彼の部屋から出てきた私を、マンダンガスが発見して吹聴しただけなのよ」


三人の周りに自然に人の輪ができていた。
しかし、当の三人はそんなことも気にしていない風体で切羽詰まった会話を続けていた。


「今後、一切彼女と関わらないでいただきたい。不快だ」


ちょっと、とが声を挟む前に、シリウスが顔色を変えた。


「彼女は貴様の所有物なのかい? スニベルス」

だって貴様を好いているわけではない。知っているだろう? 下手な噂を流されて不快になる前に、関わらないに越したことはない」

「セブルスもシリウスも落ち着きなさいって!」


は、セブルスが目を見開いて驚いたような視線をこちらに向けたのを見た。
そして、セブルスは表情に憎しみを滾らせて顔を強張らせていった。
彼の唇が呪いのような言葉を吐いた。


「……いつから奴のファーストネームを呼ぶようになった?」

「……」


が何と答えたら良いのか分からずに黙っていると、シリウスが笑みを浮かべて憎たらしい口調で述べた。


「あの夜以来だ」


セブルスの顔色が一気に悪くなり、その目がじっと己の方へ向けられて、の身体は緊張した。
誰も間違ったことは言っていない。
間違ったことは言っていないが――誤解を生むような言葉ばかり発せられている。
ゆっくりと言葉を選んで話さないと、目の前のセブルスが爆発するのが目に見えて、は唇を引き締めた。


「あの夜に色々なこと――過去のことや現在のことについて話して、彼と少しだけ仲良くなったのよ。だからファーストネームを呼ぶことにしたの。
 セブ。単に知り合いと少しだけ仲良くなっただけなのよ。貴方が何も心配するようなことは何も起きていないわ」


セブルスはぐっとの腕を掴んだ。
その様子に視線を下ろし、顔を上げると、目の前にセブルスの冷たい表情が見えた。


「我輩が最初に聞いた時に言い淀んだということは、何かやましいことがあったのではないかね?」

「貴方に誤解を与えないように話すためにはどうしたら良いか、すぐに分からなかっただけよ」

「「誤解」を与えるようなことをしたのは、間違いがないということですな」

「酔っ払いを快方することが「誤解」を与えることだっていうの? 知り合いをファーストネームで呼ぶことが「誤解」を与えることなの?
 私がやったのはこれだけのことよ。貴方が敏感になっているから私も慎重になっただけよ」

「お前たちは一体何を話していたんだ?」

「貴方と私が過去の誤解を解いた時と同じような会話よ」

「そんな話をブラックとしなくて良い」


セブルスは歯を噛み締めて、これ以上ないくらいの憎しみの苦々しい表情を作った。
彼がここまで分からず屋だと思っていなくては内心驚いていたのだが、相手が「シリウス・ブラック」だから、彼がここまでの行動を取っているということがようやく分かった。
そして、そういうことが絡んでいるとすると、自分がどれだけ何を言っても無駄だろうということが分かった。
どういう言葉を吐いても、火に油を注ぐようなものだ。
は腕を掴まえられている腕に手を添えて、眉を下げてじっとセブルスを見据えた。


「……セブ。私を信じてくれないの?」

「お前のことは信じている。だが、お前が関わったあの男に対して「信じる」などという行為を取ること自体が無謀だ」

「……無茶苦茶なことを言ってくれるじゃねえか」


怒りを纏った笑みを浮かべたシリウスが口を挟んだ。
シリウスの表情を見て、これはいけない、とは悟った。
これは暴挙に走る時の表情だ。


は今のところはお前にぞっこんみたいだよ。ただ、そんな狭量な男にいつまでくっついていられるかな?
 幾ら何と言ったって、彼女はお前に悪いと言って俺に応じなかったからな」

「――シリウス! それは事実を曲解してる――」

「お前たちは過去の誤解を解くために、一体何をしたというのだね?」

「どさくさに紛れて唇だけはいただいたが、それ以外は全く駄目だった」

「シリウス、貴方、どういうつもり――」

、それは事実か?」


セブルスにこのような目で見つめられるのは初めてだった。
猜疑心と独占欲が前面に浮き出た瞳は懇願しているものに似ているが、同時に突き放すような衝動が隠されていた。
セブルスに嘘は吐きたくないという思いと、シリウスとの出来事をここで公言するわけにはいかないという思いが、の胸をかき乱した。
そして、この二人が争うのは絶対に見たくない。
しかし、嘘は吐けない。


「彼に少し迫られたこととキスされたことは、事実よ」

「……そうか」


セブルスはそう呟くと、顔をシリウスへと向けた。
からはその表情は見えなかった。
だが、そのままセブルスはシリウスの方へ足を向けて行く――これは止めなければ――!
そう思い、が足を進めようとした時。


「ここまでだ。お前たちはいつまでこんな三文芝居を続けている気だ?」


有無を言わさない断固とした声が響いた。
はその言葉を発した人物へ目を向けた――アラスター・ムーディだ。
セブルスの目の前に、ムーディが義足とは思えない敏捷さで立ちはだかった。
目の前に着かれている杖と義足を跳ね除けてシリウスへ向かうことは、セブルスにはできなかった。
ムーディは立ち塞がったまま首を回し、周りを取り囲む騎士団員へ向けて正常な目と義眼をぐるりと回しながら言う。


「聞いている聴衆どももよくぞここまで暇なものだ。芝居は終わったぞ。散れ」


堂々と威嚇するライオンのようなムーディの姿に、騎士団員は顔を見合わせて、そのまま玄関ホールを出入り口へ向かって歩いて行った。
の身体から力がどっと抜けて、大きく息を吐いた。


「アラスター、ありが――」

「スネイプ。そういうことは暗い物陰で行うものだ。スポットライトを浴びた注目の的の状態で行うことではない」


ムーディは決してセブルスへ顔を向けずに言った。
セブルスの眉がぴくりと上がり、恐ろしげな視線を再度シリウスへ向けた。


「ブラックを殴るなとは言わんが、場所を選べ。の目前でそんなことをしたら彼女がどう思うかくらい、分からんのか。
 それと、ブラック。お前は最近酒の呑み過ぎだ。お前が酔い潰れなかったらに世話をかけることもなかったろう。どうせ、酔った弾みで迫ったのだろう?」


ムーディは鬣のように髪を振り払うと、セブルスとシリウスの双方へ視線を配った。


「それと、双方ともに言えることだが、は誰の所有物でもないぞ」


二人の若い男は畏まったように立ち尽くしていた。
ムーディはふんと息を吐くと、続けて言う。


「彼女の「師匠」に了解を取った男はまだおらん」


玄関ホールから最後の一人が出て行って、この場は沈黙に包まれた。
どういう表情をしたら良いのか分からないは、目の前の三人の男の動向を立ち尽くして見守っていることしかできなかった。




「はい!」


いつ名前を呼ばれるかと思っていたはムーディに名前を呼ばれ、過剰に反応した。
ムーディの正常な目がこちらを見た。


「お前もお前だな。二人の男を渡り歩くような女だったか?」

「違うわ。シリウスとは本当に突然のことで……」

「はっきりしろ」

「私はセブルスのことが好きよ」

「では、そっちの機嫌を取ってくるんだ」


はセブルスの腕を捕えると、それをぎゅっと抱き締めて、セブルスの顔を見上げた。
セブルスの表情はいつの間にか普段のものと変わりなくなっていて、彼の感情は読めなかった。


「帰りましょう」


はセブルスの腕を引っ張るようにして玄関へと向かい、セブルスは連れられるままに歩いて行った。
扉が閉じて二人が外に出たのを確認すると、ムーディは嘆息を吐いた。
なんてことを玄関ホールでやってくれたのだろうか。
一人の女を争っての男二人の修羅場なんて、それもその女が「」であるだなんて、考えられないことだ。


「ブラック」


シリウスは強張った顔でゆっくりとムーディを振り返った。


「彼女に手を付ける際には、こちらに断りを入れてもらえるか」

「……スネイプは断りを入れたのか?」

「いいや。だが、スネイプ相手はも機嫌良く受け入れているらしい。さて、どういうことがあったのか教えてもらえるかね」


シリウスはムーディの気味の悪い義眼に睨みつけられ、表情を歪めた。
……いくら可愛いと言っても、ここまで弟子の男について過保護に関与するだなんて……。


「……あなたたち師弟は一体どういう関係なんだ?」

「単なるよくある「師弟」だ。それ以上でもそれ以下でもない」


ムーディは至極当然かというように答えた。
ムーディ自身は何の疑問も持っていないようで、シリウスはそんな馬鹿なと拍子抜けた。










*










セブルスは玄関から出た途端、をマントに包んで、そのまま姿眩ましをした。
が黒い覆いから目を上げると、そこはスピナーズ・エンドであることに気づいた。
ホグワーツに連れて帰ることは、周りの目があってできなかったのだろう。
今度はセブルスからの腕を引き、は家の中へと連れて行かれた。
一ヶ月ほど主人がいなかった家はそれほど汚れてもおらず、以前と変わらぬ姿を見せていた。


「明日の予定は?」

「……大丈夫よ。通常出勤だわ。貴方は――」

「明日、授業はない。特に任務もない」


ベッドへ勢いよく転がされたは、セブルスがマントを脱ぐ間も惜しんでこちらに触れてくるのを見た。
彼がここまで焦っているのを初めて見て、胸が疼いた。
いつもは余裕綽々とした態度を取っている彼をここまでさせることを私はしてしまったのだと、申し訳ない気持ちが溢れてきた。
私は、もし彼が誰かに迫られてキスされたとしたら、動揺しないでいられるだろうか?
それが、私の大嫌いな相手だとしたら?


「……ごめんなさい。「彼」が迫ってくるのを防げなくて」

「全てブラックのせいだ」

「何をしたら機嫌を直してくれるの?」

「奴に触れられた所を全て見せろ」


そう言う前に、セブルスはこちらの衣服に手をかけていた。
黒い衣服が白いシーツの上に舞う。
セブルスは呪いの呪文のように、憎々しげに言った。


「お前は優しすぎるんだ。あんな奴は放っておけば良いのに」

「……でも、セブ。あの人も騎士団の仲間よ」

「仲間? お前の口からそんなことを聞きたくはない!」


彼の家ではシリウスを擁護するような言葉を言ってはならないのだと、心に刻んだ。
それも、このような状態のセブルスに対しては特にそうだ。
こちらに触れることで所有権を自分に戻そうかとしているかのようなセブルスに、の胸は軋んだ。
あれくらいのことで、セブルスが恐れていることなど起きるわけがないのに。
それほどまでに、セブルスは私のことを求めているのだと再確認した。

セブルスの顎を捉えて唇を自分のものを合わせる。
揉み合っている内に上下の体制が入れ替わり、がセブルスの上になる格好になった。


「私はどっちでも良いわよ。どっちが良い?」

「下にいろ」


セブルスはすぐにを組み敷いた。
その時、は左腕の印が焼け付くのを感じた。
セブルスも同様の感覚を覚えたらしく、袖を捲りあげてそこを眺めた。


「……野暮な」


そうとだけ呟くと袖を戻し、また視線を目下のへと向けた。


「セブ、大丈夫なの……?」

「大丈夫だ。我輩が忙しい身分であることは闇の帝王は知っている」

「それって……」

「黙ってこちらだけ見ていろ」


左腕にじんじんと熱さを感じながら、彼に身を任せることしかできなかった。





「あんな奴と関わるんじゃない。良いか。奴とは根本的に人種が異なるんだ」

「……ごめんなさい、セブ。私はあの人と関わらざるをえないの。私は彼を牢獄から解放したわ。
 だから、彼は私を特別な存在だと思っているの。彼にとって、私にしか果たせない役割があるみたいなの。放ってはおけないわ」

「そう言い包められて、身体を受け渡すのか?」

「絶対にそんなことしないわ――! 貴方を裏切ることは死んだってしないわ!」


久し振りに彼の目を見据えた。
シリウスよりも真っ黒で奥が知れないセブルスの目は、驚くように見開かれた後に、じっとこちらを見据えた。


「……そうか」


喉から絞り出したような声がした。


「だから、私があの人のファーストネームを呼んで親しげにしていたとしても、そんなに辛そうな顔をしないで」


は彼に抱きついて、彼の孤独の源泉を癒せるように願った。




























2011/7/12






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