13/Halloween 前
派手なハロウィーンの装飾を、は珍しそうに見上げた。
くり抜きかぼちゃに蝋燭が灯り、生きた蝙蝠が群がって飛んでいる。
生徒らはうきうきと会話し、食事を大いに楽しんでいた。
「ホグワーツって……ハロウィーンって、こんなものなの?」
「ホグワーツでは毎年こうだよ」
へー、と声を上げてはまた上を見上げる。
何とも凝っている。
はハロウィーンパーティの大広間の教職員席で、リーマスとセブルスに挟まれる席に座っている。
「あれ、って何処出身だったっけ?」
「そうねえ。当ててみる?」
「ホグワーツじゃないとしたら……ボーバトンとか……」
指折り考えるリーマスに、別の声が遮った。
「ルーピン、薬はどうだ?」
「ああ、薬はよく効いているよ。有難うセブルス」
を乗り越えてセブルスはリーマスに問う。
は気付いたようにセブルスを見た。
するとセブルスが何かを訴えるかのように、視線を寄越してくる。
――ああ、そうか。
彼は私の過去は知っているのか。
危ない橋は渡るな、とでも言いたいのか、はその視線に苦笑した。
別にそこまで良いのに。
それにリーマス相手だし、彼相手なら大丈夫だと思っているのだが。
しかしセブルスに合わせ、も話題を変える。
「私と、貴方が、作ったものね? スネイプ」
「随分自信があるね」
「私も冗談で言ったんだけど、この前この人が自信満々で、当然だ、って言って」
「そうなんだ」
リーマスは笑いを溢す。
はそれまでに既に、笑いを噛み殺していた。
セブルスはそれに、不機嫌そうに眉間に皺を刻む。
「。大分調子付いてきた様だな。数時間前まで随分としおらしかったのに」
「お陰様で」
「何? どうしたんだい?」
「彼女がとある事情で随分と気落ちしたようでな。だから――」
「ストップ!!」
はテーブルを叩いて、思わず叫んだ。
すると周りの先生達の視線がこっちに注目し、前の方の生徒達にじっと見つめられているのに気付いた。
は焦る。
「……すみません、気にしないで下さい……」
その言葉でまたざわざわと、元の空気に戻る。
「……だから、何?」
「何でもないのよ!」
リーマスの言葉に、は動揺して答えた。
「何でもなかったのか?」
「そう、そうよ。……って言うか、貴方にそう言われる筋合いはないわよ!」
「何だ、折角気を使ってやったというのに」
「貴方の気の使い方は間違ってる!」
「ではあのまま放っておいて欲しかった、と?」
「そうよ!」
「……気になるなあ。その話」
「リーマスは気にしなくて良いの!」
は焦って焦って、リーマスを遮った。
は何処か頭に血が上っているようで、顔が赤い。
パタパタと熱そうに手の平で顔に風を送り、リーマスを軽く睨む。
リーマスはにこにことその様子を見ていた。
はリーマスに睨んでも効果が表れないのを確信して、セブルスにその方向を変える。
無駄な事を言うな、と。
セブルスは、何故彼女が今になって頬を染めているのか、その理由がはっきり分からなかった。
しかしその珍しいの様子を、少し楽しんで見ていた。
リーマスには、絶対知られたくない、とは思っていた。
それにこれが下手に人に聞かれたりすれば――校長の耳に届いたりしたら――師匠に伝わる可能性が。
これだけは不味い。
知らせてはならない。
だからは焦り、戸惑った。
それに、やはり一般的に見たら、これは人の耳に触れさせたくない種類の話だ、というのは流石にも弁えていた。
はナイフでチキンを切っていた手を止める。
自分の感覚の糸に、何かが触れたのだ。
そして微かに眉を寄せて、目線を上に上げて遠くを見透かすように、瞬きする。
カチャリとナイフを置いて、手をグラスに伸ばして水を口に含む。
そしてまたは違和感を感じて、その手を止めた。
気のせいかと思っていた事が二度も起きて、は意識をそっちに集中させ始めた。
「?」
「……何?」
「どうしたの?」
「え? 何もないけど?」
はリーマスに微笑んで返すも、すぐには目を伏せた。
神経を集中させ、何かを感じ取ろうとしているように見える。
の奇妙な行動にリーマスはを見ると、また気に掛かっていたようであるセブルスと目線が合った。
掠る……掠る……全体像が、把握できない。
気配が遠い。
これだけはかろうじで分かる、というのが、それが人間らしさをあまり持ち合わせていないという事だ。
異様だ。
どっちかと言えば、動物に近い。
そして決して闇ではないようだ。
遠い気配に意識を飛ばし、は身動ぎせずに別の脳で考えた。
誰だ?
生徒ではない、教師は此処に全員いる、ゴーストでもない、それに感じ慣れた魔法生物が、今になってこのように作用してくる筈はない。
外部者だ。
――外部者――シリウス・ブラックの可能性が高い。
は顔を上げて、十二年前に残っていた微かな気配の記憶と照らしあわすと、どことなく似ているように思える。
とにかくも、外部者ならば、私が見てくるのは当然の事だ。
その気配の持ち主が城内にいる事は、間違いがない。
は椅子から立ち上がると、リーマスとセブルスがそれを追って目線を上げる。
は無言で立ち返り、その場を離れようとすると、何かが自分の腕を掴んでいるのに気付いた。
「どうした?」
「変な気配を感じて」
そうしてまた立ち去ろうとするものの、セブルスの腕がしつこくの腕から離れない。
は諦めて説明をする。
「だから、行って来ようと思って」
「――ブラックか?」
声を潜めて言った彼の言葉に、は目を開く。
まさか、この自分の特殊能力を信じてくれるなんて。
日頃は特に親しい人以外、この能力は当てにされないからだ。
彼ら自身が感じられるもの以外は、常に排除される。
「その可能性が高い、とだけ言っておく」
はセブルスの腕を振り払う。
そして真っ直ぐにダンブルドアの元へ歩み、二人で小さく話をしてから、はマントを翻して静かに立ち去った。
リーマスはセブルスに話し掛けた。
「どうする?」
「――」
無言でしかめっ面をしているセブルスに、リーマスは楽しげな表情を作っていた。
ダンブルドアはマントを翻し行くの背中を見送り、旧友の姿を思い出した。
アラスターよりかは随分と愛想は良いが、その本質は似ている。
あの選り好みのする旧友が、どうして彼女を気に入ったのか、分かったような気がした。
事情について話し合った後に、はすぐに目を変え、マントを翻した。
その目は、冷たいが意志の強い、熱意の篭ったものだった。
これは以前に見覚えがあるのだ。
元々はアラスターがそれ程までに言う魔女がどんなものなのか、という好奇心もあって招き入れた。
しかし今となっては、ただ、その身を案じ、彼女の成し遂げる結果を待つのみだ。
彼女の人柄は、もう分かっている。
彼女の言葉には信用性がある。
何かが起こる。
*
自らの足音と、マントが風を受けて靡く音が響いている。
髪が頬を掠る。
は大股で歩き、じっと感覚を引き締めた。
杖を握り締める。
階段を上り、標的の気配が近付く。
身体の奥が熱くなり、血が沸き立った。
久し振りだ。
新学期が始まって二ヶ月、埋もれていたものが今身を起こしかけているのを感じていた。
近い。
すると、何処からか女性の鋭い悲鳴が耳に届いた。
は容易に耳に届いたそれの出所を目で追い、睨み、走り出す。
やはり、グリフィンドール寮の入り口だ。
悲鳴は太った婦人だ。
ともすると、それがシリウス・ブラックである可能性が高くなる。
狙いはハリー・ポッターか。
はグリフィンドール寮の入り口へ滑り込んだ。
ブーツが音を立て、止まる。
瞬時に呪文を放つ。
しかしそれは、そこに存在していたナイフによって跳ね返り、天井へ焦げ跡をつけた。
は月光に照らされたその場を見る事になる。
呪文を唱えようとしていた腕が、止まった。
その者が持っている長いナイフに月光が当たって、綺麗な模様を壁に描いている。
男のボロボロの人影が其処にあった。
血走った目が、を睨み付けていた。
やつれた頬にそれは似合わない。
肉食獣のように目が光っている。
は睨み返した。
アズカバンの囚人――
「シリウス・ブラック――!」
間違いない姿に、大きな衝動がの身体を巡る。
凛とした大声に、その姿は慌てて逃げ出そうとする。
はそれを追って、無残に傷付けられた太った婦人の肖像画を通り過ぎ、伝達の呪文を唱えた。
あては校長だ。
当ては外れていなかった、と。
目の前でブラックが顔を腕で覆い、窓を突破る。
パラパラとガラスの破片が鋭く零れ落ち、ブラックは地面に落ちた。
も続いてその窓から身を乗り出し、縁に足を掛けて、蹴った。
マントが丸く風を含んで音を立て、髪は後頭部に纏まる。
重力に従って落ちながら、城の上層から下方を見る。
「Wingardium Leviosa!」
は柔らかく着地をすると、身を起こしてブラックを追おうとする。
しかし……。
「いない……?」
城の中より其処は明るかった。
しかし幾ら感覚でさっきのものを追おうと、目で辺りを見渡しても、いない。
木が風に揺れ、足元の草が音を立てているだけだった。
しかし次の瞬間に、の耳に異様なものが留まる。
遠ざかっている足音、呼吸、それもかなり荒い。
は耳を澄ませる。
その音が、この場で異質だ。
これは、動物のものだ。
まるで自分から逃げようとしているかのようだ。
はさっきのブラックの気配を思い出した。
そしてそれが、何処かで感じた事があるものに、似ている事に気付く。
は過去の記憶を掘り下げ、閃いた。
「――リータ・スキータ」
似ている。
……間違いない。
――ブラックは未登録のアニメーガスだ。
そう確信すると、今までの謎が風船が弾ける様に解けるが、今はそんな事を考えている場合ではない。
此処では姿現しは容易には使えない。
ブラックに追いつく為には……。
の手に箒が握られた。
軽く跨ぐと、凄まじいスピードで飛び出す。
両手で箒の柄を握り、は冷たい風の中で目を開いて、地上を凝視する。
茫々と茂る草木の隙間に、大きな黒い動物の姿を発見するのは、簡単な事だった。
どうやら犬らしい荒々しく四肢を使って走る姿を認め、その上空には箒をつける。
前方には暗く広がる禁断の森がある。
ここに入るまでに、引き止めなくては。
は高度を下げ、タイミングを見計らい、箒から飛び降りた。
箒は瞬時に姿を消し、は空に舞った。
ドンッ!
「――ワンちゃん、そろそろ小屋に戻る時間よ?」
笑んだ唇で言う。
は黒い犬の上に乗り掛かり、その四肢を取り押さえていた。
無言呪文を軽く使い、犬を拘束する。
予測していなかった加速度を持った重量に、犬はすぐには身動きが取れないようだ。
しかしその呪文もすぐに、バリバリと破れる音が聞こえてくる。
犬は苦しそうな唸りから、威嚇の吼えで目の前に牙を剥き出す。
力の差は分かってる。
膝には冷たい下草の感覚がしている。
毛の生えた前足を押さえ込むも、その身体はを押し退けかけている。
後足は殆どをものともせず、動く。
熊のように大きい犬を相手に取っ組み合いながら、は汗を掻いて頭を巡らす。
タイミングを計る。
目の前の大きく鋭い牙をじっと見つめる。
は自由な膝で、思い切り犬を蹴り倒す。
すると犬は情けない声を出し、一瞬その凄まじい力が弱まった。
は杖を右腕に現し、あまり普段唱え慣れない呪文を唱えた。
杖先からの閃光が見事に犬に当たり、犬は大きく吼えた。
そして地面に倒れて苦しそうに身を捩じらす。
は立ち上がって汗を拭き、冷静に上からその様子を眺めた。
犬から毛が抜け、そのシルエットは確かなものになる。
四つん這いから二足歩行に立ち上がる。
骨格が滑らかに変化していく。
背が伸びて、手が滑らかな輪郭を持ち、足が伸びる。
尻尾が消えて耳もずるりと下がる。
全身が人間の姿にになろうとしている。
最後に全身が一回り大きく伸びて、変貌は終わった。
それはと変わらない、人間だった。
それはゆっくりと身を起こした。
ブラックの目がを見る前に。
「動くな」
冷たい声が響き、ブラックはぞくりとして自らの後ろに目線を送る。
自分の背より一段階低い所に、確かに彼女がいた。
そして間違いなく、自らの首筋に杖をあてがっている。
ブラックはその通りに動かない。
いや、動けない。
「貴方、未登録のアニメーガスね。それで少し、謎が解けた所があるわ」
の声の響きが有無を言わさない。
ブラックはまだ身動ぎもしない。
体格的にはとても有利な状態にいるのだが、何しろ首筋の杖が恐ろしい。
殺そうと思えば、いつでも殺せる構えだ。
は杖を首筋をなぞる様に動かし、ブラックの身体を辿り、彼の前に回る。
静かな威嚇がピリピリと空気を震わせていた。
ブラックは初めての姿を目に留め、も初めてブラックの姿を改める。
目線がぶつかるが、圧倒的にの方が強い。
は杖をブラックの心臓の上に当てた。
「捕まえた。シリウス・ブラック」
2008/1/8
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