Once Upon a Time in England
見慣れない人を見かけた。
生まれてからずっとここに住んでいるので、ここに住んでいる人は大抵知っていると思っていたのに。
その人は、くるくるとしたした巻き毛の金髪に水色の目をしたハンサムな若い青年だった。
どこかその青年は、他の人とは違う雰囲気をまとっていた。
異国人だろうか。
そのような感情を抱いた私は、その人が向かう方向を無意識に見つめていた。
その人が向かって行った家は、先日、葬式が行われていた家だった。
私は、その家に誰が住んでいるのか、このゴドリックの谷にずっと住んできているのに、はっきりと知らなかった。
山羊の世話していた息子をちらりと見たことがあったけれど、私はすぐに母親に彼と関わらないよういなされてしまった。
一家の母親は、以前の葬儀で亡くなった。
私が知っているのは、それだけだった。
その数週間後、その家では再び葬儀が行われていた。
少し不思議になった私は、そっと参列の中に忍び込んで、運ばれる棺おけの中を覗いた。
そこには、蒼褪めた顔をした華奢な少女がいた。
急ぎ足で家に帰り、母親にそのことを伝えると母親は少し眉を寄せて、そのことを二度と他言するんじゃない、と私に強く言い聞かせた。
この時代、スクイブが生まれると、そのことを隠して世間体を保つことは珍しくないことだった。
そのことを私が知ったのは、また後のこと。
*
教科書リストを眺め、アンジェラはフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で教科書を探していた。
店員に訊いたらすぐに見つかるだろうけれど、この作業は他の目ぼしい本を発掘する作業でもある。
この教科書を指定したのは、アルバス・ダンブルドア教授――今年からホグワーツの変身術教授となった方だ。
勿論、この人について、アンジェラはわきまえていた。
数々の功績を成し遂げてきた、今世紀最高の魔法使いだと呼ばれる人だ。
このような人に教えを請えるのは喜ばしいのかもしれないが、今まで教授してきた先生から離れるのに、少し不安感を覚えていた。
今年、N.E.W.T試験を受ける身としては、今までの教授法であった方がやはり安心感がある。
本の名前を目で辿り、見つけた教科書の背に手をかけた。
革表紙の分厚い本。
手の平で引き出し、それを開けようとした。
「ホグワーツの生徒かな?」
手に持っていた教科書リストを握り、声のかけられた方向へ顔を上げた。
自分より高い方に、眼鏡をかけた柔和な表情の……青年がいた。
おじさんと呼ぶのには失礼な年齢なのだと思う。
しかし、それよりも、アンジェラはその人の顔を凝視し、確信を得てから、唇を開いた。
「アルバス・ダンブルドア教授でいらっしゃいますか?」
「まだ教授にはなっていないけどね。私が指定した教科書を探してくれているようだから」
アルバス・ダンブルドア――在学中にホグワーツの賞という賞を総なめにし、彼の学術論文は高く評価されている。
現在はウィゼンガモット最高裁へ誘われているのだと、先日の新聞に報道されていた。
浅学な私でさえ、このような情報をたくさん持っている。
思わず彼を凝視してしまい、アンジェラは小さく畏まって目線を逸らした。
ダンブルドアはそうするアンジェラに対し、目を細めた。
「そうすると、君はO.W.LでE以上の成績を取ったということだね。進路に変身術が必要なのかい?」
「はい。でも、それ以上に、私は変身術が好きです。進路に必要でなくとも、きっと取っていたと思います」
ダンブルドアは嬉しそうに微笑んだ。
「進路希望は何だね?」
「魔法警察部隊です」
長身の女生徒が言った言葉は、ダンブルドアを少し驚かせた。
しかし、アンジェラは驚くダンブルドアの様子に対して人を食うような視線で少し微笑んで返し、手元の本を見下ろした。
「この本を家に帰って読むことが、とても楽しみです。ダンブルドア先生が指定された本ですから」
「君の期待にきっと応えられると思うよ」
「ダンブルドア先生が」、その言葉に重点を置いた発音の仕方だった。
ダンブルドアはそんな言葉に対しても、淡々と返事をした。
「それでは先生。また新学期にお目にかかります」
アンジェラは小さく一礼して、そのまま本を抱えて会計をしに行く。
あまりにもその動作が世慣れたものだったので、ダンブルドアは一瞬そのまま彼女を見送りそうになったが、はたと気づいてこう言った。
「君の名前は?」
彼女は堂々とした自信に溢れている顔を変えない。
「アンジェラ・キャンベルです」
*
「それから、君は、何故か課題についての質問をしにきた私に、自分の生い立ちをすべからく語りだした。
父親の犯罪、妹であるアリアナの病気、その死、それからグリンデンバルドとの友情についてまで。
――その時の私をどれだけ戸惑させたと思う?」
「悪かったね、アンジー」
のほほんとのたまうダンブルドアに、アンジェラは溜息を吐く。
確かに、その時の私は、幼い頃に見たあの棺おけに入った少女が、ダンブルドアの妹のアリアナ・ダンブルドアだったということに、胸がすっきりしたような感情を抱いた。
同時に、幼い時に見たあの家はダンブルドア家だったということに、驚きを抱いた。
勿論、現在は自宅からそう遠くないダンブルドアの家の場所は知っていたが……それが、あの時の家だとは思っていなかったのだ。
しかし、それにしても、あの時見たハンサムな金髪の青年に恋情を抱いていただの。
――魔法族にとって、同姓嗜好は純血と混血の間の恋愛より注目されないものだが――。
アリアナが、少年らに正気を失うほど悪戯されただの。
どこまで突っ込めば良いのか分からない話をされたのは、当時の私にとって激しい精神的苦痛だった。
「どうして。どうして、十代の小娘だった私にそんなことを告白したんだ? 理解に苦しむ」
「私の周りの人間の多くは、私に肯定的だ。
そんな彼らを、このようなことで煩わせるのは心苦しい。その点、君は……」
「君に根っから肯定の姿勢を取っていなかったか」
盲目的に人を崇拝することは危険だ。
昔から取ってきたその姿勢が、何故かこの天才の心の琴線に触れたらしい。
そのお陰で、奇妙なものを抱え込むことになってしまった。
「……しかし、それにしても、分からないな。私は満足に君の話し相手になれていないはずだ。
私はゲラートという魔法使いほど、頭の構造が良くはない。過去を打ち明けるには役不足では?」
「そんなことは関係ない。君から、昔話でゴドリックの谷の私の家の話を始めただろう?
そんなことを、まさか、生徒に知られているとは思わなくてね」
「だからといって、私に何もかも打ち明けるのはおかしいだろう?」
ダンブルドアに戸惑うことなく頭の構造が良くないということを肯定されて、アンジェラはこの男はいつもこうだ、と内心嘆息した。
まあ、明らかに間違いのないことだから、良いのだが。
ダンブルドアは一時考えて、口を開いた。
「アンジー、一風変わった君のことを気に入ったんだよ」
「――君から気に入られると、ろくなことがないような気がするんだが。
それに、アルバス、君に一風変わったと言われるなんて、思ってもみなかった」
「どうしてだ?」
ダンブルドアは心底驚いた様子だった。
アンジェラは軽く頬をかき、どこか抜けた天才の姿を唇を歪めて見つめる。
心をなかなか明かさない、秘密主義が根っこから染み付いているダンブルドアに気に入られる……恐ろしい。
それも、現在のこの職業の観点から考えてみても、何とも恐ろしい。
魔法省と関連した仕事に就いている私は、魔法省への足がけとしてダンブルドアに取り入れられるに決まっている。
――だからといって、決してアルバス・ダンブルドアが嫌いなわけではない――。
けれど、用心はし過ぎることはない。
彼と付き合う上での、礼儀だ。
彼には求心力があり過ぎる。
それは生まれもっての素質だろう。
「……いや、発言を訂正する。君に気に入ってもらえて嬉しいよ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しい」
ダンブルドアは素直な笑みを見せた。
時折、このような素直な面もあるから困り者だ。
これからずっと彼と付き合っていく覚悟を、アンジェラはずっと前にしていた。
「それはそうとして、君の噂はかねがね聞いているよ。何とも、良い働きをしているそうじゃないか」
「ダンブルドア先生にそう言っていただけると、私もとても嬉しいです」
アンジェラは、ふいに懐かしい口調と表情に態度を変化させた。
人当たりの良い、文句のない笑顔を顔に浮かべる。
「なんとも懐かしい。君もこうしていたら、全く毒がないのに」
「いやですね。私は、人当たりは良いと周りから言われます」
「ふむ……不思議だな。態度はどちらかというと横柄な方なのに」
「横柄にできる相手だけ、横柄にするべき時だけ、そうしますから」
アンジェラはふっと微笑む。
その表情は、しとやかだが豹のように鋭さを帯びたものだった。
世渡りのうまいアンジェラ。
ダンブルドアは、これからも彼女はうまく仕事をやっていくのだろうと確信した。
それから少し経って、ダンブルドアはアンジェラが新しい組織を設立しようとしているという情報を聞いた。
彼女は魔法省でどれほどの力を持っているのだろうか。
そのことを再認知する必要に迫られ、ダンブルドアは最後に彼女と会った時の出来事を思い出した。
あの時、彼女はきっとこのことを心に仕舞っていたのだろう。
相変わらずに厚い顔を持つ魔女だ。
あの時、淡い茶色の目には、何の思惑も浮かんでいなかった。
2009/4/29
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